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限界集落を農で「無限大集落」に! 地域をオモシロくする方法【ゼロからはじめる独立農家#59】

西田 栄喜

ライター:

連載企画:ゼロからはじめる独立農家

限界集落を農で「無限大集落」に! 地域をオモシロくする方法【ゼロからはじめる独立農家#59】

周囲から親しみを込めて「いもっちゃん」と呼ばれる井本喜久(いもと・よしひさ)さん。広告の仕事に携わっていましたが、あることをキッカケに農に興味を持ち、オンライン農コミュニティを立ち上げました。そのテーマは「世界を農でオモシロくする」こと。そして現在、地元広島の限界集落にUターンし、地域の活性化につながる活動を展開しています。そんな井本さんの決断力、バイタリティーを学びます!

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■いもっちゃんこと井本喜久さんのプロフィール
農ライファーズ株式会社代表取締役。1974年広島県生まれ。東京農業大学を卒業するも広告業界に就職し、26歳の時に独立。2012年には飲食事業(フライドポテトとジンジャーエール)を始める。2016年、新宿駅直結のファッションビル屋上で都市と地域をつなぐマルシェを開催し、のべ10万人を動員。2017年、「世界を農でオモシロくする」をテーマにインターネット農学校「The CAMPus」を開設。2020年小規模農家の育成に特化した「コンパクト農ライフ塾」を開始。その後、出身地である広島の限界集落にUターン。使用されなくなった地元集会所廃校や耕作放棄地などを活用し飲食・宿泊・農業などの事業を展開する「田万里家(たまりや)」を開業。

農ライファーズホームページ
田万里家ホームページ
井本さんの著書「ビジネスパーソンの新・兼業農家論」

農ライファーズになるまで

西田(筆者)

私はいもっちゃんが主催する「コンパクト農ライフ塾」で講師をしていまして、その縁でいもっちゃんとのつき合いも長くなりました。でも、なぜさまざまな活動を精力的に出来ているのかと、はたから見ていてとても不思議です。そこで今回は、改めていもっちゃんの原動力に迫れればと思っています。
まずはいもっちゃんが経営する会社の社名にもなっている「農ライファーズ」とは何か教えてください。
「農ライファーズ」は私が作った造語なんですが、農的な暮らしのオモシロさを探求するためのコミュニティです。特に農作物の作り方だけを学ぶようなものではなく、自然環境の中での「暮らし」と「商い」の両輪が豊かになる持続可能な生き方を学ぶことに重点をおいています。またウェルビーイング(精神的、身体的、社会的に幸福な状態)を高め合っていくことにも注力しています。

いもっちゃん

西田(筆者)

そんな農ライファーズというコミュニティを運営するいもっちゃんですが、農に関わるようになるまでの経歴を見ると、ツッコミどころ満載ですよね。まずなぜ東京農大に入学し、そこから広告業界に入ったのですか?
高校時代、塾の先生が「世界的な人口爆発が続く中、先進国においての少子高齢化時代において日本の農業が世界を救う」と言っていて、それを真に受けて「これからは農業の時代がくる!」と東京農大に入りました。でも大学時代ははじけたように遊びまくってて農業の勉強もそっちのけ。仲間から紹介されたイベントのバイトを続けているうちに、とある広告制作会社の社長に拾ってもらってその会社に就職しました。26歳の時に同じ広告業で独立したんですが、企業に依頼されてのクライントワークがほとんどで、農とは無縁でした。だけど、自分自身でもブランドを作ってみたいという思いから、フライドポテトとジンジャエールの専門店(飲食事業)を始めたあたりから少しずつ流れが変わっていきました。

いもっちゃん

飲食事業を運営していたころのいもっちゃん。青山のファーマーズマーケットにも出店していた

西田(筆者)

まさに都会を満喫されてますね。そんな暮らしからなぜ農に興味を持ったんですか?
農を意識するようになったのは、2016年に半年間、新宿駅に直結するビルの屋上で都市と地域をつなぐマルシェ「The CAMPus」を開催したことです。クライアントから屋上のスペース活用を提案してほしいと依頼され、最初は企画だけで関わる予定でしたが、結果的に自分で運営することにしました。

このマルシェを企画したキッカケとしては、同じ頃に妻ががんになり食の大切さを感じたこと、そして親父(おやじ)のやっていた農業の衰退を目の当たりにしたことでした。親父は広島県竹原市の田万里という地区でずっとコメ作りをしていたのですが、後継者不足に危機感をおぼえて地域の人たちと協力して農事組合法人をつくりました。圃場(ほじょう)整備をして地域のコメ作りの規模を拡大して後継者が戻ってくるのを期待しました。しかし、コメ作りは衰退の一途をたどり、担い手不足は更に深刻なものになっていきました。圃場整備後しばらくして親父は病気がちになり、最後は「昔からの風景を守れなかった」と後悔していました。
全国にもそんな地域がたくさんある。親父を見ていて、そんな地域の風景を守れないかと思うようになり、地方と都市とをつなぐキッカケになればとマルシェを開催したんです。さらに、マルシェを通じて全国の生産者と出会う中で、リスペクトできる農家が多いことを実感し、マルシェを閉じる時に「1年後にオンライン農学校を開催する」と宣言しました。それから改めて全国各地のカリスマ農家と会い、指針をかためて、2017年に「世界を農でオモシロくする」をテーマに、マルシェと同じ名前のオンライン農学校「The CAMPus」を立ち上げました。

いもっちゃん

西田(筆者)

そんな経験があってのマルシェ、オンライン農学校だったんですね。そこから2018年5月に株式会社The CAMPus BASEを立ち上げ、主催するコンパクト農ライフ塾では270名以上の卒業生を輩出。講師のカリスマ農家も50名を超えているとのこと。そのエピソードも聞きたいところですが、今回はいもっちゃんが農のプレイヤーとなったところにフォーカスさせていただきます。

限界集落を農でオモシロくする

西田(筆者)

「The CAMPus」(オンライン農学校)での情報発信、また「コンパクト農ライフ塾」では塾長を務め、ファシリテーターとして活躍してきたいもっちゃんですが、実際にUターンし農業をやっているのはすごいと思います。
東京農大を出ているし、マルシェを通じて農家とのネットワークがあるといっても、農業経験はほぼゼロからのスタートでしたよね。そういった意味ではこの連載「ゼロからはじめる独立農家」にピッタリなんですが、なぜその決断をされたんですか。

いもっちゃんが主催するプログラム

全国のすごい農家と出会う中で、その暮らしぶりはうらやましいと思うものの、僕自身は東京にマンションもあるので、移住して農業を実践するのは難しい。だから、農の魅力を伝えるのが自分のできることだと思っていました。

そんな中で起こったのが2018年の西日本豪雨(平成30年7月豪雨)です。実家の田万里のある竹原市でも土砂崩れで死者が出るなど甚大な被害がありました。
当時、地元の友人から「いもっちゃん、地元ではきっと一般の人も大変だけど、農家たちも大きな被害が出てるはず。農業関係の仕事してるなら、農家の力になれることがあるんじゃないかな」とアドバイスされ、仲間たちに呼びかけて、田んぼの用水路の泥かきなどボランティアに入りました。その数、2週間でのべ140人。活動していく中で「農地貸すからやってみないか」と声をかけられ、「じゃあやるか!」となったわけです。

いもっちゃん

西田(筆者)

すごい決断ですね。やっていける確信はあったのですか。
我ながら狂ってるなと思ってました。ビジネスの世界にいて食べていけなければ何にもならないと分かってますし、その厳しさも感じている。
ただコンパクト農ライフ塾で出会ったカリスマ農家たちは今の田万里より全然田舎でも、なりわいを作り食べていけてて、一定数の消費者からの共感は得られると感じてました。

いもっちゃん

西田(筆者)

実際の問題としては資金調達をいかにするかだと思うのですが、そのあたりはどうされましたか。
覚悟を決めて、東京のマンションを売却しました。あと、共感してくれた仲間から資金援助を受けたり。また山村活性化交付金など助成金の情報をもらえたのも大きかったかな。そしてクラウドファンディングにも挑戦しました。
まあ資金調達はホント大変です。

いもっちゃん

限界集落は無限大集落

西田(筆者)

まだまだ苦労は多いかと思いますが、現在運営している「田万里家」のコンセプトを教えていただけますか。
「田万里家」は、“屋”ではなく“家”にしたところに思いがこもってます。訪れた誰もが「どこか懐かしい」「どこか癒やされる」場所、皆さんにとっての「田舎の家族」でありたいと思っているからです。

いもっちゃん

西田(筆者)

そんな「田万里家」では、限界集落にもかかわらず看板メニューの米粉ドーナツは行列ができるほどの盛況ぶりだそうですね。どこからこの発想が生まれたんですか。
正直、スタートは何となくです。西日本豪雨の復興のために、翌年のゴールデンウィークに菜の花が咲き乱れてたら人寄せになるのではないかと企画したんです。じゃあその菜種で油を搾って、せっかくなら自家製の米粉を使って揚げパンなんか作ったらいいよねと。

いもっちゃん

西田(筆者)

いや~、菜種から菜種油を搾る大変さを知ってる農家ならその発想には至りませんね。
そうなんですよ。実際菜種で油を搾るのは大変で、量も全然とれない。米も米粉にするのは設備も必要。でも発想自体はいい線いってると直感的に思って、社員と一緒にあーでもないこーでもないと試作を繰り返しながら話してたらドーナツに進化しました。
今は油や米粉は自家製ではないけど、国産にこだわって作ってます。途中であきらめてたら出来なかったですね。

いもっちゃん

西田(筆者)

そして人気商品になったと。いもっちゃんとしてはその要因はどこにあると思いますか?

田万里家の人気商品「米粉ドーナツ」

味や食感はもちろんこだわりましたが、素材の良さやグルテンフリーなど時代にマッチしたところがあると思います。あと限界集落の中にポツンとあるので目立つのかなと。

いもっちゃん

西田(筆者)

米粉ドーナツのほか、豆乳マヨネーズなども社員に自由に開発させてるように感じます。そこがいもっちゃんのすごいところだと思うのですが。
開発品はもちろん売れるかどうか、コスト意識は大切です。でも、資金調達は私がしてくるので、社員には「自身のセンスを信じていいものを作ってほしい」と伝えています。田万里家の最終目的は宿泊や農業体験などまだまだ先があって、今はその過程なのでどんどんやってくれという気持ちがあります。

いもっちゃん

西田(筆者)

なるほど、米粉ドーナツなど商品が売れることがゴールではなく、その先のビジョンがあるからこそ社員にまかせられると。

今後の展開を教えていただけますか。
これからは宿泊の施設に、農ライフのオモシロさをもっと実感できるネタも充実させていき「限界集落」は「無限大集落」なんだとその可能性を示していきたいと思っています。

こういう取り組みを通じて、全国の地域で「農」から新しい産業を創り出す動きが活発化してくれればと考えています。そのためにも、やっぱり何より「出口の設計」こそ大事なんだ、ということをもっと多くの人たちに伝えていきたいですね。

いもっちゃん

西田(筆者)

出口の設計は地域活性にとって最も大切かもしれませんね。地域が疲弊していると、つい目先の利益に目が向いてしまいますしね。いもっちゃんの成功の要因はその思いの高さなのでしょうね。

次回はいもっちゃんにそんな可能性を実感させてくれたカリスマ農家の事例についてうかがいたいと思います。今日はありがとうございました。

画像提供:農ライファーズ株式会社

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