新規就農で無農薬野菜、ライフイベントも同時進行
千葉県松戸市で直販農家「organicfarm綾善(オーガニックファームあやぜん)」を営む花島綾乃さん(30)は現在、子育ての真っただ中。夫の隼(しゅん)さん(39)と二人三脚で、3児を育てながら、少量多品目野菜の生産、販売、配達、配送をこなしています。
理学療法の学校に通っていた2017年。農業を始めたきっかけは、子どもがいる友人たちが「無農薬野菜を食べさせたい」と話すのを聞いたこと。買いたくても売っている店は少なく、簡単には買えないことを知り、亡き父が残してくれた小さな畑で、母と弟、当時は婚約者だった隼さんとの4人で、「お金じゃ買えない農家」をコンセプトに綾善を立ち上げました。
元々、実家が農業をしてきたとはいえ、綾乃さん自身に農業経験はありませんでした。そのため、近所の先輩農家に聞いて教わったほか、ネットの情報も活用しながら、無農薬野菜の栽培に取り組んできました。その後、「農業が軌道に乗ってから」と決めていた結婚を就農半年後に実現。2018年10月には長男を出産しました。20年1月に長女、22年11月には次男が誕生。未就学児3人の育児に奔走しながら、年間60から100種類の野菜を少量多品目栽培しています。
「おいしくてかわいいカラフル野菜をコンセプトに、珍しい品種を選んでいます。私たちのような小規模農家はそこで勝負です。自分も楽しいし、インスタでも反響があるんですよ」と話す綾乃さん。新しい品種にもチャレンジしますが、実際に食べておいしさを確認したものに限ります。収穫した野菜は全て直販。SNSを駆使した情報発信と丁寧なコミュニケーションで顧客を増やしてきました。定期便(毎週、隔週、毎月コース)の契約数はおよそ90件にのぼります。
伸びる需要に生産が追いつかないのが悩み
お客様とのコミュニケーションを大切にする綾乃さん。全国配送する野菜の定期便には直筆の手紙を入れて感謝の気持ちを伝えてきました。畑から半径10キロメートル圏内は、自身で個人宅へ直接配達します。無農薬だからというだけでなく、近所の配達農家という点に魅力を感じて注文しているお客様も多くいるそうです。
コロナ禍は巣ごもり需要で定期便の契約数が増えました。季節の無農薬野菜のセットは、松戸市のふるさと納税返礼品としても人気です。地元百貨店の自然食品売り場にも納入しています。最近では松戸市内のレストランからの注文も多く、シェフの要望に応じた野菜を契約栽培するようになりました。
所有農地の20アールほどでは手狭になり、松戸市に相談して自宅近くの20アールを借りて葉物や果菜類を栽培。さらに、少し離れた東松戸にも60アールを借りて、こちらではカボチャ、スイカ、ヤーコンなどを栽培しています。
「ありがたいことにたくさん声をかけてもらいますが、私たちの生産力が伴わないことが悩みです」とつぶやく綾乃さん。子どもは、0歳、3歳、4歳。幼児期はできるだけ一緒に過ごすと決め、夫が主に生産と配送を担当し、自身は毎日の配達をやりきることに。子どもが熱を出しては保育園から呼び出しがかかりますが、配達は待ったなし。2023年は記録的な猛暑で、子どもを見ながらできる仕事は限られ、生産も思うように進みません。
「今はとにかく時間が足りません」と綾乃さん。インスタの更新が2週間以上途絶えることもしばしば。手紙を書くこともままならず、配送のダンボール箱に「ありがとう」と一筆。最近はそれすらできていないことがつらいと言います。
「定期購入のお客様には通年契約だと思っていただいて、野菜が採れたときにたくさん入れます」と綾乃さん。誠実に築いてきたお客様とのいい関係が、就農して以来最大のピンチを乗り越える原動力です。
フードロスはしたくない、定期便で思いをかなえる
農業をする環境も変わりました。母と弟はそれぞれ別の仕事に就き、師匠と慕っていた近隣の農家も息子と同居するために引っ越して行きました。
自宅の敷地に設けた直売所も、2022年秋から長期休業中です。育児のためだけではありません。フードロスの課題があるからです。
「朝採れは直売所の大きな魅力ですが、翌日にはまだ新鮮なのに商品価値が大きく下がってしまいます」と綾乃さん。そこで柔軟に対応できるのが定期販売です。値下げではなくサービスすることが信条。「前日に収穫したものですが新鮮です」と一言添えると、お客様に必ず喜んでもらえます。
無農薬栽培は適期より早く作り、虫が出る前に収穫することが防除の一助になります。綾乃さんの言葉を借りると「先取りトレンド」。それでも虫食いはありますが、捨てることはありません。
「オーガニックや無農薬を理解しているお客様が多いことに救われています。配達の際によかったら食べてくださいとお伝えすると、これが無農薬の証しだよ、これがよくて頼んでいる、と言ってくださいます」と綾乃さん。野菜を大切にする思いもお客様に届いています。
お金じゃ買えない農家、転換期もブレない軸
「子育てと農業どちらもは欲張れませんね」と綾乃さん。幼少期の育児は今しかできないと、夫の理解を得て保育園に子どもたちを早迎えすることもあります。子どもが生まれてわかったこともたくさんあります。例えば、地域との関わり、保育所や幼稚園のあり方、習いごとなど。自身のやりたいことも見えてきたと言います。
一つは、マルシェやワークショップを通じて子どもの食育に関わっていくこと。手応えを感じているのが「野菜スタンプ」です。すでに給食会社の子ども向け食育セミナーなどで、その活動に取り組んでいます。綾乃さんらしいのは、珍しい野菜を使うこと。「おいしいのに子どもたちが食べたことのない野菜が減るといいな」と話します。
もう一つは、地域と関わっていくこと。地元の祭りやイベントに出店し、中学生や高校生と一緒に活動することも。松戸市内の子ども食堂への野菜の提供もしています。
「子どもに限らずチャンスがあればいろんな人に私たちの野菜を手に取ってほしい」と綾乃さん。就農時に掲げた「お金じゃ買えない農家」は、すでにかなえていると言います。
稼ぎたい気持ちもありますが、価格設定は今のまま。値上げを考えたことはありません。稼ぐなら喜んでくれるお客様を増やすのが綾乃さんの考え。夫の隼さんも全面協力。大転換期を迎えても、その軸は決してブレることはありません。