鳥インフル猛威、卵の価格が2倍に
アメリカ中西部・ウィスコンシン州の庶民的なスーパーマーケット。「Low Price(特売価格)」として掲げられた卵12個の価格は、思わず目を疑う7.39ドル(約980円)だ。買い物客の男性は「高過ぎる。卵3つのオムレツはもう食べられない」と肩をすくめる。
筆者が住むカリフォルニア州でも卵の値上げと品不足が続き、食料品店の卵売り場には購入制限や売り切れを告げる張り紙が頻繁に登場している。品薄の棚の前では、「あそこの店にはあった」「今週は比較的安い」などと客が井戸端会議を繰り広げている。市場での卸売価格は「毎日記録的な高値を樹立している」(米農務省、2022年12月9日)という。
アメリカ全体のインフレを示す消費者物価指数によると、2022年11月の卵の平均価格は前年比の49%上昇した。南西部のアリゾナ州では前年比80%もの値上げを記録。高騰は2023年第1四半期まで続くと予測されている。
こうした歴史的な価格高騰の原因は、インフレに相まって深刻な干ばつによる飼料価格の高騰、そして過去最悪の鳥インフルエンザの猛威による生産量の減少だ。米農務省によると、2022年の感染件数は過去最悪だった2015年の5050万羽を超える5054万羽(22年11月24日公表)だった。
そうした中、2022年12月末には、米最大手鶏卵生産者のカル・メイン・フーズが興味深い数字を公表した。同社の第2四半期決算において、平飼い卵やオーガニック卵など付加価値の高い特殊卵の販売平均価格が、普通卵の平均価格より1ダース当たり0.5ドル低くなったという。同社は「歴史的に異例だ」としている。この一因として、鶏の飼育方法の違いによる疫病まんえんリスクの差がある。
普通卵は、ケージ(かご)内に複数羽を押し込んで飼育するのが一般的だが、こうした生産農場では鶏が過密状態となり、病気が発生した際のまんえんリスクが極めて高い。仮に鳥インフルエンザが鶏舎内に広がると、大量の殺処分を余儀なくされる可能性がある。対して、平飼い(放し飼い)などのケージフリー飼育で特殊卵を生産する農場は小規模となる傾向があり、疫病による大打撃を回避できたことで安定供給が可能だったのだ。
普通卵の価格上昇により、カル・メイン・フーズの特殊卵の販売量は24% 増加した。中間価格の卵を選んできた消費者が付加価値のある特殊卵に流れたという報道もあり、関心の高まりがうかがえる。
世界で始まるケージフリー義務化
2022年1月、カリフォルニア州はアニマルウェルフェア(動物福祉)の観点から、州内で販売する卵はケージフリー飼育で生産されたものでなくてはならないという州法を発効した。2018年の住民投票によって決定されたもので、消費者自身による選択だといえる。
アニマルウェルフェアで重要とされるのは、家畜などが動物として正常な行動を行う自由を守ることであり、農場は鶏の習性に合わせて横になったり翼を広げたりするのに十分なスペースを確保することが要求される。
アメリカの養鶏では1960年代から、ワイヤーで出来たケージを複数積み重ねた中で複数羽を飼うバタリーケージと呼ばれる飼育方式が主流だった。1羽当たりの飼育面積は縦横20.3センチメートルのみ。鶏は直立以外の行動は制限され、向く方向を変えることもできない。これに対して、鶏に過剰なストレスが掛かるとし、動物愛護団体などがバタリーケージの廃止を訴えていた。
EU諸国では2012年以降、バタリーケージでの鶏の飼育は禁止されている。アメリカでもケージフリー義務化の動きは進んでおり、コロラド州など8州も段階的に施行する予定だ。
マクドナルドやネスレグループ、スターバックスなどの大企業もケージフリー卵への切り替え宣言を出している。
卵生産者の業界団体(United Egg Producers) による と、2016 年の推定ではアメリカの産卵鶏の 90.1% がケージに入れられており、商用卵の約 94% はケージの中の採卵鶏が産み出していた。しかし、ケージフリー義務化の流れによって2026年までに70%の採卵鶏がケージフリーで飼育されるという予測もあり、生産者は対応を迫られる。
ケージフリーの種類
では、ケージフリー飼育とはどのように行われるのだろうか。
先に述べたように、鶏が習性に合わせた行動をとるためのスペースを十分に確保することがその定義といえる。代表的な飼育法を見てみよう。
改良型ケージ(エンリッチドケージ)
バタリーケージより広い飼育面積をとり、鶏がある程度自由に動けるように改良したケージで飼育する方式をエンリッチドケージという。
ケージフリーと聞くと囲いを取り除いた平飼いを思い浮かべがちだが、このエンリッチドケージ方式もアメリカなどではケージフリーの一種とされている。
エンリッチドケージの定義は、1羽につき750平方センチメートル以上のスペースがあり、全体が高さ20センチメートル以上あるものとされる。落ち着いて産卵をするための巣箱や1羽につき15センチメートル以上の止まり木、爪研ぎ用具の他に、1羽当たり12センチメートル以上の長さの給餌容器や十分な数の給水装置、鶏が身体を清潔に保つための砂浴び場(敷料)の設置などが細かく定められている。
しかしスイスではエンリッチドケージもアニマルウェルフェアに反するとして、1981年に禁止されている。
平飼い/エイビアリー
平たい土地で飼育することを平飼いと呼び、屋外と鶏舎を自由に行き来できる環境で育てることを放し飼い(放牧)と呼ぶ。この二つは鶏の行動の自由が守られる環境ではあるが、広い土地が必要となる。
エイビアリー(Aviary:「鳥小屋」の意)と呼ばれる鶏の行動習性を守りながら多段式鶏舎で育てる方式は、より狭いスペースで実現可能な平飼いの一種とされる。
エイビアリー方式では平地の上に棚のような床を設けて、鶏が各階層を自由に行き来できる立体的な鶏舎を使う。
止まり木や巣箱、砂浴びスペースなども設置する。1平方メートル当たり9羽を飼育でき、生産効率と鶏の行動様式の多様性維持を両立できるのがメリットだ。エイビアリーで生産された卵も平飼い卵を名乗ることが許されている。
放牧
鶏が広い土地で自由に歩き回りながら牧草や虫を食べて産卵するため、放牧卵は栄養価が高いとされる。アメリカでは1羽当たり約10平方メートル以上の面積で飼育することと定められている。
また、単に鶏が屋外へアクセスできる状態を「Free Range (フリーレンジ)」という。アメリカでは卵のパックに売り文句として書かれていることもあるが、厳密な定義はないため掲示は農場に委ねられている。
前段では特殊卵の価格が下がる特例に触れたが、ケージフリー卵が普及するまでの当面、ケージフリーの義務化は価格上昇に拍車をかける一因と位置づけられるだろう。ケージフリー飼育に移行した場合、設備投資の回収には10年程度かかるとの見通しもある。
日本では工場的な生産システムの確立により、鶏卵は長く「価格の優等生」として鎮座してきた。世界の潮流を受けて、生産者や消費者が新たな選択を迫られる日は遠くなさそうだ。