国産バナナの産地、沖縄
日本人にとってなじみ深いバナナ。スーパーには一年中バナナが当然のように並んでおり、しかも大抵かなり安価だ。
こうしたバナナの大半は輸入品である。2022年の統計によるとフィリピンからは約83万トン、エクアドルからは約11万トン、その他の国からも合わせると100万トン以上輸入している。これに対して、国産バナナの収穫量は約168トンで、自給率は限りなく低い。
国内で最も生産量が多いのが沖縄県である。2021年の統計では、沖縄では年間約85トンのバナナが収穫されており日本のバナナ生産の中核を担う土地だ。そのような沖縄バナナの中でも、フレッシュで甘みが強い上に、追熟のタイミングも含めて、収穫から消費者の口に入るまでのタイミングも考え抜かれているのが「ぐしちゃん銀バナナ」である。その生産者である久保文乃(くぼ・あやの)さんを取材した。
2カ月半待ちの沖縄バナナ
「ぐしちゃん銀バナナ農園」は、沖縄本島の南部、八重瀬町の具志頭(ぐしちゃん)地区にある。2000坪(約66アール)にわたる農園にはバナナがびっしりと植わっており、年間の収量は4~5トン程度。栽培しているのは「ナムア系」のバナナだ。その実にブルームと呼ばれる銀箔(ぎんぱく)色の粉をつけることから「ぐしちゃん銀バナナ」の名がついた。
「ぐしちゃん銀バナナは背が高くて、4メートルくらいになるんです」と、久保さんは話す。この農園ではバナナを保護するための袋がけも行っており、脚立を使っての高所作業となる。週に1回6時間の水やりを行っているのは、「水をあげるとバナナが太くなって甘みが増す」との考えからだ。
こうした作業を、久保さんと父の栄(さかえ)さんで行っている。マーケティングを兼務している久保さんに対して、栄さんは農作業専門。親子で役割分担しながら、ぐしちゃん銀バナナ農園は運営されている。
バナナの栽培にはさまざまな苦労が付きまとう。たとえば、バナナの配送は私たちが思うよりも難しい。熟しすぎて黒くなってしまうことを防ぐために、まだ青い状態のバナナを収穫して輸送中に追熟させるのが一般的だ。ところが、追熟に必要な日数計算には長年の勘が必要で、バナナ農家として就農して3年経った久保さんでも「あと何日で完熟するかは私にも分かりません」。そこで、Webサイトで注文を受けたら届け先までの配送日数を確認した上で、「30年くらいバナナ農家をしている父ちゃんが、長年の経験と勘をもとに収穫するバナナをその都度選ぶ」のだそう。
なお、ぐしちゃん銀バナナの販売価格はスーパーで売られている外国産バナナに比べるとかなり高い。それでも問い合わせは絶えず、「出荷まで2カ月半くらいお待ちいただくこともある」と久保さんは話す。「リピート率は高く、半分くらいのお客様がリピーターになってくれる」とのことで、ぐしちゃん銀バナナのファンは多い。
人気の秘訣(ひけつ)は、味の凝縮感だ。甘みがぎゅっと詰まっており、食感ももっちりとしていて食べ応えがある。夏と冬でも味や食感が違うため、「年に何度か買ってくれるお客様もいる」とのことである。
生産量の増大と台風の襲来
今でこそ全国にたくさんのファンを持つぐしちゃん銀バナナ。しかし、ここまでの道のりは平坦なものではなかった。
久保さんは、かつては別の作物を育てている農園で働いていた。コロナ休業を強いられたタイミングで、父親が細々と育てていた農園を手伝ったことが就農のきっかけとなる。当時はファーマーズマーケットなどで他のバナナと並べて安価に販売されていたが、「父ちゃんのバナナだけは必ず売り切れていた」と振り返る。
「ブランディング次第で、もっと売れるはず」と考えた久保さんは、ECサイトを開設。味だけでなく配送用の箱にもこだわったほか、タグにQRコードを設置してWebサイトに飛んでもらうことで口コミ・リピーターを増やす努力も行った。また、「お客様をがっかりさせたくない」との一心で、バナナを収穫するタイミングを出荷先ごとに分け、その要望に合わせて追熟もコントロールした。
久保さんの就農からわずか数年間で多くの問い合わせが来るようになったのは、こうしたたゆまぬ努力の結果だ。この機会を逃すわけにはいかないと、久保さんは当時300坪(10アール)程度だった農園を数年間で現在の2000坪にまで拡大して、生産量を大幅に増加。「コロナで旅行ができない中で、おうちの中でも沖縄を体感できる点が効いたのではないか」と久保さんは分析するが、コロナ禍が落ち着きつつある今でも引き合いは止まらない様子だ。
ところが、軌道に乗りかけていた農園に2023年の台風6号が襲来する。沖縄の農業は台風との戦いだ。特にバナナはバショウ科の“草”であり、太い幹のように見えている部分も強い風にあおられればすぐに折れてしまう。しかも、ぐしちゃん銀バナナは背が高いために風の被害も受けやすい。この台風6号は長期間沖縄にとどまり、農園は壊滅的な被害を受けたそうだ。
なんとか立て直しを図ったものの、年間4~5トンを見積もっていた2023年の収穫量は2~3トンにまで落ち込んだ。経営的にも大きな打撃となったはずだが、久保さんが今でも最も悔しいと思うのは「2カ月以上も楽しみに待っててくださったお客様の注文をキャンセルしてしまったこと」だ。だからこそ2024年のシーズンには、「届けられなかったお客様に優先的にお届けしたい」と話している。消費者を思う気持ちと少々のことでは諦めない前向きな姿勢が、沖縄での就農にあたっては求められているのかもしれない。
久保さんには「目が届く範囲で自信を持って育て、これまで以上においしいぐしちゃん銀バナナをつくっていきたい」との思いがある。沖縄からおいしいバナナを届けるために、久保さんは人生を懸けている様子だった。
バナナのつながりで、沖縄を盛り上げたい
久保さんがバナナ栽培に携わる中で、頼りになる仲間がいる。
熱帯果樹栽培や独自の工夫について情報発信をしている「けんゆー」こと上原賢祐(うえはら・けんゆう)さん、バナナの栽培や6次化をしながら「沖縄のバナナおじさん」としてTikTokなどでも人気を集める林誠(はやし・まこと)さんだ。久保さんはこの2人と時々意見交換をし、バナナの知識を深めているという。
バナナの品種に詳しいけんゆーさんによれば、沖縄にはさまざまなバナナがあるが、最近増えつつあるのが甘みの強い「アップルバナナ」で、林さんが育てているバナナも、ぐしちゃん銀バナナも、大きく見ればこのアップルバナナに近い系統であると考えられるそうだ。沖縄で育てられている小笠原種の「島バナナ」に比べて病気に強いものの、耐寒性がないため九州南端あたりが北限となる。沖縄県はまさに栽培好適地だとけんゆーさんは解説する。
そんな沖縄のバナナは、品種の面でも外国産とは一線を画す価値のあるものといえる。しかし、栽培適地であるとはいっても台風のリスクなど栽培の課題もまだまだ多く、外国産との価格差が大きいのが現状だ。
そんな中、ぐしちゃん銀バナナのように青果として売るのではなく、6次化に活路を見いだしたのが林さんだ。これによって、付加価値を高めるだけでなく他の農家とも競合しないで済むというのが林さんの考えだ。
林さんが事業の一つとして展開しているのがスムージースタンドである。そこでは自社農園のバナナを使っているが、他の農家から仕入れたバナナを使うこともあるそう。さらに、マンゴーを使ったスムージーなど、バナナ以外を育てる農家とのコラボレーションも可能だ。沖縄の農産物がふんだんに使われたスムージーは観光客にも人気で、県外から来た人に沖縄の魅力を伝えるのに一役買っている。林さんは「沖縄を元気にしたい」と、久保さんやけんゆーさんと共に抱負を語った。
このように、バナナで沖縄を盛り上げる動きが始まっている。意欲のある農家たちが新たな挑戦を重ねることで、「沖縄バナナ」がメジャーになっていく未来が切り開かれつつある。
OKINAWA CLOSE-UP FOODS
ぐしちゃん銀バナナ農園