「正しく知り、適正に使う」ことで農薬は大きな効果を発揮する 全国を奔走し、講演を行う講師陣
「農薬の責任問題は、連鎖します。使い方を誤って残留基準を超過すると、自身の作物だけでなく、地域や県全体の農作物にまで風評被害が広まってしまいます」
2023年8月、栃木県真岡市の芳賀農業振興事務所。
講習を行う森島靖雄(もりしまやすお)さんが、力強く、何度も訴えたのが「農薬の適正使用」です。
「農薬を正しく使えば農作業は楽になり、収量の安定化が見込めます。農薬は持続可能な農業を実現するためにとって、無くてはならないもの。だからこそ適正使用を遵守することが大切です」
森島さんは、『クロップライフジャパン(旧JCPA農薬工業会)』が委託し、公益社団法人『緑の安全推進協会』(以下、緑安協)が主催する農薬適正使用に関するセミナーの委嘱講師として、全国で農薬に関する講習を行っています。
講習回数はすでに50回を超える、講師歴6年のベテランです。
森島さんが委嘱講師に登録したのは、2017年。勤めていた農薬メーカーを定年退職し、業務委託契約を結んだことで、少し時間の余裕ができたタイミングでした。
農薬メーカーで22年にわたって主に除草剤の開発業務に従事し、研究開発本部長も務めた森島さん。大学時代を含め、人生のほとんど、40年以上を研究開発に携わってきたことになります。
「長く研究開発の現場に身を置き、より良い農薬を追求していると『農薬が安全であることは当たり前』と思ってしまいます。実際、農薬の安全性は年々、比べ物にならないほど向上しています」と話す森島さん。
しかし、農薬の事故は、現在もなくなっていません。
「メーカーの営業担当に農家さんの状況について尋ねると、“農薬はベテランの先輩から教えられた方法で使用する”、“量や使用時期を勘で決める”といったケースがあると指摘されました。その現状を知り、『農薬の適正な使用方法を広めなければ』と危機感を持っていました。それが、私が講師を始めた最大の理由です」
長年にわたって開発に関わり、現在の農薬の安全性をよく知っている自分だからこそ、知識と経験を活かして「農薬の適正使用」について広められるはず。
森島さんは、そんな思いで講師としてのキャリアをスタートしました。
試行錯誤しながら作られた講習会 スキルアップを怠らず、今年度も高い満足度をキープ
全国に派遣される「委嘱講師」には、現在52名の登録があります。
全員がクロップライフジャパンに所属する農薬業界の関係者で、農薬メーカーの営業マンや研究者など、経験豊富な農薬のプロフェッショナルたちです。
この講師派遣事業は、農薬に関する正しい理解、効率的かつ安全な使用技術などの普及を図ることを目的としており、オファーがあれば全国どこへでも、原則無料で講習を実施します。
冒頭で紹介した芳賀農業振興事務所でのセミナーのように、若手農家や新規就農者向けの研修はその代表的なもの。その他、農薬管理指導士の更新研修や直売所の販売者向けの講習も行っています。講演実施の年間目標は180件と掲げていますが、今年度はそれを大きく上回り、200件を超える予想です。
「今年度は農産物の直売所や道の駅での講習に力を入れようと、全国の施設へ講師派遣を紹介するメールを送りました。複数の施設から反応があり、講師を派遣して農薬の適正使用方法や正しいマスクの着け方についての講演を行いました。今後も開催数は増える予定です」と森島さん。
どこで誰を対象に実施することになっても、またどの講師が登壇しても、同じように大切な情報が正しくしっかりと伝えられるよう、講演で使われる資料は、基本的に全講師が同じものを利用しています。
「常に講師陣で相談し、わかりやすく伝わりやすいスライドの資料を作るように努力しています。それをベースとして、絶対に伝えなければならない情報は守りつつ、各講師が講演しやすいよう編集したり、講習対象に合わせて要素を追加したりとアレンジをしています」と話す森島さん。
実際に芳賀農業振興事務所で行われた森島さんの講習では、県内で起きた実例や産地の特産品について言及するなど、より身近に感じてもらえるような工夫がちりばめられていました。
講師派遣を依頼した芳賀農業振興事務所の経営普及部経営指導担当・堀米舞祐香さんは、「身近なエピソードがあって分かりやすく、生産者の皆さんは熱心に聞いていました。農薬について間違ったことは伝えられないので、プロにお任せできる安心感は大きいです」と話します。
また講師派遣事業では、講演の質の向上のため、年に3回、講演手法のスキルアップを目指す勉強会を行っているほか、新人の講師がベテラン講師の講演に参加するなど、様々な取り組みを行っています。
森島さんによると、講演回数のほかにも満足度も目標数値として掲げているということで、「参加者と主催者に毎回必ずアンケートをお願いしています。そのアンケートで、満足度を60%以上、不満度を1%未満にしようと努めています」と話します。
各講師の豊富な知識と経験に加えて、講演の質向上への取り組みが功を奏し、昨年度は目標を達成できているそうです。
「農薬は一般の方でも買えて、使うことができます。だからこそ分かりやすく、的確に、正しい使い方を伝えなければなりません。そのために講師が一丸となって質の向上を目指しています。それは農薬を作っている私たちの使命でもあると考えています」
農薬は、持続可能な農業を実現し、食料供給を支えるカギ。その礎となる取り組みが講師派遣事業
「しっかりとスライドを見て、頷きながら話を聞いてくれる方に出会えると、『伝わった。農薬への意識が変わるかな』と嬉しくなります。そういう人が一人でも増えるよう、常に試行錯誤しています」
講習の後に農家から直接質問や相談を受けることが多々ある森島さん。研究室にいる時には分からなかった、生産現場で起きている悩みや適正使用の難しさが分かるようになり、面白さを実感しています。
そして、「彼ら農家のなりわいを守りたい」という思いが強くなったといいます。
「2050年には世界の人口が97億人まで増加すると予測されています。それだけの人々が生きていくためには、いまより効率的で持続可能な農業の実現が必須です。そのカギの一つは、やはり農薬です。除草や病害虫防除、労力削減の側面から、収量増加そして収入の増加に貢献できるからです」
農薬は塩と同じ、と森島さんは話します。人間が生きるために必要不可欠な塩。しかし、摂りすぎは体に害を及ぼしてしまう。
「大切なのは、適正な量と正しい使い方を知ること。農薬も同じです」
なぜここまで、農業への熱い思いがあるのか。
自身の原体験ついて、森島さんはこう振り返りました。
「戦前に生まれた私の母は、岐阜県の農村で育ちました。農作業は身近なもので、嫌いではなかったそうです。しかし唯一嫌だった作業が “田んぼの草取り”だと話していました」と、農薬が普及する前の母の体験を紹介します。
「当時は、田んぼの草取りは何度も必要で、雑草が生えてくるたびに、かがんだままで泥の中に草を埋め込む作業を繰り返していたそうです。稲が小さい頃はまだしも、目の高さに生長するころには、葉が腕や顔、目にまで触れ、腰が痛くなりながらも地面に這いつくばる、つらい作業です。母はそれが嫌で嫌で仕方なかったそうです」
このような除草を含め、農作業の様々な苦労を減らすことに貢献したのが農薬です。
「いま、農村から腰の曲がった高齢者が減っています。母のようにつらい思いをせずに済むのなら、それがいいですよね」
農業を変え、農家を支える。
そのための農薬を正しく使う方法と共に、より多くの人にこれからも伝えたい、と森島さんは話していました。
クロップライフジャパンの講師派遣事業は、全国で実施しています。
農薬と正しく付き合い、農業をより発展させ効率化するために、活用してみてはいかがでしょうか。
森島さんのように熱い思いを持ったプロフェッショナルが、あなたの町に駆けつけます。
【取材協力】
栃木県芳賀農業振興事務所
【お問い合わせ先】
クロップライフジャパン
東京都中央区日本橋茅場町2丁目3-6 茅場町偕成ビル
公益社団法人 緑の安全推進協会
東京都千代田区内神田二丁目12-1