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これからの農林水産業は、生物多様性とのバランスが求められる時代に。カギとなる技術を識者が語る

これからの農林水産業は、生物多様性とのバランスが求められる時代に。カギとなる技術を識者が語る

農業が生物多様性に与える影響として、かつては農薬がやり玉に上げられてきましたが、近年は、そもそも陸や海の使われ方の変化が生物多様性に大きく影響を与えることが認識され始めています。農林水産業が食料生産を維持しながら生物多様性を守っていくことを、最新の技術でどのようにサポートできるのか。生物情報アプリ開発とデータ解析サービスの提供を手掛ける株式会社バイオーム代表取締役の藤木庄五郎(ふじき・しょうごろう)さんと、環境移送技術を有する東大発のベンチャー・株式会社イノカの高倉葉太(たかくら・ようた)さんに、株式会社日本総合研究所の古賀啓一(こが・けいいち)さんが聞きました。

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◆藤木庄五郎さんプロフィール

株式会社バイオーム代表取締役。京都大学在学中、熱帯ボルネオ島にて2年以上キャンプ生活をしながら、衛星画像解析を用いた生物多様性可視化技術を開発。2017年5月バイオームを設立。いきものコレクションアプリ「バイオーム」サービスの展開に加え、生態学分野での卓越した知識を生かし、データ解析サービスも手掛ける。

◆高倉葉太さんプロフィール

東京大学工学部を卒業後、同大学院で機械学習を用いた楽器の練習支援の研究を行う。2019年4月に株式会社イノカを設立、CEOに着任。水生生物の飼育や管理を行うアクアリストのノウハウとさまざまなテクノロジーを融合させた「人工生態系技術」を活用し、人と自然の新たな関係を提案している。 2021年10月より一般財団法人ロートこどもみらい財団理事。

◆古賀啓一さん(聞き手)プロフィール

京都大学大学院人間・環境学研究科相関環境学専攻生物環境動態論分野修了。2007年に株式会社日本総合研究所に入社し、2014年より2年間農林水産省に出向。農業分野の国プロジェクトによる技術開発について企画・立案を担当した。現在はリサーチ・コンサルティング部門に所属し、生物多様性の保全とビジネスの統合についての研究に注力している。

生物多様性に関する生産者・地域の取り組みの成果を可視化する

古賀さん:農林水産業の生物多様性への影響をどう減らしていくかという話の前に、減らす取り組みをすることで本当に生物多様性の保全が進んだのかを可視化する必要があると思います。例えば農林水産省は、田んぼでの虫の捕まえ方や指標昆虫チェックのマニュアルを作って情報発信していますが、その部分には新しい技術でサポートできることがあるのではないでしょうか。関係者のお二人はどのように考えていますか。

藤木さん:当社が運営するいきものコレクションアプリ「バイオーム」は、市民参加型の生物調査を前面に打ち出していますが、その狙いは集めたデータを使ってAI学習を進めることです。つまり、私たちが作ろうとしているコアな仕組みは、画像や動画のリソースデータを生物種の名称や図鑑データなどに変換し、最終的には人を介さずに調査・同定ができ、平時から生物の状態を監視・観測するものです。農業現場での人手不足の問題は認識しており、撮影の自動化技術をうまく使うことでモニタリングを実施し、農業と生物多様性保全の折り合いつけるということには貢献したいし、目指すべきところだと考えています。

ナシ

高倉さん:バイオームさんがマクロなデータを取っているとすると、私たちは水槽の中のミクロなデータを取っています。サンゴ礁を保全している方々も、陸から海に流れてしまったものをモニタリングして、その影響が本当にあるかを知りたいと言います。

その際、例えば農薬を実際に海にまいてテストするわけにはいきませんが、私たちは水槽の中という安定した環境でデータを取って因果関係を見つけられることが強みです。サンゴ礁劣化の要因として、今、世の中で話されていることは憶測にすぎず、私たちに見えていないものがクリティカル(危機的)な可能性もあります。そこをひもといていくことに興味があります。

古賀さん:生物多様性を育む里山の農林業のような発想で、里海では水産業としてどのようなことができますか。

高倉さん:沖縄県のいくつかの海は里海と呼ばれ、成功事例に挙げられています。サンゴ礁が失われたところに地元の漁港さんがサンゴを戻し、企業の協賛を受けたり観光客を呼び込んだりしています。サンゴが育つことで魚が再びとれるようになり、人が管理し続けることでいい生態系ができています。

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生物多様性の保全が農産物の高付加価値に

古賀さん:生物多様性を保護するには、消費者を含めたフードチェーン全体での対応も必要になると思います。例えば、商品の付加価値を上げる取り組みとして考えられることはありますか。

藤木さん:田んぼの生物多様性で「コウノトリ米(※)」のようなことをやりたいとか、有機農業の成果を可視化したいという話は結構きていますし、実際に始めているものもあります。農家さんも取り組みの成果が知りたいし、成果が消費者に伝わることを望んでいるので、小売・流通業さんとの話も進めています。生物多様性の観点では地域の違いが大きく簡単に横比較できるものではありません。地域性をどうやって評価するかは課題なので、私たちが何とかしたいと思います。
※ 兵庫県・但馬(たじま)産「コウノトリ育むお米」のこと。コウノトリの野生復帰を支えるため、エサとなるカエルやドジョウなどの生き物が育つ環境づくりに取り組む田んぼで栽培されている。

高倉さん:海の生き物は食用のイメージが強いかもしれませんが、一般に食品用途では廉価になりがちです。他方で、例えば医薬に利用することで高単価で売れる可能性もあり、その研究環境は私たちが提供できます。海の生き物を守ることで地域に新しい産業を作ることもプラスして考え、まず海に関心を向ける人を増やしたいです。

日本の農林水産業は世界の流れに追いついていく時代に

古賀さん:消費者を巻き込むためにわかりやすいのは付加価値をつけることですが、逆に規制に対応することで生まれるビジネスもあると思います。自然資本の利用が困難になる中、生物多様性保全ができていない製品は、商流に流せなくなることも将来的にありえます。最後に農林水産業やフードチェーンに対して、こうあってほしいというポイントをお願いします。

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高倉さん:食品・水産品の生物多様性認証を作ることもそうですが、守った先のことをもっと考えたほうがいいと思います。義務だからやるよりも、関心を持って生物多様性保全に取り組み、新しい価値を生み出したい。そういう考え方を、生産者や企業、関係者がしてくれたらいいと思います。そのためにも、人材の育成は急務でしょう。

イノカでは、海・川・湖・沼の生態圏の再現について卓越した技術と情熱を有するアクアリストを表彰する「INNOVATE AQUARIUM AWARD」を立ち上げ、2023年2月に第1回目の表彰を行う予定です。こうした賞の受賞者を世間に紹介することで、生物多様性に関する視座を持った人材を企業の側にもつないでいきたいと考えています。

藤木さん:世界の潮流を見ると、生物多様性や地域の生態系に配慮した農林水産業でなければならない社会になりつつあります。そうなると、例えば環境配慮型農業への転換や農地の変更・縮減などにより、生産量と生物多様性のトレードオフが起きる可能性があります。価格との折り合いを付けるのは買う側の責務、生産量の減少分を補うのは仕入れ側の責務として、作る側の生物多様性に配慮した生産を支えていく努力があって成り立つと思います。

仮に全農地が有機農法になれば、恐らく需要を満たすだけの生産ができなくなります。生物を守るために飢える人が出るのは不合理で、非農地を有機農地に転換するために森を切り開けばまた別の破壊が起こるでしょう。私たち観測する側が数字で評価して、生産者と仕入れ側の双方が満足する状態を作らなければ破綻してしまうので、いい折り合いをつける繊細な取り組みになるだろうと思います。土地利用はすぐに変えることはできません。慎重に世界の流れに追いついていく大変な時代にこれから突入すると思います。

古賀さん:生物多様性への対応が当たり前になっていく中で、生産者・企業側はそれに対応するフードチェーンを作らなければならないし、最適な生産方法で地域の環境に配慮できているかを評価することが必要です。よりよい未来をもたらすために、関連技術の開発・社会実装が重要な要素になると思います。

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