2021年新規就農。空心菜、大葉、モロヘイヤなどを栽培
鮫島さんが愛知県東海市で立ち上げた『さめちゃん農園』は、2021年7月にスタートした新しい農園だ。
最寄りの大府駅は、名古屋駅から快速でおよそ15分。知多半島の北側に位置するため、古くから名古屋と西三河、そして農業が盛んな知多エリアを結ぶ交通の要所として栄えてきた場所である。
さめちゃん農園では、自宅近くに構えた24アールの畑で空心菜や大葉、スティックセニョール、モロヘイヤなどを栽培し、産直ショップ「農場長田畑耕作 リソラ大府店」や「JAあぐりタウン げんきの郷(さと)」のファーマーズマーケット、愛知県内のスーパー、イオン5店舗などで販売している。2023年からは収穫した作物に加え、苗の販売にもチャレンジしている。
SNSをフル活用して、情報発信も積極的に
鮫島さんは「笑顔をつくる野菜づくり」をモットーに、栽培期間中は農薬を使わない栽培方法や徹底した鮮度の追求に取り組んでいる。肥料に使う牛ふんは生産者の顔が見える地域の牧場から直接仕入れ、出荷は当日の早朝に収穫したものだけにすることを徹底。また、ホームページやリーフレットのほか、Instagramを中心としたSNSでの情報発信にも積極的に取り組んでいる。
SNSを通じて購入者からの感動コメントが届くことも多く、それが次の作付けへのモチベーションにつながっているという。
子育てと農園経営を両立する鮫島さんに、新規就農のリアルのほか、就農してすぐに見舞われた害虫による深刻な食害、そこで救世主となった益虫との出会いなどを語ってもらった。
新規就農のリアルと、想像以上の害虫被害
茨城出身の鮫島さんは、神奈川県内の大学を卒業後に一般企業へ就職。在学中に学んだ理系の知識を生かして分析業務や設備設計、施工管理などの仕事に携わり、夫の仕事の関係で愛知に移住した。
茨城の実家はコメや梨、かんぴょうを栽培する農家であり、農業は身近な存在だったそう。
「子供の頃は力持ちの自分を見てほしくて、農作物を運ぶお手伝いをいっぱいしたんです。とても活発で、男の子みたいだねって言われることも多くて(笑)」
愛知に移住し、家庭菜園ライフを経て新規就農
結婚を機に愛知に移住してからは、家庭菜園が家事の息抜き&生きがいに。就農するまでの5年ほどで、さまざまな野菜の栽培にチャレンジしたそう。
「けっこう広めの畑を借りて、基本の野菜から、日本では珍しいパパイヤまで、あらゆる作物を育ててみました。ご縁があって収穫した野菜の一部を温浴施設の売店や産直ショップに出したことがきっかけで、自分が育てた野菜をおいしいって言ってもらえる喜びを知ったんです」
家庭菜園で野菜づくりのノウハウを蓄積し、販売できる場所も得られた鮫島さん。連作障害の心配が少ない空芯菜を主作物に選んだのも、家庭菜園で得た知見が大きいそうだ。
そして、アルバイトでお手伝いをしていたイチジク農家のご主人から「さめちゃんならきっとできるから、新規就農してみれば?」と背中を押してもらう形で、本格的にチャレンジしてみることになった。
就農して味わった、農業の大変さと挫折感
しかしながら、新規就農は思っていた以上に大変だったそう。
「新規就農の補助金(の申請)が通らず、立ち上げを自己資金でまかなわないといけなくなったんです。特に農業機器が高くて、最初は7万円の耕運機からスタートしたのですが、(畑の拡大に伴って)すぐにトラクターも必要になりました。それらを格納する物置にも何十万円とかかり、懸命に仕事をしているのに貯金がどんどん減っていく状態でした。新規就農するためにはかなりのお金が必要なことを痛感しましたね。夫も心配していたと思います。ただ、私が畑で奮闘している姿を見かけたのか、近所の方が厚意で物置を建ててくれるなど、たくさんの方が助けてくれました」
資金面での高いハードルに加え、初年度は思ったような収穫もできなかったと鮫島さんは話す。
「はじめに空芯菜を植えた畑は砂地だったのですが、作付けのタイミングに間に合わせるために十分な堆肥(たいひ)を入れずに定植してしまったんです。それで思うように育たなかったことに加えて、さらに減農薬によるバッタの食害が甚大でした。空芯菜も大葉もバッタの大好物です。対応策がなかなか思いつかず、被害によってほとんど出荷することができなかったんです。せっかくたくさん植えたのにと、すごく落ち込みました」
農園の救世主。カマキリとの出会い
バッタ対策に試行錯誤する中で鮫島さんが出会ったのが、バッタの天敵となる昆虫を畑に放す農法だった。ここで選んだ昆虫が、カマキリだ。
「たまたまインターネットで見つけた農法で、とりあえずやってみようという気持ちで始めました。バッタを捕食するカマキリを探して畝の防虫ネットの中に入れてみると、カマキリを入れた周辺だけ、あきらかにバッタの被害が減ったんです」
エリアを分けて、共食いリスクを緩和
子供たちとカマキリや卵を見つけては、次々と畑に放していった鮫島さん。被害が急速に収まっていく様に、驚きを隠せなかったという。
「特に大葉は一カ所でもかじられていると商品にならないので、カマキリの効果は絶大でした。カマキリは共食いに注意する必要がありますが、エリア分けして放してあげれば問題ありません。餌となるバッタがたくさんいる場所に放せば、そこに長くとどまってずっと食べ続けてくれるんです。今シーズンもカマキリを放しているのですが、以前に比べて見かけるバッタの数そのものが少ない気がしています」
鮫島さんはカマキリ以外にカエルやクモの力も試している。できるかぎり農薬を使わずに害虫を減らす方法を日々模索しているそうだ。
「農薬は便利だけど、お客さんの安心を最優先にしたい」。新鮮野菜を届けていくために
鮫島さんが減農薬にこだわるのは、子供やお年寄りにも安全な野菜を届けたいという一心からだという。
「強い農薬を使えば、畑にいる害虫を簡単に防除できるかもしれませんが、害虫を食べてくれる益虫をも殺してしまう可能性があります。農薬に頼らずカマキリやカエルの力を借りながら農業を進めていけばお金の節約にもなるし、長い目で見たらそのほうが効果的だと私は思っています」
カマキリの力を借りたこの方法はまだ完成されたものではなく、試行錯誤の途中だと鮫島さんは話す。しかし、畑の生物多様性を保ち、有能な益虫たちに助けてもらいながら進めるこの農法には大きな可能性があると感じた。
農作物をできるだけ短期間で、しかも効率的に育てる農業には合理性が必要だ。しかし、人知を超えた自然の力を上手に活用し、生物の多様性を大事にしながら自然に寄り添って進めていく農法にも、もっともっと目を向けていきたいと感じた取材となった。