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全国でわずか2軒。黒毛和牛ならぬ「あか毛和牛」の最高ランク「三つ星」を生み出す畜産農家

全国でわずか2軒。黒毛和牛ならぬ「あか毛和牛」の最高ランク「三つ星」を生み出す畜産農家

飼料代の高騰などで苦しい経営を強いられている畜産農家が多い昨今。熊本県阿蘇郡産山村(うぶやまむら)在住の井信行(い・のぶゆき)さんが育てるあか毛和牛「信行牛(のぶゆきぎゅう)」は、輸入飼料に頼らず完全国内飼料で育て、全国に2軒の生産者しか獲得していない最高ランク「三ツ星」に選ばれている。阿蘇の地の利を生かした地域循環型農法とそのこだわりについて話を聞いた。

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地の利を知ること

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全国棚田百選・うまい米作り百選に選ばれている産山村の扇棚田

今回訪れたのは、熊本県と大分県の県境にある産山村。
世界一のカルデラと称される阿蘇山の恩恵を受けるこの地域は、原野に、あか牛が放牧されている姿が夏の風物詩として受け継がれている。

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井信行(い・のぶゆき)さん

この原野を最大限に活用し、完全国内産の飼料で育てられているのが、井信行(い・のぶゆき)さんが飼育する信行牛(のぶゆきぎゅう)である。

井さんの父は元々大工で農業には縁もゆかりもない家系だった。

戦後の日本全体が貧しい時代、地域でもっとも権力があったのが農家だったことから、畑を3反購入して農業を始めたのが、井さんが16歳の頃。当時は畑さえあればどうにか生きていけると、収入があるたびに別の土地を購入して畑を増やしていったが、小さな村では限りがあると気づくのにそう時間はかからなかった。

「これからどうしたもんかと思っていたんですが、当時はまだ耕運機代わりに牛や馬を使っていたんです。必ずどこの家にも1頭は家畜がいた。じゃ畜産農家のほうがいいんじゃないかなと思ったのが始まりです」と井さん。在来種であり育てやすいあか牛で挑戦を始めた。

そして昭和30年代、牛が役牛(耕作や運搬に使う牛)としての役目を終え、食用として注目されるようになった頃、食用としてあか牛を活用しようと、繁殖を行い頭数を増やすことに注力。その結果、子牛の販売で阿蘇郡で1位を獲得した。この業績が評価され、昭和63年には農林水産大臣賞を受賞している。

このまま繁殖のみに注力するという選択もできたが、井さんは「これからは健康志向の強い赤身の時代となる」と考えた。方向性を切り替え、その後は健康なあか毛和牛作りに没頭した。

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産山村にある山吹水源。水が清らかで水面が鏡のように見える

村には九重水系から湧き出る清らかな水、そして広大な原野が広がっている。牛たちはストレスなく闊歩(かっぽ)し、思いのまま牧草を食べて過ごす。そこに熊本の麦、大豆、オカラなど独自の自家製飼料を与えることでバランスのいい、健康な牛が誕生するのだそう。

牛が原野の草を食することで得られるメリットは、草の長さが短く保たれることである。草が短くなれば野焼きを行う際の作業が格段に楽になるという。

先人たちから受け継がれてきた放牧、採草、野焼き、飼肥などの適正な管理を行うことで環境保全につながり、ひいてはおいしいお肉が持続可能なものとなる。また国産飼料を使うことにより農家の休耕田を減らすことにもつながる。

このような地の利を生かすことで、牛にとっていい環境であることはもちろんのこと飼料代も低コストで抑えられるこの方法を地域循環型農法と井さんは呼んでいる。この取り組みが評価され、平成28年には第7回辻静雄食文化賞を受賞している。

あか牛の地位獲得のために

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村内では至る所で放牧したあか牛を見ることができる

疑問なのは、あか毛和牛の飼育数は年々減少傾向にあるという点だ。環境にもよく、上質な肉を育む農法があるのならば、もっとあとに続く人がいてもおかしくはない。

井さんは、現在の肉の価値を決める基準があか毛和牛ではなく黒毛和牛を中心にしていることが一つの要因ではないかと話す。

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放牧される黒毛和牛

「そもそもあか毛和牛は赤身肉なので、サシという概念がありません。そのため品評会に出してもとれてA2といったところでしょうか。あか牛単体で評価してもらえるもの(品評会)はそう多くありませんから。そうなると収入面が変わってきます。そのため黒毛和牛に変更する農家が増えてきているのかもしれませんね。私はありがたいことにあか毛和牛の価値をしっかりと分かっていただき、お取引をしてくれている業者さんがいるので、収入面が理由で止めようと思ったことはありません」(井さん)

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ちなみに自身の名前をつけたブランド名は、信頼している取引業者からのアドバイスだったのだそう。

井さんは「インターネットには疎いものですから。どのような情報が出ているのか分からないんですよ。ただ過去にいくつか受賞をしていますので、きっと私の名前を検索すればヒットするのでしょう。それでお取引がない業者さんが私の名をかたって、あか牛を販売しようとしていたことがあったのがきっかけです」と話してくれた。

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所せましと賞状や盾が並ぶ

実は産山村に居住する半数近くの方の姓が「井」さん。他の井さんが作ったお肉でも、産山村の井さんのお肉と言われれば、信行さんのことだろうと勘違いしてしまう人が多かったので、自身の名前をつけたブランド牛という扱いにしたのだそう。

これにより商標登録も行い、勘違い騒動もなくなった。

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「私はお客様と直接お会いすることはありませんが、必ずつながっている。生産農家はお客様の顔を考えながら育てなきゃいけない」と井さんは語る。自身の財産を守るためだけではなく、あか毛和牛の地位を向上させるためにとった行動の一つといえるだろう。

88歳。まだやれます!

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井さんは今年88歳を迎える(令和4年取材当時)。高齢のため現在の信行牛は長男に任せているとのことだが、今後の展望を伺うと驚くべき回答が返ってきた。

「実は同じ考えをもった農家さんと一緒に”県民牧場”をしようと思って。もう動いているんですけどね」

牧場といっても観光牧場ではない。狙いはあか毛和牛農家育成の確保と草原の維持だと話す。

現在、井さんが単独で行っている地域循環型農法をもっと取り組みやすい方法にすれば、あか毛和牛を育てる人材を確保でき、ゆくゆくは村に移住してくれるのではないかと思案し、環境整備とシステム作りに着手しているのだそう。

輸入飼料に頼らない今後の和牛飼養のモデルともなり得る。将来はその牧場で加工までできるようになれば、もっとあか毛和牛を育てる人が増えるはずだと井さんは語る。

「あと何年私が動けるのかは分からんけど、できることがあるのなら動きますよ」と、精力的に語るその姿はとても88歳とは思えないバイタリティである。

井さんが行動に移す理由はいつだってシンプルだ。それが地域のためになるなら、という理由しかない。

誰だってこのままじゃいけないという感情は持っているものの、実行に移すのかどうかはまた別問題であるが、井さんは今までもずっと行動に移し結果を残してきた。その自負があるからこそ、体力が続く限り阿蘇の自然とあか毛和牛の価値を守る活動を行っていくのだろう。

そしてその活動は次の世代へと確実にバトンをつなぐ。まさに生き方そのものが地域型循環型農法であるように感じた。

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