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就農から僅か3年でお米のコンテスト金賞を受賞。生産性よりも“食”に注力した無農薬無化学肥料のコメ作り

就農から僅か3年でお米のコンテスト金賞を受賞。生産性よりも“食”に注力した無農薬無化学肥料のコメ作り

全国有数のコメ所として知られる熊本県菊池市で、20年以上無農薬・無化学肥料でコメを作っている堤公博(つつみ・きみひろ)さんは、就農から僅か3年で、全国のコメ品評会「全国米・食味大会」ヒノヒカリ部門で金賞を受賞した凄腕の生産者。そこには“食”に関する情熱がこもった土づくりがあった。

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40代で会社員から就農の道へ

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堤さんは菊池市のコメ農家に生まれたが、三男ということもあり、特に後継ぎなどというプレッシャーもなく自由に育ったのだという。

バブル当時はスナックを経営したほか、車のエンジニアなどの仕事を経て、結婚を機に熊本市内にてサラリーマンとして就職。農家とは無縁の生活を送っていた。

ところが、40歳に差し掛かったある時、新聞の小さな記事に書かれていた“食糧危機”という言葉が引っかかったという。

実家のある菊池市では、幼少期には豊かな田畑が広がり、食材にあふれていて“食糧危機”の実感はまるでなかったが、大人になって実際に両親や集落の高齢化や後継ぎがいないという現状を目の当たりにすると、「作る人がいなければ、食糧が足りなくなり、食糧危機になるのか」と実感した。

このことから、農業は今後重要視される産業になっていくに違いないと感じ「就農しよう」と思い至ったのだそうだ。

しかし、いざ就農することを両親に話すと「わざわざもうからない農業をすることはない」と猛反対された。
兄弟や親戚が代わる代わる説得に来る中、逆に、いかに農業がこれから先必要になっていくか、と力説すると親戚たちは納得して帰っていき、ついに両親も「そこまでいうのなら」と了承してくれたのだという。

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それから両親の田んぼを引き継いだ堤さんは、これまで両親が行っていた慣行農法から一転して、無農薬・無化学肥料での栽培に着手した。

当時、小学校の子どもを育てていたという堤さんは、子供たちでも安心して食べられるようなものを作りたいと、オーガニックの食材を家庭で出していたのだという。
当然、自分が作るコメも同じように無農薬・無化学肥料での栽培を目指した。

しかし、両親の代まで農薬や化学肥料を使用していた田んぼは、土が痩せ土壌生物がほとんどいないような環境で、堤さんが目指していた理想の土壌とは程遠い状態だった。
そこから理想の土づくりをするのに2年はかかったという。

金賞の栽培方法

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コメ作りで最も重要視される“土づくり”。
堤さんは、土の中の微生物をどれだけ増やせるかがおいしいお米を作るカギになっていると話す。

微生物は、有機物を分解し、植物の栄養となる無機物を作る重要な役割を担っている。
微生物がたくさんすむ土では、栄養がたくさん作られ植物はより多くの栄養を取り入れて育つことができる。しかし、化学肥料や農薬が使われた土は微生物が少ないことが多いのだという。

また、コメの植え方にも工夫があり、例えば、無農薬栽培で懸念される点の一つに“虫”という要因があるが、虫は外敵から身を守るために密集したところに集まる性質があるため、
わざと広めに隙間(すきま)を作り稲を密集させずに植えることで、虫が嫌う環境を作っているそうだ。

当然、そのような栽培方法だと他のコメ農家と比べ収量は少なくなる。集落の他の農家からは「お前のところの田んぼはなんだ? お前がついていながらなんだあの有様は」という言葉が両親のもとに届いた。このことがきっかけで、両親とはほぼ毎日、田んぼで大げんかをしていたそうだ。その末に「もう手伝わない」とさじを投げられてしまった、と堤さんは笑う。

それでも、体感として実際に食べておいしいと感じるかどうか、といったコメの品質や安心して口に運べるかといった安全性を重視したコメ作りを堤さんは実践した。

就農して3年目となる2000年に、出来たコメを「全国米・食味大会」へ出品したところ、
見事「ヒノヒカリ部門」で金賞に輝いた。

周りにどう言われようと、無農薬・無化学肥料栽培を貫いたことがおいしいと評価されるコメになったのだと実感して自信につながり、更にけんかをしていた両親からも認められたという。

その翌々年の2003年にも同部門で、約半数以上の票を得て金賞を受賞。
「米・食味鑑定士」という資格も持つ堤さんは現在、大会に審査員として関わっている。

自然と上手に付き合っていく栽培方法を20年近く続け、今はコメに加え、黒米、赤米、緑米など数種類を育てている。

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堤さんのお米でできたおにぎり

土地や土の性質によってやり方を変えていかなくてはならない、誰かと同じやり方をしても通用しない。土づくりはオリジナルでつくっていくことが大事だと堤さんは話してくれた。

作るだけではない、コメとの関わり方

現在のコメの販路としては年間契約の顧客を中心としており、菊池市の物産館などにしか市場には出していないのだという。

堤さんは現在69歳、そろそろ現役農家として体力的にも厳しく感じてはいるが現役を退いた後も、コメと関わっていきたいと考えている。今注目しているのは加工だ。

現在は米粉の生産も行っており、地元の物産館と共同で米粉のパンなどを開発している。

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また、20年前から作っていたという、玄米を焙煎(ばいせん)した“玄米コーヒー”なども商品化し始めた。ノンカフェインで、なおかつオーガニック栽培のコメを使っているので、妊娠中の方に喜ばれたりもするそうだ。

コメの消費量が落ちている昨今のコメ生産は、ただ生産するだけでなく付加価値をつけていくことや6次化していくことも重要だと考えており、今後は田んぼに出ることができなくなったとしてもコメや農業というところには携わり、自分の築いてきたものを少しでも若い世代に引き継いでいければと話してくれた。

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やれるうちに思いつく限りのことを実践していきたいと、今後のアイディアや展望について、たくさんのことを聞かせてくれた堤さん。そのバイタリティはどこからくるのか。
おいしいものを食べるうれしさや自分が作ったものを食べて喜んでくれる顔を見ることが、何よりもエネルギーになるのだという。

おいしいものを食べて幸せに過ごすことは、人生においてとても豊かなことだ。
日々の暮らしの中で、人間の生命線ともいえる“食”を作る農業は、重要で大切なことだと堤さんは深く感じているのだそうだ。

今後も菊池市の自然豊かな風景を見守りながら、コメと農業に関わり続けていきたいと話してくれた。

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