労働力の確保に苦戦する生産者の実情
「JAグループ福島では農業産出額を、東日本大震災が起きた平成22年の水準まで回復させることを目指していますが、販売農家数の減少や生産者の高齢化などもあり、回復のスピードは上がっているとはいえないのが実情です」。普段から農業現場を巡り、担い手の困りごとや心配ごとに耳を傾けているJA全農福島営農支援部TAC(Team for Agricultural Coordination)推進課の橋本悟(はしもと・さとる)さんは、福島県農業の現状についてこのように話します。
課題の根幹にあるものは一口に労働力不足と言っても、果樹や野菜、水稲の生産現場でそれぞれ異なる事情があると橋本さんは説明します。「手作業の多い果樹や露地野菜では、収穫など農繁期の労働力確保が課題です。繁忙期の人手不足がネックとなり、規模拡大しようにもできない担い手は少なくありません」。
果樹・野菜の農繁期はこれまで、生産者自身がパート・アルバイトを募集してきましたが、必要な時に必要な人数が集まることはほとんどないのが実情でした。橋本さんはこの原因として、働き手のニーズと農業特有の働き方がマッチしていなかったと見ています。「特に収穫期の果樹栽培では1ヵ月の雇用期間中、ほとんど休みなしの働き方になってしまいます。また、通年で雇用しようにも、収穫などの短期間に作業ピークが集中する労働集約的な構造となっているため、閑散期に仕事を作ることが難しいという事情もあります」(橋本さん)。
省力化に課題が残る、無人ヘリでの農薬散布
また、水稲ではこれまで、夏場のカメムシ防除の労力を解消しようと無人ヘリでの共同防除が行われてきましたが、ここでも生産者の悩みは尽きなかったといいます。「『コシヒカリ』や『ひとめぼれ』、『福、笑い』など多様な品種が育てられている福島県ですが、それぞれ出穂時期が分散するなど散布時期が決まっている無人ヘリでの農薬散布では適期防除が難しいという側面があり、病害虫の防除に懸念がありました。また、無人ヘリの一斉防除から漏れてしまうエリアでは、炎天下に動力噴霧器を背負っての作業が発生してしまいます」。
それぞれの根深い課題を解消すべく、JA全農福島では令和4年度から、労働力支援と営農支援の両軸で課題解決を図っています。
大手旅行会社との労働力支援事業を運用。将来見据えて県外のファンづくりも
JA全農福島ではまず、果樹、野菜の収穫期における労働力不足解消を目指し、令和4年度から農林水産省事業(農業労働力産地間連携等推進事業)を活用して、県独自の農作業請負モデル構築に着手。この事業では、県内のJAが生産者の求人内容を取りまとめ、JA全農福島が提携する大手旅行会社へ依頼。作業受託を請け負う同社が働き手の採用およびシフト管理を行うというスキームで、生産者へ労働力を提供しています。
令和4年に実施した労働力支援事業では、JA選果場およびほ場(リンゴ、ブロッコリー、ネギ、カボチャなど)での軽作業に、延べ4,000人の働き手が従事しました。当初は働き手が頻繁に変わることに難色を示す生産者もいたそうですが、リーダー役を中心としたチーム体制を敷いて流動的なメンバーへの指示・指導が円滑化するよう運用することで、作業の出来栄えや連携のスムーズさを担保しています。
また、JA全農福島ではこの事業体制を流用して昨秋から、福島県農業のPRを兼ねたアグリワーケーションツアーを実施。将来的な働き手の確保につなげています。令和4年度は2農園でツアーが企画され、リンゴ軽作業(7泊8日)に7人、3農園でブロッコリー収穫・選別作業(6泊7日)に延べ20人が従事しました。
ドローン保有生産者をチーム化、防除請負のスキーム構築
また、水稲防除では令和5年度から、従来の無人ヘリによる一斉防除では適期防除ができない品種のほ場に対して、ドローンによる農薬散布を代行する営農支援事業を本格運用するといいます。農薬散布代行は県内のドローン保有生産者や任意組合に委託する方針です。
これに先立ち、令和4年は農薬散布代行を委託する事業者らを戦力化するため、防除スキルアップ研修会を実施し、全3回の研修に12人が参加。計約75ヘクタールの田んぼへ試験的に農薬散布を実施しました。
研修会に参加した生産者からは「人の田んぼに農薬を散布するにはスキルが必要。安全な散布やメンテナンスの方法が確認できた」という声があがり、高齢の生産者からも小回りの利く農薬散布ドローンへの期待の声が多く寄せられているといいます。県内のJAが生産者の防除依頼を取りまとめ、令和5年度からの本格運用を目指してJA全農福島が事業の企画立案を行っています。
福島そして全国で、農業ができる基盤をつくる
「農作業請負やアグリワーケーションツアーを通じて、まずは福島県の農業に興味を持ってもらい、将来的には移住などで気軽に農業ができる環境を整えたい」と橋本さん。ツアー参加者からは「福島が好きになった」、「また来たい」との声が多く寄せられたそうで、令和5年度事業に期待を膨らませます。
当面の目標は農作業受託の登録者を増やすこと。特に県外からのセカンドキャリア、ワーケーションなどのニーズに合わせて、「全国各地で誰もが気軽に農業ができるインフラにしたい」と橋本さん。農作業リーダーの育成をJAで行えるようにしたいとも話します。
ドローン共同防除による営農支援では、除草剤の散布や追肥、さらには大豆の病害虫防除にまで活用の幅が広がると見ています。今後も受託事業者の研修会を継続し、これまで手作業で行っていたほ場情報の管理、作業指示、実施内容の確認をデジタル化しながら衛星マップやデータ活用で可変施肥にもつなげていくといいます。「こうした福島県での成果を全国に広げていきたい」と橋本さん。福島県農業の近未来に、期待が膨らむ取材でした。
取材協力
全国農業協同組合連合会福島県本部
営農支援部 TAC推進課
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