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80年続く老舗農家の娘が、家族を説得して農家カフェを開業できたワケ

80年続く老舗農家の娘が、家族を説得して農家カフェを開業できたワケ

熊本県宇城市でレンコンやコメを生産するナカドモファーム。約80年続く老舗農家に生まれた蔀葵(しとみ・あおい)さんは5年前、レンコンの加工部門を新たに設立し、2023年3月には農家カフェ「しあごはん INAHO」を立ち上げた。県内の農家や地元高校生とコラボするなど、独自の発想でマーケットを生み出している。

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直売所も兼ねた農家カフェ

熊本県宇城市松橋町で約80年続くレンコン農家、ナカドモファーム。三代目園主を兄に持つ蔀葵さんは2023年3月、念願だった農家カフェ「しあごはん INAHO」をオープンさせた。自社で採れた野菜を使ったランチやスイーツなどを提供しているほか、熊本県内の農家と提携してオードブルやサラダキットを開発、販売するなど独自の発想がSNSや口コミで話題となっている。

カフェ内には野菜の直売スペースもあり、ランチで提供している野菜を販売している。「新鮮な野菜を味わって欲しい」という思いから、棚に並んでいるのは全て、その日に収穫された朝採れの野菜だ。

しあごはん INAHOの店内

オープン前はカフェでの勤務経験すらなかったという葵さんだが、8年ほど前から新規事業としてカフェを設立する構想があったのだという。

苦節8年。したたかに積み上げた実績

元々、農園の三代目は兄が引き継ぎ、自身は別の加工品会社で働いていたのだそう。実家であるナカドモファームに戻ったのは熊本地震の際、取り引きをしていた加工会社が機能しなくなったことがきっかけ。自社内にレンコンの加工会社を設立する運びとなり、立ち上げに手を貸して欲しいという父の要望を受けて、2016年に出戻りすることとなった。

葵さんの兄でナカドモファーム三代目の中塘 将嗣(なかども・まさし)さん

その際、胸に秘めていたカフェ開業の意向を父や兄に伝えたが、「経験もないうえに家庭もあり、加工会社だってうまくいくかわからないのに」と、反応は芳しいものではなかった。

そこで葵さんは「とにかく話を聞いてもらえるように実績を作るしかない!」とレンコン農家としての農作業や経理などの業務、そして新たな事業として立ち上げた加工会社の運営をこなしていったのだという。

結果、約5年の月日をかけて加工会社の経営を軌道に乗せることができたそう。3年ほど前からは経理を担当してくれる人材や加工会社の後継者の育成にも注力している。

ナカドモファームでは、化学肥料や除草剤を一切使わずに栽培している

農家とのつながりの中で、感じたジレンマ

ナカドモファームのレンコン畑

レンコン農家として働きながらも、ただ作って納品するだけの働き方を変えたいという気持ちを抱き続けていたという葵さん。そんな時、近隣のマルシェで農家が直接野菜を販売しているという情報を耳にし、早速自社のレンコンを持って参加してみたのだという。

そこで実際に消費者と交流してみると、「レンコンは調理が大変」といったハードルの高さや「スーパーで見るレンコンとは違う!」というような反応があり、さまざまな面でギャップを感じたのだそう。

マルシェでの出店の様子

さらに、マルシェに参加する他の農家との交流を通して徐々に“つながり”ができていったという。おいしい野菜を作っている農家を発見すれば「畑を見に行ってもいい?」と直接農園に伺い、購入したりするうちに仲良くなっていったのだそう。こうしたつながりの中で生まれた「農家同士でなにか面白いことがしたいね」という計画が、のちのカフェ開業に大きく関わっていると葵さんは振り返る。

特に大きなきっかけとなったのが、ほとんどの農家が感じていた「野菜を最高の状態で売ることができない」というジレンマだ。

マルシェで出店すると「おいしかったのでまた買いたい、どこで売っているのか?」という声をもらうことも多かったが、直売所を持っていないこともあり、業者にしか卸していないことを伝えるとガッカリした反応が返ってきたという。道の駅や物産館を探し回ったというお客さんも少なくなく、需要がある時にすぐ販売できないことがとても心苦しかったという。

野菜を作り、納品した後のことは農家にはあまり伝わってこない。スーパーではどのように売られているのか、お客さんはどのような反応かを知る手段は多くない。そうした中、どうしても鮮度が落ちた状態でお客さんの手に渡ることを、どうにかして変えたいと強く感じたのだという。

交流のある農家の「自分の野菜に自信を持ちプライドを持って作っている姿」を間近で見るほど「どういう状態が最高の状態なのか、作っている自分たちが一番よくわかっているはずなのに、その状態のまま売る場所がない」というジレンマを痛感したという。

そこで、「5年間にわたって農業で培った知識や実績、農家同士のつながりの力があれば成功するはず」と、改めて先代園主の父親に対してカフェ開業を説得。

反対を受けた5年前とは違い、立ち上げ時期や経営方針なども含めて、ほとんど口を出されることはなかったそう。

「今となっては、数年がかりで築いた知識や経験のおかげで、理想のカフェを作ることができたし、地域の農家さんを絡めてみんなで立ち上げた感じがあります。もしも当時、『やりたい』だけで先走っていたら失敗していたと断言できます。悔しい思いや歯がゆく感じることもありましたが、周りの協力や自信がついたタイミングで展開できたので、結果的に良かったと思っています」(葵さん)

コラボしてマーケットを生み出す

農園カフェ「しあごはん INAHO」では地域と連携して、開業前からオードブルの企画や販売を行ってきたが、こうしたコラボは農家だけにとどまらない。

例えば、同カフェでは自分でサラダが作れるテイクアウト専用の「おうちでサラダ」(上部画像参照)を販売している。熊本県産の新鮮な野菜にドレッシングまでついており、自宅にお皿さえあればOKというお手軽なキットだ。

コンセプトは、大量のベビーリーフに加え、レンコンやトマトといった野菜もたくさん入ったサラダ。開発当初はこれらの食材を一緒に器へ入れてしまうと、繊細なベビーリーフが傷付いてしまうという課題に直面したものの、当時はやっていた“ミールキット”から着想を得て商品化を実現したのだという。

このほか、葵さんの出身校である八代農業高校が作成したマーマレードジャムをドレッシングのアクセントとして取り入れるなど、高校生とのコラボも実現。

八代農業高校には、シーズンごとにドレッシングの開発も持ちかけており、葵さんは一緒に地元を盛り上げられるとうれしいと話してくれた。

新たな農業の継ぎ方

カフェは未経験ということもあり、店休日にも他のお店へランチの研究に行ったり
道の駅や物産館をめぐったりするなど、バイタリティ溢れる葵さん。

多くの人から「カフェを始めるにあたって必要なことは」と尋ねられることも多く、その度に「周りの協力と経営力かな」と答えているそうだ。

「自分たちだけの目線じゃなくて、お客様の気持ちを考えることが大切です。どうしたらうれしいか、どうやったら喜ばれるか。しかしそれは、農家にとっては結構面倒だったりするわけです。例えば化学肥料を使わないとかも、作る側からしたら大変だし手間がかかります。それでも、お客様からしたら絶対そっちの方がいいって思うでしょ? そこで歩み寄れるかどうかだと思いますよ」(葵さん)

生産者がプライドを持って作った野菜を、お客さんがおいしいと言って目の前で食べてくれることがたまらなくうれしいのだという。

「しあごはん INAHO」に持ち込まれた野菜が完売したことを提携先の農園に伝えると、驚きながらもとても喜ばれ、こうした反応も自身のモチベーションにつながっている。

「ナカドモファーム自体は兄が三代目を継いでいますが、私は新しい形で農家を継承していくことができないかと考えています。周りとともに何かを作っていくことなどを通して、従来の農家の在り方から更に発展させたやり方を確立していきたいですね」

年月を経てしたたかに取り組んでいったことが自信につながり、ただ「やりたい」でとどまらず、確かな実績と情熱で新時代の農家継承に走り出した葵さん。

今後はどんな発想が生まれるのか楽しみだ。

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