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品種改良、AIによる生産管理……創業117年の農業カンパニーが見据える未来の農業

品種改良、AIによる生産管理……創業117年の農業カンパニーが見据える未来の農業

農家が収益を上げるためには、生産性を高め付加価値を生み出すことが必要とされる。では、具体的にはどのような取り組みを行っていけばいいのだろうか。博士号を持ち農家でもある株式会社浅井農園の浅井雄一郎(あさい・ゆういちろう)さんと、マイナビ農業の横山拓哉(よこやま・たくや)が対談した。

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■浅井雄一郎さんプロフィール

株式会社浅井農園 代表取締役
1980年三重県津市生まれ。大学卒業後、経営コンサルティング会社等を経て、家業(花木 生産)を継承し、第二創業として2008年よりミニトマトの生産を開始。農業法人経営のかたわら、三重大学大学院でトマトのゲノム育種研究等に取り組み、2016年に博士号を取得。「常に現場を科学する、研究開発型の農業カンパニー」を目指すことを掲げている。

■横山拓哉プロフィール

株式会社マイナビ 地域活性CSV事業部 事業部長
北海道出身。国内外大手300社以上への採用支援、地域創生事業部門などで企画・サービスの立ち上げを経験。2023年4月より同事業部長就任。「農家をもっと豊かに」をテーマに、全国の農家の声に耳を傾け、奔走中。

創業101年目で経営方針を一新

横山:今日は浅井農園・浅井さんにお越しいただきました。

浅井:株式会社浅井農園の浅井と申します。僕は農家の5代目で、2008年にサラリーマンを辞め、東京から三重に戻りました。父の代までは花木の生産をしていましたが、第二創業として2008年からミニトマトの生産を開始。その後キウイなどの栽培も始めました。2015年から「常に現場を科学する、研究開発型の農業カンパニー」を目指すというコーポレートスローガンを掲げています。現在は日本全国から、時には世界から優秀な農業人材が集まってきます。

横山:これまでの経営をガラッと変えたんですね。

浅井:家業の経営状態って、実は分かりにくいじゃないですか。おやじの雰囲気を見て「あまり良くはないのかな」と思っていましたが、実際に決算書を見て、このままじゃ続けられないと。「何か新しいことをしなければ」と考えてミニトマトの栽培を始めました。

横山:ミニトマトを選んだ理由は?

浅井:よく聞かれるんですが、本当に偶然なんです。サラリーマン時代に、あるクライアントのトマトの新規事業を支援しました。実は僕、トマトが苦手なんですが、その時に食べたミニトマトがめちゃくちゃおいしくて。当時の経験がトマトを選んだきっかけになりましたね。
今、新しい品目に取り組むときは、マーケットの成長率を1番重視しています。農業は長期投資ですから、何十年先、事業をしていくことを考えて品目を選ぶことが大事だと思います。結果的に、この15年ほどでミニトマトはマーケットが成長してきました。当時は直感で選びましたが、ラッキーだったなと思いますね(笑)。

世界中からトマトを取り寄せる独自の生産方法

横山:浅井農園の特徴の一つは、世界中からトマトの品種を取り寄せて品種開発をする「オーダーメイド型生産」。これはどんな経緯で始めたのでしょうか。

浅井:うちの1番の特徴は差別化戦略です。僕らはただのミニトマトではなくオリジナルの「商品」を作らなければいけません。「ミニトマトを作る」と言った瞬間に全部コモディティ(一般化された商品)になってしまいます。そう考えると、品種の力ってすごく大事になるんです。求める商品に必要な能力を持った品種を世界中から探してきて、日本で評価し、日本のバイヤーさんに食べてもらって商品化していきます。それができる理由は、僕自身が品種改良・育種の研究をして博士号を取得したから。三重に戻ってきてから約7年間、農業経営のかたわら三重大学の大学院に通ったんです。

横山:めちゃめちゃ大変そうです……。

浅井:自分たちは初心者で何も強みがありませんでした。だから自分の会社のストロングポイントが得られるような研究をしようと。おかげで現在、海外の種苗会社の研究農場に行っても、研究者やブリーダーと話が盛り上がります。農家であり、研究者でもあることが「オーダーメイド型生産」につながっています。
僕らは商品に付加価値をつけるために研究開発をしています。そして自分たちで作ったものは自分たちで売る。するといろんなニーズをくみ上げることができます。若い農業者の中にも大卒で優秀な方がいっぱいいますから、参考になりそうな事例はどんどんまねてほしいですね。

浅井農園の「たっぷリコ」

教科書は日本ではなくオランダ

横山:品種だけでなく栽培技術も海外から取り入れていますよね。その経緯を教えてください。

浅井:トマトの栽培技術も生産システムも、いろんなやり方があります。僕も最初はバッグ栽培からスタートしました。めちゃくちゃおいしいトマトができて、誰が食べてもすごく喜んでくれる。でも収量が少なかったんですよね。その矛盾に気づくまでに3年ぐらいかかりましたが(笑)、やっぱり収量をとらないと経営的には厳しいと気づきました。そこで、いろんな技術を勉強してみて、オランダの栽培技術や考え方が自分の考えとうまく合致したんです。その後、オランダの技術を取り入れたガラスハウスを建てました。

横山:当時、オランダの技術を取り入れて栽培しているトマト農家は、日本国内に多かったのでしょうか。


浅井:
5〜10軒ぐらいだったんじゃないかと思います。僕らは新参者でしたが、最初のハウスから環境制御システムを導入しました。逆に素人だったから、すんなりオランダのスタイルで取り組めたと思います。もし僕らの地域がトマトの産地だったら、まずは先輩に聞くじゃないですか。トマトの栽培方法や土づくりは聞くけど、「環境制御は」とはなりませんよね。最初がオランダの教科書だったから、いきなりそこに焦点を合わせていけたんです。さらに僕がラッキーだったのは、自分の地元にトマトを栽培している先輩がいなかったので、三重大学の先生や農研機構の研究者に聞きに行ったことです。遠くない場所にそういう拠点があったこともラッキーでした。

次世代の農家リーダーの育成

横山:浅井さんは現在、ナフィールドジャパン※の理事として次世代農家の育成にも取り組んでいますね。この活動に対する思いや背景を教えてください。
※イギリス発祥の、農業者向け奨学金制度として長い歴史をもつ「ナフィールド国際農業奨学金制度」の日本における運営組織。

浅井:北海道の前田茂雄(まえだ・しげお)さん(ナフィールドジャパン代表理事)と知り合ったことがきっかけでナフィールドを知りました。僕自身バックパッカーや海外でのインターンの経験があるので、世界を旅するのはもともと好きなんです。ナフィールドは世界中から選出された約100名のスカラー(奨学生)が、2年間にわたり世界6大陸の農業生産現場などを旅しながら、先進的な農業技術や文化を学ぶプログラムです。僕はこれだけグローバル化が進む中で、今後は高い視座を持って地域の農業を引っ張っていけるリーダーとなる人たちをどんどん育てていく必要があると思っています。僕自身40歳を超えて、自分の経営も少し落ち着いてきたところもあるので、次世代のリーダー育成に何か貢献できたらという気持ちでナフィールド(での活動)を始めました。

横山:浅井さんが関わってから、日本からは何人輩出してきたんですか。

浅井:5人です。ネギ農家や酪農家、畜産農家、養鶏農家など、全員、地域も品目も生産モデルもバラバラ。多様なリーダーを育成していくという意味では、いいバランスだと思っています。
さらにこのナフィールドのネットワークがすごいのは、過去に選ばれたスカラーたちが、各国の農業リーダーに育っていることです。例えばブラジルの大規模農家の人たちの中にナフィールドのOBがいて、ブラジルに行った時には「この人に会いなさい」「ここに行きなさい」と紹介してくれるんですよ。逆に彼らが日本に来た時は、僕がいろんな人を紹介します。僕はそういうグローバルな農業者のネットワークに、日本人があまり入っていないことが非常にやばいと思っていました。そういう意味もあってナフィールドで活動しています。

農業の未来を考えるときに重要なのは“農地”

横山:農業従事者が減っていくといわれていますが、その点について浅井さんが考えていることを教えてください。

浅井:農業は、人がその地域に住む限り、地域の中に必要な機能であり、生産基盤、社会基盤でもあると思います。だから農地が生産基盤として、効率的かつ生産性が高く使える状態で維持されていくことが重要です。過度な規制がなく、やる気のある若い人たちがどんどん農業に参入できて地域で活躍してくれて、どの地域も豊かに暮らしていけることが理想ではないでしょうか。そういう意味では農業者が減っていく時代は、逆にチャンスが生まれる時代だと思います。
日本は人口が減少していて、高度経済成長の時期に比べたら少し雰囲気が暗くなりがち。今後考えていくべきことは、1人あたりのGDPをいかに高めていくかです。農業においても1人の農家、農業者、農業経営者が考えないといけないのは、いかに生産性を高め、付加価値の高い商品を生み出すかです。それによって農業経営は非常に豊かになりますし、結果的に地域が潤っていきます。

横山:最後にメッセージをお願いします。

浅井:変化の大きい現代は厳しい時代でもありますが、チャンスと思えるかどうかはマインドセット次第。現状を自分なりにしっかり分析して、まずは20年後の自分のありたい姿やビジョンを明確にしましょう。そこから逆算して、10年後、5年後、3年後の「こうありたい」という姿を設定し、そこを目指して日々、成長してもらいたいと思います。

(編集協力:三坂輝プロダクション)

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