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ゼロから高級トラクターを駆る生産者へ。新規就農後の失敗を教訓に身につけた経営哲学

連載企画:若者の農業回帰

ゼロから高級トラクターを駆る生産者へ。新規就農後の失敗を教訓に身につけた経営哲学

新規就農から8年目で売り上げ1億2000万円を達成。ハサミ1本を買うところからスタートした非農家出身の男性は今や、貯蔵設備のある農業倉庫を構え、ランボルギーニのトラクターを駆る農業者になりました。事業拡大の背景にあるのは、教わる力と失敗から学んだ歩留まり計算。地域農業をけん引する所沢ゼロファーム、代表の佐藤勇介(さとう・ゆうすけ)さんにその経営哲学を聞きました。

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教師を目指していた大学6年生、農業に覚醒

「所沢の農業をひっくり返す」を理念に、市内出身の若者が所沢のトップを目指して立ち上げた所沢ゼロファーム。創設8年目の現在、20ヘクタールの農地でネギ、ニンジン、サツマイモ、エダマメの4品目をメインに生産しています。

ランボルギーニノトラクターと佐藤さん

所沢ゼロファーム代表の佐藤勇介さん。愛車のランボルギーニ・スパークVRT120は地域の農業祭りにも参上

代表の佐藤さんが大学時代に目指していたのは社会科の教師。「世界を見てきた先生の授業が面白かったから」と、バックパッカーで途上国をめぐり、4年制大学を6年かけて卒業しました。

もう一つ、大学時代に経験したのが農業でした。中学の同級生の実家で仲間と一緒に畑仕事を手伝い、「青空の下で働くのがすがすがしくて農業っていいなと思った」と話す佐藤さん。非農家から農家になる方法を調べると、研修が必要とわかり、先に大学を卒業していた仲間は地域の農家での2年間の研修へ、佐藤さんは卒業後に農業大学校へ1年間通った後に合流。その後、埼玉県の「明日の農業担い手育成塾」に2年間通う公的なルートで晴れて農家の仲間入りを果たし、70アールの土地を借りて仲間と2人で所沢ゼロファームを立ち上げました。

設メンバーの科野さんと佐藤さん

創設メンバーの科野翔一(しなの・しょういち)さん(左)と共に

就農当初に手掛けたのは、20種類ほどの露地野菜を手掛ける多品目栽培。自らテレアポして開拓したスーパーなどに販売しました。しかし、「初年度の売り上げは500万円で絶望的でした」と佐藤さん。販売手数料や経費を差し引くと、ほとんど手元に残りません。「今なら新規就農者に多品目は絶対やるなとアドバイスします」と笑って話します。

1袋98円のラディッシュで起死回生。「考えて作る」きっかけに

危機的な状態からの脱却を目指して、2年目は売り上げ目標を1000万円に設定。「そのためには1日3万円の売り上げが必要だから100円のものを300袋作ろう」と、佐藤さんたちが始めたのがラディッシュでした。葉を落として6〜7玉を袋詰めし、1袋98円で出荷したら大バズり。スーパーで飛ぶように売れました。

「農業は高付加価値もありだけど、量産しないと話になりません。ラディッシュで初めてパートさんを雇い、初めて1000万円を超えて、改めて考えて作ることが大事だと思いました。前年度と500万円の差ですが、それ以上に価値がある考え方の転換ができた」と佐藤さん。この経験が、生産と出荷の「歩留まり」に重きを置いて、集中と選択をするきっかけになったと言います。

ニンジンの出荷調整

ニンジンは歩留まり率を計算して選択した品目の一つ

就農4年目までは引き続き20品目の多品目栽培をしていましたが、それは自分たちの経営に合う品目を精査するためのテストのような位置づけ。例えば、ブロッコリーでは、生産担当2人が2時間かけて収穫する時間より、パート2人が出荷調整する時間のほうが短いため非効率。また、出荷用コンテナにブロッコリーは15個しか入らず、150円で売って2250円。一方でエダマメは1袋200円が50袋入って1万円。配送コストまで考えるようになると、経営が回り出しました。

こうして選択をしていった結果が現在の4品目。いずれも生産と出荷の効率がよく、機械化されている売れ筋の王道野菜です。

収穫したブロッコリー

事例に挙げたブロッコリーは、生産担当が4人に増えた今シーズンから生産再開

ネギ1反の土づくりで伸び悩みにテコ入れ

ラディッシュの成功体験から、現在まで売り上げは右肩上がり。しかし、その道中は順調なことばかりではなかったと言います。つまずいたのは、平成から令和に移るとき。規模拡大を追い求めた結果、歩留まりが悪くなったことが原因でした。

「大きい面積をやっているとかっこよく見えるし、世間体もいいので、来るものは拒まずで畑をたくさん借りましたが、生産はずっと2人。栽培に手が回らなくなってネギの秀品率がものすごく下がりました」と佐藤さん。そのころ、利益率は低迷し、売り上げも4000万円で足踏みしていたといいます。

サツマイモのキュアリング貯蔵庫を案内する佐藤さん

設備投資したサツマイモのキュアリング貯蔵庫を活用

転機となったのが、茨城県で無農薬栽培を手掛ける潮田農園から受けた土づくりの指導。教えに沿ってネギ1反(10アール)を作ると、農園史上最高のできばえに。1袋300グラムのネギを出荷する場合、SとMの5本入りよりも2Lの2本入りのほうが作業効率がよく、秀品率が高ければ、袋数が多くできて、人件費が下がることがわかりました。

ネギの出荷調整

ネギ調整機は、パート従業員の自由出社に合わせて1人で作業できるものを導入

「経営ってこういうことなんだと思いました」と佐藤さん。「それまでは、パートさんの袋詰めをどうやって早くするかを考えてましたが、作物を生産する側が出荷調整作業に合わせる必要があると気づいたんです」と言葉を続けます。経営は人ありき。人を増やし、設備投資をし、売り先を増やして、そこに生産を合わせる。この繰り返しで経営が加速度的に回り出しました。

現在では、経営面積20ヘクタール、生産4人、出荷調整に約20人を擁し、売り上げ1億2000万円超え。売り上げ2億円を目指して猛進中です。

袋詰めしたネギ

ネギ不足が叫ばれた今シーズンも秀品を安定的に供給

モットーは「TTP(徹底的にパクる)」、売り上げ2億円を目指すその先

佐藤さんの身上はフットワークの軽さ。勉強会や研修会があれば進んで参加し、うまくいっている生産者がいれば会いに行きます。

「元バックパッカーなのでどこへでも。それができるのも、1人ではなくみんなで農業をやっているから。1時間ネギをとるよりも1時間人と会うほうが、利益は大きいと思います」と佐藤さん。モットーは「TTP」。徹底的にパクるの頭文字です。その例が、約20人いるパート従業員の自由出勤です。長野県の農業法人、株式会社アグレスを訪れて着想を得ました。出勤状況に合わせて収量を決めるため、とり急がないネギは相性がよいのだそう。

収穫したサツマイモ

サツマイモは、地域の新規就農者からの買い取りも含めて、紅あずま、紅はるか、金時を周年出荷

来年は自園の生産部門に正社員2人を迎える予定もあり、週休2日制を導入する予定。ゆくゆくは法人化して一般企業と同じ視座で雇用の話ができるようになることが当面のテーマとのこと。

「スマート農業も始めたんですよ」と佐藤さん。県主催のスマート農業講座への参加をきっかけに、生産現場のデータ活用に着手。専任エンジニアが仲間に加わりました。この先2年で、佐藤さんの頭の中の計算式が可視化される予定です。

佐藤さんとスマート農業専任者の山脇さん

工業博士で専任者の山脇栄道(やまわき・しげみち)さん(右)は「スマート農業をゼロから立ち上げることに魅力を感じた」と参画の動機を話す

「(当面の目標である)売り上げ2億の先はまだわからないけど、僕らが楽しんで、若い人たちに農業も悪くないと思ってもらえればいいな」と佐藤さん。その背中を追って、農業を目指す若者が増えるのではないでしょうか。

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