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2年連続の豪雨被害から着想。大雨による浸水被害を乗り切った「ノアの方舟(はこぶね)」とは

2年連続の豪雨被害から着想。大雨による浸水被害を乗り切った「ノアの方舟(はこぶね)」とは

災害級の豪雨により、影響を受ける生産者が増えている昨今。国土交通省によると、1980年代に比べて2010年代は、1時間あたり降水量が50ミリ以上の発生数が年あたり1.4倍に増えているとされています。そうした中、水害に悩まされたことがきっかけで、画期的な農法を編み出した生産者がいます。株式会社アグリッシュ代表の吉田章記(よしだ・あきのり)さんに話を聞きました。

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自然災害の苦難と葛藤

2016年から佐賀県唐津市でトマトを栽培している株式会社アグリッシュ。栽培するトマトは「太陽のたまもの」と呼ばれ、品種はフルティカ(中玉)、小鈴(赤色ミニトマト)、イエローミニ(黄色ミニトマト)の3種類。同社ではアイメック農法を採用しており、糖度10度前後、リコピン量は従来品の3倍という高糖度・高栄養価のトマトを生産しています。

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太陽のたまもの(同社提供)

吉田さんが農業の世界へ飛び込んだきっかけは祖母の認知症でした。認知症の症状によって感情の抑制が出来なくなり、怒りっぽくなってしまった中、祖母が唯一笑顔になる瞬間があったといいます。それは、好きな物、おいしい物を食べている時でした。

「おばあちゃんを含め、多くの人を笑顔にできるものを作りたい」と思い、当時勤務していた福祉の世界から農家へ転身することを決めたといいます。

とはいえ、自然相手の農業は甘くありませんでした。2016年に新規就農し、順調に農業経営を軌道に乗せつつあった中、3年目の2018年に大雨に見舞われてしまったのです。ハウスは15センチ浸水。追い打ちをかけるかのように、雨によって浸水した苗は病気にむしばまれ、実に約6割ものトマトを廃棄することになってしまいました。

周囲から聞こえてくるのは「10年に1度の大雨だからしょうがない」「こんなことはめったにない」と諦めの声ばかり。吉田さんも運が悪かったと諦め、また来年から頑張ろうと借り入れを増やし、2018年を乗りきったといいます。

しかし、悲劇はこれだけでは終わりませんでした。あろうことか、翌2019年にも同じように大雨被害に見舞われ、同年は約4割のトマトを廃棄することを余儀なくされました。

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2018年の水害

2年続けて起きた水害に、「このままでは、リスクが大き過ぎてトマト栽培を続けていくことはできない」と考えるようになった吉田さん。

水害に見舞われて以降は、排水性を良くしたり、雨が入ってこないように堤防を組んだりと対策しましたが、完全には浸水を防ぐことはできませんでした。降らないと言われていた年に豪雨が起こるなど、予想を超えた事態にも対応できていませんでした。周りに相談すると、雨の降らない時期に栽培をずらす、水害が起きないところに移動するといった助言があったものの、これでは栽培期間が短くなり収量が十分取れません。また、ハウスを立ててしまっていたので簡単に移動できるものではないといった問題があります。

そこで、吉田さんは考え方をガラッと変えました。これまでは雨が入ってこないようにすることばかり考えていましたが、ハウスにはどうしても雨が入ってくるものだと受け入れたのです。それならば、浮かせることで浸水から作物を守ろうと編み出されたのが、吉田さんが「ノアの方舟」と呼称する土台でトマトを栽培する方法でした。

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赤色と黄色のトマトハウス

水に浮かせて作物を守る「ノアの方舟」

元々、アグリッシュのハウスでは、トマトの苗を植える容器を地面に直接置いて栽培していました。高さを出した場所に設置する方法もありましたが、吉田さんは初期の設置コストが低いという理由で、前者の方法を採用しました。無論、当時は農地が浸水することがあるという可能性すら頭になかったため、高さを出す必要はないと思っていたのです。

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地面に直接置いていた時のトマトの苗

「ノアの方舟」と呼ぶ土台でトマトを育てている現在は、スチール脚の上に発泡スチロールで出来た従来より軽い容器を固定せずに置いているといいます。また、軽量化するために苗の培地に使っていた土もヤシ殻に変更しました。

これにより、ハウスが浸水した際は土台が水に浮いて作物への被害を防ぐことができるように。2021年にも豪雨によって最大28センチの浸水があった中、作物への被害を免れたといいます。

ノアの方舟を設置した四つのメリット

「ほんとシンプルですよ。誰でもまねできてしまうと思います。従来の容器よりも、浮きやすい発泡スチロールの容器に変え、軽くするために培地をヤシ殻に変えただけなんで」(吉田さん)

同社で作るノアの方舟は、材料の全てを自分たちでそろえて組み立てているといいます。

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ノアの方舟

ノアの方舟のメリットとして、吉田さんは四つあると説明します。

一つ目は、浸水していない時は地面付近に苗を置いておけるので栽培面積を減らさずに済むということ。高さをだして固定してしまうと、上に上に伸びていくトマトは栽培面積が狭くなり収量が落ちてしまいます。ただ、ノアの方舟の場合は、浸水した時のみ高さがでるので普段の栽培面積を減らすことはないといいます。

二つ目は、どんな高さまでも浮くので、上限なく浸水に対応可能である点。上述の通り、導入後の2021年には最大28センチの浸水がありましたが、作物への被害はほとんどなかったといいます。

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2021年の水害時に浮かぶノアの方舟

三つ目は、ヤシ殻は繊維質で土ほどには保水をしないので、ダイレクトに根に水や肥料を送ることができる点。結果として、土の培地に比べて必要な肥料が少なく、より高糖度・高栄養価のトマトを作る事ができたといいます。また、乾燥しやすいので根腐れや細菌の繁殖を防ぐこともできるそうです。

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ノアの方舟の中(ヤシ殻)

四つ目は、フラットに土台の上に容器を置けるので品質が安定する点。これまでは、地面に直接置いていたので、高低差が多少なりとも出てしまい、水がたまりやすいところ、たまらないところが存在していました。ノアの方舟では、スチール脚の土台の高さを合わせるように設置するので全体を通して均一な生育条件にすることができているといいます。

一方で、ヤシ殻は空気を多く含む分、気温の影響を受けやすく培地が熱くなりやすい点に注意が必要だと吉田さん。もともと1時間に1回散水していたものを、現在は、30分に1回15℃の水を散水するように変えているそうです。

また、アグリッシュでは一連の設備投資に1反あたり150万円ほどを費やしたと振り返ります。本来、浸水しない農地であれば必要のない設備です。ただ今後、水害を含めてどんなリスクが存在するか想像がつかない中、浸水の可能性が現状低い場所でも導入していると話してくれました。

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インタビュー時の吉田さん

「今後、これまで起きていなかった場所で水害などが起きるかもしれません。ノアの方舟は、トマト以外の品目でも使えるはずなので、農家のリスクを回避できるものになればなと思います」(吉田さん)

取材協力

株式会社アグリッシュ

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