トマトの周年栽培で売り上げ5倍! 前例のない農業で週休2日も実現した新規就農者
全国の農場を渡り歩いているフリーランス農家のコバマツです。今回も前回から引き続き沖縄県うるま市にあるトマタツファームからお届けします。
トマタツファームの新里龍武(しんざと・たつむ)さんは新規就農者であるにもかかわらず、沖縄県では珍しい通年でのトマトの養液栽培に挑戦。さらにICTも導入して効率化を図り、農業の働き方改革も実現しています。沖縄では前例のないこと尽くしの新里さんの農場運営を取材しました!
沖縄県の農業の現状
沖縄県でも野菜の周年栽培を可能にする養液栽培
沖縄県は年間平均気温23℃前後と日本国内でも温暖な地域です。そんな暖かい地域では、夏は暑すぎて野菜を作ることができないという課題があり、夏になると県外産の野菜がスーパーや市場に並ぶというのが常識です。
しかし、そんな常識を打ち破ろうと沖縄でトマトの周年栽培に挑戦しているのが、うるま市にあるトマタツファームの新里龍武さんです。
どのようにしたら、島で周年栽培が可能になるのか。そのことで今までの農業と経営面でどのような違いがあるのか。いろいろと聞いていきたいと思います。
■新里龍武さん プロフィール
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トマタツファーム株式会社代表。1992年、沖縄県石垣市生まれ。関西の大学を卒業後、スポーツ関連の企業に就職。退職後2019年から兵庫県にて1年半の就農研修を受け、2021年に沖縄県うるま市で新規就農をする。就農資金をクラウドファンディングで500万円以上集めて、沖縄県では珍しく、トマトを養液栽培で周年栽培をすることに挑戦している。
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コバマツ
前回、新里さんが沖縄県では珍しい養液栽培を導入して新規就農をした経緯についてお聞きしました。沖縄で、新規就農で養液栽培、しかもトマトの周年栽培って前例がないというお話でしたが。
はい。僕が研修先に選んだ兵庫県の東馬場農園では養液栽培とICTを活用した農業を実践していて、とても衝撃を受けました。しかも周年栽培が可能で、データと数字で効率的に作物を管理することができる。沖縄は夏は野菜が作れないというのが一般的でしたが、この方法を導入したら沖縄でも周年栽培ができて、面白いんじゃないかなと思って挑戦しました。
新里さん
養液栽培は培地を活用した栽培方法で土がない
コバマツ
全国的には養液栽培って珍しいことではないと思うんですけど、どうして沖縄県ではあまり普及していないのでしょうか?
沖縄の水質が養液栽培に適していないということがあると思います。沖縄県は石灰岩層からできているところが多く、硬水なんです。硬水はカルシウム成分が多くて養液と混合すると、肥料が沈殿してしまってパイプの中で水がいかなくなる。そういった理由もあって導入が進んでいないんじゃないかなと思います。
新里さん
コバマツ
日本の他の都道府県は軟水のところが多いですもんね! 水質が違うとそんな課題も生まれるのか! 新里さんの農場ではそういった問題は起きないんですか?
僕は研修先で学んだ肥料配合をしているので、今のところ沖縄でも問題なく栽培できていますね! 養液栽培と合わせてICT農業も導入しているので、長年の経験や勘に頼った農業ではなく、データと数字に基づいた栽培もしています。
新里さん
ハウス内の気温、湿度、CO2、外気温、日射量などを全てデータで見ることができるようになっている
ハウス内の日射量や気温に応じて培地に必要な水分、養液を自動で流してくれる
ハウス内の気温、湿度も自動調整してくれる
コバマツ
すごい! 水分や肥料の吸収具合、ハウス内の温度や日射もセンサーで感知して、自動で調整できるんだ! これは、労力も今までよりも減って、正確に栽培管理ができそう!
沖縄県でトマトを通年出荷できれば売上5倍!
コバマツ
通年で出荷できるようになると、冬だけしか栽培していない他の沖縄のトマト農家と比べて、面積あたりの売り上げはどれくらい違うのでしょうか?
周年栽培できることと、ICTを活用した養液栽培を合わせておよそ4~5倍の売り上げがあると思います。夏になると、売り場に並ぶ島内産のトマトはトマタツファームのものだけになることがほとんどです。
新里さん
夏の沖縄の直売所やスーパーでは新里さんのトマトは大人気(画像提供:トマタツファーム)
コバマツ
4~5倍! 沖縄で周年栽培できるようになるとそんなに売り上げが違うんですね!
でも、ものすごーく設備投資が掛かりそうですけど、それでも採算が合うんでしょうか?
よく周りから、「養液栽培やICT農業の設備導入にコストが掛かって採算が合わないんじゃないか」と聞かれるんですけど、設備投資が掛かっても十分採算が合う栽培方法だと思っています。
新里さん
コバマツ
経費よりも売り上げが上回って利益が十分に残るということですね! 効率的だし、収量も上がるし、すっごく可能性を感じちゃいます!
農業革命を県内で起こす難しさ
理想の農業をするための土地選び
コバマツ
ところで、沖縄県内では珍しい栽培方法を、しかも新規就農で実践するって、最初は大変なことも多かったんじゃないですか? 関西で研修を受けていたとのことですが、土地はどうやって見つけていったのでしょうか?
兵庫県で研修を受けながら、本島に通って土地探しをしていました。最初は、「トマトの産地化をされている地域だったら、応援を得やすいんじゃないか」と思い、南部の豊見城(とみぐすく)市で就農を考えていました。でも実際地域に行ってみると、産地化されている地域だと、部会やいろいろと決まりがあり、自分のやりたい周年栽培ができないなと感じて……。
新里さん
コバマツ
産地化されてるところはブランド力や販売力が強い分、縛りも多そうですよね……。
栽培のしやすさや補助だけじゃなくて、販路も考えて就農先を考えていたと
前回聞きましたが、そこからどうやって今の土地と巡り合ったんですか?
豊見城市の次に目を付けたのが、沖縄県内でも人口が多い沖縄市とうるま市でした。
市役所にも「就農する土地を探している」と要望を出していたんですけど、なかなか動きがなくて、自分の足で一軒一軒農家を回って土地を探していたんです。そしたら偶然訪問した農家が、うるま市の農業委員会の会長で、「養液栽培で周年栽培をしたい! 沖縄の農業を変えたい!」という思いを伝えたら、今の土地を紹介してもらえました。
新里さん
コバマツ
最終的には自力で見つけたんですね! 泥臭いけど地道に自分の思いを伝えながら探す方法が早そうですね!
認定農業者になるまで
コバマツ
土地を見つけてようやく就農して農家としてスタートできるようになったんですね!
土地は見つけられたんですけど、今度は認定農業者の認定がなかなか下りず、今度はそっちで少し苦労しましたね。
新里さん
コバマツ
認定が下りないと、融資が受けられなかったり、補助が使えなかったりしますよね。今度はそんな壁も出てきたんですね。それはどうやって突破したのでしょうか?
やっぱり、前例がない養液栽培やICT農業を導入して、農業をしていく営農計画を立てていても、「行政としては前例がないから信ぴょう性がない」とのことで、なかなか認めてもらえませんでした。何度も足を運んで説得したんですけど、それでもだめで、研修先の東馬場農園の代表にも沖縄県まで来てもらって行政を説得してもらいました。そうしてようやく認定農業者になることができて、融資も受けられて、営農をスタートさせることができました。
新里さん
コバマツ
前例がない農業スタイルで就農するってそんなに大変なことなんですね……。就農してからは行政の方も応援してくれるようになったのでしょうか?
就農して2年目でさまざまなメディアにも出させてもらったり、需要も増えてきているので行政と協力して規模拡大の話も進めています。最近では農業電化推進コンクール(農業に電力をどのように導入しているかを表彰するコンクール)に沖縄電力から僕を推薦していただきました。農林水産省農産局長賞をいただき、沖縄でのICTを利用したトマトの周年栽培が評価していただけたのだと思います!
新里さん
コバマツ
新里さんの挑戦がそれだけ沖縄の農業にとって革新的だったということですね!
トマトの周年栽培を実現させるための工夫
コバマツ
沖縄県でトマトを周年栽培することに対して、何か工夫したことはあるのでしょうか?
暑さに強い品種を選ぶようにしました。トマトは暑過ぎると高温障害が起きて、実が割れてしまったり、品質が落ちるんです。
新里さん
新里さんの農場では、夏和恋(なつわれん)など暑さに強い品種を栽培している
コバマツ
トマトって暑さに強いイメージでしたけど、さすがに暑過ぎたら品質が落ちちゃうんですね……!
ハウス選びもこだわりましたね。通常のハウスよりも換気効率が良く、沖縄の台風にも耐えられるものを選びました!
新里さん
イノチオアグリのドリームフィールドというハウスを使用している
コバマツ
品種選びや、育てる環境に適応できるハウスを選ぶことも沖縄で周年栽培するには必要なことなんですね!
理想の農業スタイルで就農した結果
コバマツ
いろいろな壁を乗り越えて、自分が思い描く農業の形をスタートさせて、沖縄県での一般的な就農スタイルとは異なる形で就農しましたが、現在の経営状況はどうですか?
周年栽培とICT農業を導入していることで、沖縄県内の通常のトマト農家よりも売り上げがあるだけではなく、僕を含めて従業員も週休2日制を導入することができています!
新里さん
現在は新里さんとパート2人の計3人で農場を回している
コバマツ
普通は収穫がなくてもハウスの開け閉めとか水やりとかで、一日数時間でも現場に行ってあげなきゃって思いますが、それ(週休2日制)も養液栽培とICTを導入しているからできることなのでしょうか?
そうですね。水や肥料の管理、ハウスの気温もセンサーが察知して開け閉めも自動でやってくれますし、ハウスの状態もPCやスマホで見られるので。異変があったらすぐに通知が来るのでハウスにいなくても作物の様子が分かるんです。
新里さん
コバマツ
「農業は休みがない」という固定概念も、ICTを導入することで覆すことができるんですね! 農業の働き方改革にもつながっている!
農業を通して豊かになってほしい
コバマツ
農業を通して沖縄の人々に豊かになってもらいたいですね。
沖縄は観光業が注目されがちですけど、これからは農業も大事だと思います。今、世の中では野菜の価格が高騰し、食糧難になっていくのではと問題視されています。僕は農業現場から沖縄の農産物を増やしていって、沖縄県の食料自給率向上に貢献したいです。また、島の人に島のものを食べてもらえる地産地消の機会を増やしていきたいと考えています。
新里さん
コバマツ
トマタツファームの挑戦のおかげで、夏に沖縄県では県産トマトを食べることができるようになっていますし、養液栽培で野菜を周年栽培できる方法がもっと島内で広がっていったら沖縄県で地産地消も広がっていきますね!
そして、農場も働く環境をもっと良くして週休2日で、ゆくゆくは社員にボーナスも出せるようにして、農業をやりたいと思う人が安心して働くことができる法人にしていきたいですね!
新里さん
沖縄県では珍しい、養液栽培とICTを活用した周年栽培・農業の効率化を新規就農で実現させた新里さん。自ら前例となることに挑戦した結果、自分の農場の売り上げを伸ばすだけではなく、沖縄でももっと生産量を増やせること、夏場に青果を栽培できることを証明できたのではないでしょうか。さらに、これらは沖縄の消費者が夏に県内の野菜を食べる機会を得ることにもつながっています。
沖縄県内で養液栽培やICTを導入した農業をすることで、生産者も消費者も、農場で働く人もまだまだ豊かになる可能性があるのではないかと感じました。