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クラブ経営から自給自足型農業で成功【ゼロからはじめる独立農家#62】

西田 栄喜

ライター:

連載企画:ゼロからはじめる独立農家

クラブ経営から自給自足型農業で成功【ゼロからはじめる独立農家#62】

循環型の農業をしながら、できる限りDIYで必要な物を手作りするような、持続可能なライフスタイル。そんな「農的暮らし」に憧れる人たちの夢を実現しているのが、MUDO(ムドー)こと菅原伸悟(すがわら・しんご)さん。経営している菜音(ザイオン)ファームのカフェやキャンプ場は、淡路島の人気のスポットになっています。しかしMUDOさんの前職は、渋谷や六本木のミュージックシーンで人気だったクラブの経営者。なぜ都会の暮らしを捨て、農業を志したのでしょうか。そのキャリア変更の原動力、そして成功の秘訣(ひけつ)を聞きました。

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■MUDOさんこと菅原伸悟さんのプロフィール
1979年生まれ 4児の父。1997年より六本木・渋谷にてクラブを経営、2007年株式会社mojito(モヒート)を立ち上げ、音楽レーベルやアーティスト、文化人などのマネージメントを開始。2008年、菜音プロジェクトを立ち上げ、長野にてコメと大豆を栽培し3年間東京との2拠点生活を送る。
2011年、震災を機に家族や仲間と淡路島に移住。農ライフコミュニティ菜音ファームを運営。野菜、加工品の販売、また畑の隣にキャンプ場、カフェを併設。
2022年には、一般社団法人淡路島BIO協会を設立。「淡路島をオーガニックアイランドに」をスローガンにオーガニックマルシェを開催。
お金がなくても農家を始めて、生きていく「お金をかけない農法」の提唱者であり、実践者。

菜音ファームHP

菜音ファームインスタグラム

六本木から淡路島へ

西田(筆者)

以前からMUDOさんに話をうかがいたいと思っていたのですが、今回叶えることができました。

それにしても経歴の振れ幅がすごいですね。まずは2008年にCLUB経営しながら長野でコメと大豆を育てはじめたというのが気になるのですが、何かキッカケがあったのでしょうか。
子どもに気付きをもらったというか。当時3歳の長男はまったく野菜を食べなかったんですね。でもある日、私の母が長男を友人のところにホウレンソウの収穫に連れていったところ、その夜おいしそうにホウレン草をパクパク食べるということがあって。

その頃、俺はというと毎日がパーティーざんまい。3食テキーラとファストフードも当たり前なんて生活をしていたのですが、息子のその変わり様に「畑の力すげえ」と衝撃をうけました。これはビルの地下で踊ってる場合じゃない、踊るなら畑だと。

それが2008年のことで、菜音プロジェクトってのを立ち上げました。菜音と書いて聖地を意味するザイオン(ZION)と読みます。そこから農地を探し始めたのですが、東京近郊ではなかなか見つかりませんでした。そんな時に長野の友人が2反(20アール)、世話つきで貸してくれることになって、そこでコメと大豆を栽培することにしてちょくちょく通うようになりました。

MUDOさん

MUDOさん

栽培の喜びを全身で感じるMUDOさん

西田(筆者)

息子さんがキッカケだったんですね。実際やってみてどうでしたか?
初年度は感動と発見の連続でしたね。長野の圃場に1500人ぐらい呼んでイベントしたりしました。ただ3年目になると普段世話してもらってるのが申し訳なくなって。「これっておいしいとこしかやってねーじゃん」と。

そんな時に千葉県の館山に2万坪(6.6ヘクタール)の農地の物件があったので購入して自分たちの手でやろうと決意。でもその契約書にサインする2週間前に起こったのが東日本大震災でした。あの時は千葉でもコンビナートが燃えたりして混乱もあり、農地取得の件は白紙に戻すことになりました。

MUDOさん

西田(筆者)

そんなタイミングであの震災があったんですね。その後、どうされたのですか。
震災の翌日、12日の夜には妻と子供4人とで関西へ向かいました。4人目が生まれたばかりで、まずは家族の安全を第一に考えました。

MUDOさん

西田(筆者)

その決断と行動力がすごいですね。
直感的行動でしたが、それまでも直感的に生きてきたので(笑)。

あの時はコンビニも食料品が空になり、ガソリンも一人5リットルまでの制限があったりとやっぱり金に頼る暮らしは怖いと。「それなら自分たちでコメをつくるしかねえ!」と農的暮らしを改めて意識しました。

MUDOさん

西田(筆者)

価値観が大きく変わったんですね。それでは実際どうやって淡路島に移住して、なりわいを立てたのか聞いていきたいと思います。

資金なしゼロからスタート

西田(筆者)

淡路島にはもともと縁があったのでしょうか。
淡路島とはまったく縁はありませんでした。避難先の大阪で「淡路島で夢叶えませんか」というのをインターネットで見つけて、じゃあ「夢叶えちゃおうか」と、これまた直感で。

MUDOさん

西田(筆者)

いきなりの移住で、資金面は大丈夫だったんですか?
実は、大阪にいた4カ月間は無収入だったんです。また東京の家や事務所の賃料を払い続けながら残務整理をしてたので淡路島に行った時にはほとんど一文無しでした。

MUDOさん

西田(筆者)

資金がなかったとは意外です。そんな縁もゆかりもないところでどうやって農地を借りられたのでしょうか。
当時32歳。家族もいるし稼がなきゃならない。ということで朝4時から道の駅の産直生産物の検品係をしたり、淡路島はチリメン漁が盛んなのでその漁の手伝いをしたり。また林業のバイトもしました。

産直の検品係してると一気に40以上の農家さんと顔見知りになれるので、「農地貸してくれる人いませんか?」と聞きまくってたら、ある夫婦が5畝(5アール)貸してくれることになりました。

MUDOさん

西田(筆者)

さすがのコミュニケーション能力ですね。まずは5畝からのスタートだったんですね。
その農地に行ったら隣接しているところに、2反ほどの「林か?」と思うくらい荒れた耕作放棄地があって、地主に「これ、きれいにしたらタダで使っていいですか?」と聞いたら「いいよ!」と言ってもらえて。

それから早朝は産直の検品、その後別のバイトに行き、空いた時間で仲間(当初一緒に4家族で移住)と一緒に開墾。農地として使えるまでに4年半かかりました。

MUDOさん

西田(筆者)

よく諦めずにやりましたね。
復活した圃場をみて、地域の人が「35年ぶりの風景がかえってきた」と喜んでくれて、それから「うちのところも使ってくれんか」とどんどん農地が寄ってきて、1町(1ヘクタール)ちょい超えて。あと「使ってないトラクターやる」と言われたり、そのほか農機具や資材も申し訳ないくらいもらえました。

MUDOさん

菜音ファーム

淡路島の菜音ファームキャンプ場

西田(筆者)

地域の人たちは見てないようで見てますよね。
めっちゃ見てますね。あの4年半は大変だったけど楽しかった。そのおかげでDIYや真の意味での生活力を鍛えられました。

MUDOさん

西田(筆者)

資金も縁もないところで農地や地域の人たちの信頼を得たのはすごいところですが、見方を変えるとようやくスタートラインに立てたともいえますね。続けてそこから今の状態になるまでの話を聞きたいと思います。

淡路島の人気スポットに

西田(筆者)

現在、菜音ファームではオニオンスープ、焼肉のタレやTシャツなど、いろいろなものを販売し、またキャンプ場やカフェを併設したりと農の魅力をさまざまな方法で発信しています。最初からそのスタンスだったんですか。
菜音ファーム商品

菜音ファームでの販売品

農産物を販売するというより農ライフを提供していきたいという思いはありました。それでも最初は野菜を道の駅に出したり、野菜セットで販売していました。ただそうなるとやはり他との競争になってしまいます。

菜音ファームは今年で12年になるんですが、8年目までは「淡路とれたて野菜セット」みたいな形で宅配の販売をしていたんです。でも10周年を機にそうした販売をやめ、すべて契約販売にしました。

例えば、東京のある企業と1反5畝(15アール)の農地を年間栽培契約をして、田植えと稲刈りの時期にはそれぞれ30人ほどそこの社員が来て体験してもらう、みたいな。

あとは家族単位でも畑の区画を貸して、収穫に来てもらったり、できた野菜を送ったりしています。また「この圃場はカフェで使う野菜やコメを育てる」など、農地単位で農産物の行き場所を決めていますね。

MUDOさん

西田(筆者)

私も農作業体験など「知恵の販売」も大切だと思っていますが、改めてMUDOさんの取り組みからは刺激を受けます。

そんな新たな農業のあり方ですが、これはMUDOさんだからこそできたのでしょうか。それとも、ある程度メソッド化できるものなのでしょうか。というのも、お話をうかがう中でMUDOさんの「農的暮らしを広げたい」という気持ちを感じたからなのですが。
時代の変化も激しいですし、同じことをやってもうまくいくとは限りません。やり方はいろいろある。若い人たちにそのいろいろある選択肢の一つを示していきたいと思っています。農業というと、最近では暗いニュースばかりだと感じますが、そんな中で明るいニュース、成功例を出すことで選択肢の幅が広がりますよね。

農業はもっと自由にしていいんだと。それもあって、資金をあまり使わずDIYでできる方法を実践しています。どんなにいいシステムでも、例えば3000万円かかるとか言われたら、若い子がまねできないじゃないですか。

MUDOさん

西田(筆者)

お金をかけずに他のやり方、可能性を示すというのは深く同意します。やり方そのままではなく、いい意味での「常識外し」も大切ですよね。農作業ってお金を払ってやってもらうというのが昔の常識でしたが、今はお金を払って体験をする人も増えていて、昔とは常識が変わってきていますし。
そうですね。そういうこともあって、菜音ファームでは農作業以外の体験もやってもらおうと思っているんです。今度、アースバックサウナ(※)のクラウドファンディングをやるんですが、このサウナづくりをクラファンに賛同してくれた人と一緒にやるんですよ!

※ 土のう袋を積み上げる工法で建てるサウナ施設。耐熱耐久性にも優れ、一度サウナストーブに火を入れたら熱が逃げない特徴がある。

MUDOさん

西田(筆者)

それもまた楽しそうですね。金銭的に支援した人が苦労して手作りに参加するわけですね。MUDOさんはそんなワクワク感を提供するのが好きなんでしょうね。
夜の生活が昼の生活になり、「MUDOは大きく変わった」と見られがちだけど、CLUBの時から自分のスタンスは変わってなくて、ビルの地下が田畑になったぐらいの感じです。

来た人みんながハッピーになる。そんな場を醸していきたいのは昔から変わっていないし、これからも変わらないと思います。

MUDOさん

西田(筆者)

はたからは変わったように見えるけどやりたいことの軸は変っていない。その軸が大切だと改めて思いました。

この連載も、これまでの農業の固定概念を外していきたいという思いが根底にありますので、農業の可能性はまだまだあると勇気をいただきました。ありがとうございました。

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