都市農地の保全は重要な政策
東京都は都市農地の保全についてどのように考えているのか。都市整備局都市づくり政策部緑地景観課長 菅原淳子(すがはら・じゅんこ)さんに話を聞いた。
Q.東京都のみどり政策について教えてください。
菅原さん:東京都は市街地を無秩序に拡大しようとはしていません。都市計画において緑の空間を質、量ともに重視しています。これは「『未来の東京』戦略」のなかでも明確にうたっています。
Q.緑の「質」とはどういったことを指すのでしょうか?
菅原さん:面積として緑を増やすことが量的な拡大ですが、市民が親しみやすい空間を増やしていく「質」も大事だと考えています。いわば日常的にみどりに親しめることが、東京の当たり前の生活スタイルになる。それが今目指していることです。
Q.そのなかでは都市の農地、つまり生産緑地も大事ですね?
菅原さん:はい、その通りです。都市部の田畑である生産緑地は、東京の緑において、質・量の両面で重要な位置を占めています。実は、海外の大都市では、コミュニティ農園を街なかに作ることがトレンドとなっています。都市に農地が存在することは以前はネガティブにとらえられていましたが、世界的に見て、時代は明らかに変化しています。
Q.都道府県レベルでできる政策には、一定の限界があると思います。どのような政策を行っていますか?
菅原さん:
農業振興策も含め多様な政策を展開していますが、緑地景観課で重視しているのが「農の風景育成地区制度」です。2011年にスタートした制度ですが、市街化区域内で農地や屋敷林などがまとまって残るエリアを指定し、散在する農地を一体の都市計画公園等として計画決定するものです。これにより、農業の継続が困難となった場合にも、区市町村が当該農地を取得し、農業公園に活用することができます。
Q.農の風景育成地区はいくつあるのでしょうか?
菅原さん:今年度(2023年度)に2カ所増えて、7カ所が指定されています。23区内が5つ、多摩エリアが2つです。
Q.23区にもあるのですね!
菅原さん:はい。江戸川区、世田谷区、杉並区、練馬区です。
農の風景育成地区の指定を目指すときには、おのずと農業者や市民が連携することになります。そのなかで、農地を守っていこうという地域のコンセンサスが醸成されるのですが、そのメリットが大きいということに気づきました。
用途地域そのものに触れると、なかなか住民全員の合意は難しいです。農の風景育成地区は、建築や開発の制限がないので、みんなが土俵に乗れます。そうして地域のコミュニケーションが増えていくことに意味があると思っています。知ってさえもらえれば、農地は残した方がいいと考える人が多いはずですから。
もちろん、東京都として、新しい用途地域の「田園住居地域」など、開発制限のかかる制度の活用も諦めているわけではありませんが。
Q.今後の展開は。
菅原さん:農の風景育成地区の指定に力を入れ、2030年をめどに15カ所ほどにしたいと思っています。また、地区内で農業が継続できなくなった場合の農業公園の整備についても、区市町村を積極的にサポートしていきたいと考えています。
市民と農業者が主導した農の風景育成地区指定
続いて、実際に農の風景育成地区制度を活用してまちづくりをしている練馬区の「南大泉三丁目・四丁目地区」を訪ね、練馬区の担当者浦大樹(うら・だいき)さん、農業者で南大泉の農の風景育成地区実行委員会代表の加藤義松(かとう・よしまつ)さんにインタビューした。
Q:このエリアは西武線の保谷駅からわずか徒歩2~3分のところなのですね。
浦さん:はい、これだけ駅の近いところに畑が多く残っているのが印象的ですよね。ブルーベリーやみかんの摘み取り園、農業体験農園が多いのも特徴です。
Q:練馬区では、どういった経緯で農の風景育成地区に指定を目指したのですか?
浦さん:実は、農業者や地元住民が主導したもので、練馬区が先頭に立ったわけではないのです。2015年に保谷駅周辺地区まちづくり協議会という組織が作られ、保谷駅周辺のまちづくりについて話し合うなかで、農(生産緑地)の維持と活用もまちづくりの重要な柱とされました。そうした地元住民と農業者の議論がベースにあったので、農の風景育成地区を指定までの流れはスムーズなものでした。
加藤さん:建築制限はない緩い制度ですから、反対もなかったですね。
Q:練馬区はどのような支援をしているのですか?
浦さん:練馬区では農の風景育成地区や農の魅力がより多くの市民の方に知っていただけるようにソフト事業に補助を出しています。南大泉地区においては、地元農業者が中心になって毎年11月に行っている「南大泉with農フェスタ」を助成しています。
加藤さん:地元野菜のマルシェを開催するだけでなく、このエリアをクイズラリーとして巡っていただき、最後に景品として野菜や果物の収穫体験ができます。昨年はのべ1万人の参加がありました。
Q:1万人ですか! ちょっとしたプロのミュージシャンのライブくらいの人出ですね。
加藤さん:そうなんですよ。あまり広くない住宅街の道が来場者でいっぱいになってしまうものですから、今年の開催はちょっと工夫が必要だな、と考えているところです。キッチンカーも10台ほど招き、練馬産の野菜を使ったメニューを提供してもらっています。
浦さん:農フェスタ」は、地区内の農業者が8軒で実行委員会を作っています。息子さんの代や有志の住民の方も積極的にこのイベントに関わっているのは大きな特徴です。企画アイデアは主に若い層から出てくるようですよ。
加藤さん:そうなんです。なかなか地域内の農業者が2世代で集まって飲むことはないですから、イベントの打ち上げは貴重な機会ですね(笑)。
むしろ農業者が励まされる
Q:加藤さんはご自身の農業経営でも、先進的に体験農園に取り組まれてきています。もともと農業と市民の距離が近い地域だったのでしょうか?
加藤さん:そうだと思います。このエリアには16軒の庭先直売所がありますし、果樹の摘み取り園も5つあります。もちろん30年前は市場出荷する農業者ばかりでしたが、地元の市民を相手にするように農業経営が変化してきました。私の運営する体験農園は170区画ありますから、それだけの世帯が畑に実際に関わっています。さらに、採れすぎた野菜は近所に配ったりしますよね。そうすると、170軒以上の方が地元の野菜を享受している。それも無料でね(笑)。
Q:なるほど! 胃袋をおさえているということですね。農の風景育成地区に指定されたことは、市民のみなさんも知っているのですか?
加藤さん:積極的にその話をします。すると、みなさん喜んでくれます。この農地を守っていかなくてはダメよ、と言われることもあります。むしろ、私たち農業者の方が励まされているんです。
Q:そうすると、都市農業に特有な課題である、土ぼこりへのご近所からのクレームもないですか?
加藤さん:まずありませんね。私としては、子育て世代にどんどん畑に入って、作物に触れてほしいです。眺めるだけと、実際に畑に入るのとは違いますから。次世代に農地を残していくために、地元のみなさんに農地があってよかったと思っていただきたい。農地がたくさんあって暮らしやすいから南大泉に引っ越してきた、という方もちらほらいるんですよ!
取材後期
南大泉を訪ねれば、まちなかの農業が明らかに市民の幸福に貢献していることが分かる。実際、街と農地が共存することは、世界的な潮流だと東京都の菅原さんは言う。考え方次第では、まちなかに農地が残る東京は、その先端にあるといってもいい。
都市農地を残したいとなれば、建築や開発の制限をかける方法が最初に思い浮かぶ。しかし、現実には難しい。少なくとも今すぐは無理である。
東京都、そして練馬区の取り組みは、そうした現実を鑑みて、今できることにフォーカスしている。その結果、農業者と市民の交流を生むという成果を上げている。
その交流が、都市農地を残すうえでどの程度実効性があるのかを評価するのは難しい。ただ、市民の方がむしろ農地を残すように農業者を励ますのだ、と加藤さんは言っていた。市民の都市農業への理解は、まちなかに農地を残していくうえでの最低条件だ。南大泉ではその条件を悠々とクリアしているように見える。
都市農地の保全については、より実効性の高い具体的政策が望まれる。ただ、地区レベルでもできることはある。都内であれば、農の風景育成地区の指定を目指すこともその一つだ。都市農地を残したいと思う地区それぞれが、少しずつでも歩みを進めることで、日本全体で目指すべき方向が明らかになることもあるだろう。