放牧で「必要とされる酪農」を続ける! 外部要因に左右されない農業の形
全国の農場を渡り歩いているフリーランス農家のコバマツです。今回は北海道上士幌(かみしほろ)町にある十勝しんむら牧場にやって来ました。ここでは放牧酪農をベースに持続可能な農場経営をしているとか。さらに、物価高騰や乳製品の消費低迷で苦境に立たされている酪農家が多い中で、挑戦的な取り組みを続けています。いったいどんな牧場なのか、なぜそんなに挑戦ができるのか、4代目社長にいろいろ聞いてみました!
放牧酪農を始めたワケ
物価高騰や乳製品の消費低迷により、酪農家が苦境に立たされているというニュースを新聞やテレビ、インターネットなどで多く目にします。このままでは日本の酪農全体の存続も危ぶまれるのではという状況の中、あまり経営のダメージを受けていないと言われるのが放牧で牛を飼っている酪農家です。
今回コバマツが訪れたのは、北海道上士幌町で放牧酪農をベースにさまざまな事業を展開しているという、十勝しんむら牧場。放牧酪農をしながら加工品を作るだけではなく、牧場の中にカフェやサウナなどを展開していると聞いてやってきました。
周りは畑と牧場だらけの場所に十勝しんむら牧場の看板を発見
こういったさまざまな取り組みは、現在代表取締役を務める4代目の新村浩隆(しんむら・ひろたか)さんの代になってから始めたとのこと。パワフルで革新的な4代目に、早速いろいろ聞いてみちゃいましょう!
■新村浩隆さん プロフィール
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有限会社十勝しんむら牧場の4代目で、現在は代表取締役。大学卒業後、曾祖父の代から受け継がれた土地で放牧酪農経営に取り組み、健康的な土壌・草・牛から牛乳を生産。牧場でとれた牛乳を使った加工品「ミルクジャム」の製造や、カフェ・サウナ施設の運営にも取り組む。
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一生必要とされる仕事をするために実家の牧場を継ぐ
牧場の敷地内には「放牧牛乳」を使ったメニューを楽しめるカフェもある
さらに放牧地にサウナも開設
コバマツ
新村さん、牧場の4代目なんですね! 放牧酪農に加工品、牧場併設のカフェやサウナ、さらにはBBQ(バーベキュー)施設までやっているとか! ワクワクしちゃう牧場経営を行っているそうですね!
牧場をベースに自分の好きなことを事業展開していますからね。僕自身も楽しいですよ。でも僕自身は、学生の時から「農業だけは絶対にしたくない!」って思ってたんですよね。
新村さん
コバマツ
当時は親が農業をしている姿を見て、「農業=休みがない」「農業=もうからない」と思っていましたから。
新村さん
コバマツ
そこからどうしてこんなに、牧場でいろいろな事業をするまでになったんですか?
ちょうど僕が大学を卒業するころがバブルがはじけた時期で、いろいろな仕事が生まれては消えてを繰り返すのを見ていたんです。そのタイミングで、自分の将来の仕事に対して真剣に考えるようになって。「一生必要とされ続ける仕事をしたい」と考えたときに、実家の農業が選択肢として思い浮かんできたんです。食は人が生きていく上で絶対に必要なことで、それを生み出す農業は無くならない仕事だなと思って、実家を継ぐことを決めました。
新村さん
コバマツ
農業は絶対に必要で無くならない仕事というのは、私も同感です。
ところで、放牧酪農は大学で学んでいたんですか?
大学では少しだけ学びましたが、それでは足りなくて大学卒業後に学生時代の知り合いの紹介でニュージーランドに研修に行きました。実家に戻ってやるなら放牧酪農だと考えていたので、ちょうどいいと思って2カ月ほど滞在しましたね。
そこでは牛だけじゃなくて、羊や馬なども放牧で、動物らしく過ごしていて、その姿がすごく良いなと思いました。
新村さん
つなぎ飼いから放牧酪農の道へ
先代の時代の80頭から増え現在は100頭ほどの牛を飼っている。70ヘクタールの牧草地に牛達を放牧している
コバマツ
ニュージーランドまで行って放牧酪農を勉強したんですね! でも当時の日本では牛舎でのつなぎ飼いが主流だったと思うんですけど、どうして放牧酪農をしようと考えていたんですか?
「一生続けられる魅力的な仕事をしたい」と考えて、その手段として放牧酪農が一番だなと思ったんです。
つなぎ飼いをしていた先代は休みなく牛の世話をしていました。おまけに、輸入飼料を使っていると世界情勢に牧場の経営が左右されるし、経営的には補助金に頼っていたり……。外部要因に依存した農場経営だといつかは崩れてしまうんじゃないかと。先代までの経営は、そういうところが魅力的じゃないなって思っていました。そういう「負」に感じている部分を魅力的に改善していくことができる方法を考えたら放牧酪農が一番良いなと思ったんです。
新村さん
コバマツ
でも、牧草地も面積が必要だし、電柵とか、牛舎以外にもお金かかりそう……。
放牧酪農は牛を牛らしく育てることで、人件費や飼料の経費削減になり、経営的にもメリットがあります。
まず、放牧することで牛が自分で餌を食べてくれるようになり、給餌の手間が省ける。牛舎の掃除は必要なく、排せつ物もそのまま土壌の堆肥(たいひ)になって牧草の肥やしになる。そして、牧草を食べた牛が自由に動き回ることで健康になって良い乳を出してくれる。そんな循環を牧場で生み出すことで飼養の手間が減り、自分がマイナスだと感じた「休みがない」という点や、「外部要因に影響される」という部分を改善できる。
だから放牧は持続可能な方法だと思ったんです。
新村さん
コバマツ
酪農現場の人手を必要とする大部分が、牛舎の掃除や餌やりですもんね! それが無くなるだけでも労働時間がぐっと減りそう! 餌も、牧場で草を育てることができたら全てを外部から買うよりもコストは安定しますよね。こういうやり方は効率が良いし、牧場で牛がのびのびしている姿も魅力的ですね!
牧場に行くと放牧されている牛達が! のびのびしていて気持ちよさそう
放牧酪農にプラスして、自分が魅力的で楽しいと思うことを前提に、ほかの事業も設計していますね。そもそも自分が好きなことや魅力を感じていることじゃないと続かないですし。
新村さん
6次化をするワケ
コバマツ
新村さんは、放牧酪農で生産した牛乳で加工品を作るなど、いろいろな6次化商品の開発に取り組んでいますよね! このミルクジャムはおいしいという評判をよく聞きます。
自社の放牧酪農牛乳と北海道産のグラニュー糖でシンプルに作ったミルクジャムが代表的な加工品
放牧酪農で育てた牛の乳を搾った、その名も「放牧牛乳」。牧場のロゴも入っていて思わず手に取りたくなる
6次化は「持続可能な牧場経営」のためです。農家が弱いのは価格の決定権がないからだと思い、自分で値決めできるようにまずは加工品を作りました。一般的な酪農をしていて全て農協に出荷していたら、今みたいな物価高騰になると原価が高くなって、利益が少なくなっちゃう。
新村さん
コバマツ
確かに、生乳を農協に卸しているだけだと、自分で値段を決められないですもんね!
値決めができないと、持続的に良いモノづくりができないんです。いい土を作るのも、牧草を育てるのも、いい牛乳を搾るにはなんでも経費、原価がかかります。
新村さん
コバマツ
経費がかけられないせいで商品の品質が変わってしまったら、牧場のブランドイメージも違うものになっちゃいますよね! 農家が利益を生み出して、安定した品質のものを作り続けるって、長く消費者からの信頼を得続けることにもつながるのではないかなと感じます。農家が値決めをできる商品を自分で持つって、本当に大切なことですね!
それによって、農家がきちんと利益が出せるようになります。その利益でまた良い土づくりから牧草を育てて、健康な牛から良い牛乳を安定的に搾ることに投資できる。自分で値決めできる商品を持つことは、牧場経営の面でも大切なことだと思います。
新村さん
コバマツ
放牧酪農で自然循環を生み出すだけじゃなくて、良い土や牛の飼養に投資するための利益を出していくことも、持続可能な牧場経営には必要なことなんですね!
売れる6次化商品の作り方とは?
コバマツ
6次化っていろんな農家がやっているし、やりたいという声も多いですが、売れていない商品やイマイチなものが多い気がします。どうしてうまくいかないことが多いんでしょうか?
「お客さんが求めていないもの」を作っているからじゃないかなぁ。皆どこにでもあるもの作っているよね。
新村さん
コバマツ
皆が欲しがるものって、どうやったら作れるんだろう?
うちの牧場の場合、2000年当時、国産ではまだ作られていなかった「ミルクジャム」をメインの加工品として製造販売を始めました。
デザイン含めて「消費者がどんなシーンでそれを使うのか?」というのをイメージするのも大事だと思います。例えば、朝食べるものなのか夜なのか、自宅用か贈答用かとか。
新村さん
牧場の看板商品のミルクジャムはデザインも可愛くておしゃれ。2000年から製造を開始して初年度で1300万円売り上げる
コバマツ
珍しくて「え、なにそれ?」って消費者に感じさせるのは大事ですよね! いつ、どこで手にするのかとかで全然、デザインや商品内容も変わってきますし。誰に何を届けたいかって考えることが必要なのか!
それに、素材となる農産物の価値が低いと、商品全体の価値が下がってしまいます。
生産する農産物の価値を最大限に高めて付加価値にしていけば、6次化商品の価値はもっともっと高まっていくと思っています。
新村さん
コバマツ
確かに! 加工品を作る土台となる、素材の良さも大切ですよね! それをベースにお客さんが求める商品を作ることができれば、安定的に利益を出し続けられそう!
牧場の真ん中にカフェやサウナも! 牧場の価値を伝える方法
コバマツ
加工品だけじゃなくて、カフェやサウナなども牧場の中にあるんですよね? この地域って観光地じゃないから、利益をあげるのは難しいんじゃないですか?
牧場の中にあるカフェ、クリームテラスの店内
カフェの目的は「利益を生み出すこと」というよりは「牧場のショールーム」だと考えています。加工品を買ってくれたお客さんに、「どんな場所で、どんなふうに牛が育っているか」を知ってもらうために作りました。
新村さん
コバマツ
利益じゃなくて、広報的な役割として考えているんですね! カフェという目的地があったらお客さんも牧場に来やすいですもんね。
もちろん、赤字にならないようにとは考えています。牧場の強みである牛乳メインのメニューをそろえることで、食品ロスも少なくなるように工夫しています。
新村さん
カフェでは、牧場の新鮮な牛乳を使ったメニューがたくさん!
コバマツ
この牧場の牛や環境を見たら、さらにしんむら牧場のファンになっちゃいますね!
カフェだけじゃなくてサウナ施設も運営していますよね! こちらはどうして始めたんでしょうか?
牧場のコンテナを改造して作ったミルクサウナ
放牧されている牛を見ながら入ることができる
サウナの敷地内ではBBQもできる
カフェだけだと、お客さんに30分~1時間くらいしか滞在してもらえませんが、サウナだと滞在時間を増やしてもらえるからです。その時間で牧場の魅力を体感してほしいなって思っています。
夏には宿泊施設もオープンさせる予定ですよ。
新村さん
コバマツ
サウナや宿泊施設でゆっくり滞在できたら、カフェとは違う魅力が体感できそうです!
放牧や6次化、自分の好きなことで持続可能な酪農へ
コバマツ
今、物価高騰と騒がれていますが、放牧酪農を実践していて、新村さんの牧場も影響を受けていますか?!
影響は0ではないけど、放牧酪農や6次化のおかげで経営を圧迫するほどの影響ではありませんね。
新村さん
コバマツ
酪農業界も大変と言われていますけど、持続可能な生産と経済活動を続けていくことで、社会情勢に左右されない農業ができるんですね!
自分が魅力的だと感じることや、楽しいと思うことじゃないと続けられないですからね。
新村さん
必要とされ続ける仕事がしたかった。その思いで実家の牧場を継いだ新村さんが選んだのが放牧酪農でした。放牧によって質の良い牛乳を生み出し、それを活用した加工品やサービスは、外部環境に左右されない持続的な経営へと循環しています。
そんな持続可能な生産活動と経済活動、そして自分が好きだと感じることを掛け合わせた新村さんの酪農にはもう一つの柱があります。それは「土づくり」。次回は新村さんが徹底的にこだわる土づくりについてお伝えします。