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元金融マンから大規模法人経営者へ なぜ全国から担い手相談がくるのか

元金融マンから大規模法人経営者へ なぜ全国から担い手相談がくるのか

2004年、田中進(たなか・すすむ)さんが設立した農業法人㈱サラダボウル。金融機関で多くの経営者と出会った経験を生かして経営マネジメントに力を入れ、現在は全国にグループ会社を展開している。田中さんが農業に興味を持ったきっかけは何か、農業に必要なマネジメントとは何か。マイナビ農業の横山拓哉(よこやま・たくや)が対談した。

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■田中進さんプロフィール

株式会社サラダボウル 代表
1972年山梨県生まれ。大学卒業後に三菱UFJ銀行で5年、プルデンシャル生命保険で5年勤務した後、2004年株式会社サラダボウルを設立。以降、兵庫県加西市、山梨県北杜市、ベトナムと生産拠点を拡大。内閣府や農水省などの委員や理事も務める。著書に『ぼくらは農業で幸せに生きる』がある。

■横山拓哉プロフィール

株式会社マイナビ 地域活性CSV事業部 事業部長
北海道出身。国内外大手300社以上への採用支援、地域創生事業部門などで企画・サービスの立ち上げを経験。2023年4月より同事業部長就任。「農家をもっと豊かに」をテーマに、全国の農家の声に耳を傾け、奔走中。

「農業だからもうからない」は違う

横山:田中さんは畑違いの業界から就農されていますよね。なぜ就農されたのですか。

田中:私は農家の次男でしたが、子どもの頃は「農業をしたい」と思うどころか、農家の子どもであることが恥ずかしいと思っていたんです。親からも「お前たちの時代は農業をする時代じゃない。勉強して、いいところに勤めろ」と言われ、周りからも「農業がいいぞ」なんて言われたことはありませんでした。でも大学を卒業して金融機関に勤めていた頃、さまざまな業種・業態の経営者とお付き合いをする中で「自分でも何かをしたい!」という思いが止められなくなってきたんです。

横山:農業に対する思いがポジティブなものに切り替わった瞬間は、いつでしたか。

田中:取引をさせていただく経営者の方々から、「もうかる仕事ともうからない仕事があるわけではない」と学びました。経営者の情熱によって、事業の結果が大きく変わる。会社がどれだけ創意工夫を重ねるかによって、事業の結果が変わる。そういうことを目の前で学ばせていただいた時に、「農業だからもうからないわけじゃないんだ」と気づきました。そして自分でも「農業の新しいカタチを創りたい」と想うようになり、サラダボウルを設立しました。

圧倒されたオランダ農業

横山:大規模なグリーンハウスで栽培を行っていますが、この方法を選んだ理由を教えてください。

田中:2010年頃、「オランダの農業が非常に進んでいる」と話題になっていて、私も視察に行きました。それまでは日本の農業が一番進んでいると教わっていたので、冷やかし半分のつもりで。いざ行ってみると、ぐうの音も出ませんでしたね。たたきのめされるような大きな衝撃を受けました。まずは規模に圧倒された。ハウスの中を自転車やバイクで移動していたんですよ。さらに自動搬送システム。収穫したものを無人のけん引車が運んでいるわけです。でも「味はそんなにおいしくないでしょ」とまだ思っていました。ところが、1週間過ごすうちに、産業としての圧倒的な成熟度の高さが見えてきました。農産物そのものではなく、ホーティカルチャー(施設園芸)を取り巻く産業としての完成度に驚きました。

横山:ニーズに合ったものを作っていたんですね。

田中:オランダは生産性が高く、産業としても成熟していました。そして、いつしか私は金融の目線で農業を見るようになったんです。事実、オランダは日本とはかけ離れた高い生産性を実現している。だからまずはそこを学び、その上で日本に合った、次の時代の農業のあり方を考えてみたいと思いました。

横山:先ほど見学させていただきましたが、働きやすい職場が体現されているように思います。

田中:例えばトマトの大規模農園だと、自分たちのやり方がかなり定着してきました。勤務時間は8時出社、17時退社で、1ヵ月の残業時間が10時間ちょっと。週休2日で普通にボーナスももらえる、どの産業とも変わらないような働き方になっています。

どうやって大規模法人にしたのか

横山:ここまで法人として大きく展開させる構想は当初からあったのでしょうか。

田中:具体的には考えていませんでした。何か目に見えるターニングポイントがあったというよりは、その都度のタイミングで準備してきたことが今に大きな影響を与えていると思います。大規模グリーンハウスを山梨と兵庫に作る何年も前、「このままじゃまずいよね」と言って、さまざまな経営マネジメントを学びました。それが一番のターニングポイントでしたね。外からは「人材育成を一生懸命やっているらしいね」「いろんなことを学んでるみたいだよね」というくらいにしか見えず、一見しただけでは畑の姿や働いてる人たちの姿が変わりはじめたのは見えなかったかもしれません。でも、経営改善の取り組みを丁寧に1歩ずつ積み重ねていったその先に、たまたま大規模な農場を作る機会に恵まれました。

横山:全国各地に農場を持つスタイルも特徴ですよね。どうやって展開しているのですか。

田中:シンプルに、社会的要請があり、ご縁があったところで農場を始めただけ。その結果が今です。売上拡大や農場の規模拡大には一切興味がないんです。それよりも、社会的要請に応えることを大切にしています。例えば、地域から「こういう仕事を生み出してほしい」と要請されたり、うちの若いメンバーから「農場長をやってみたい」と要請されたり、お客様から「トマトが足りない」と言われたりしたら、商品や場所を作っていきます。社会のためになることであれば、少しでも自分たちがやりたいこと、農業経営という手段でやらない理由はありませんから。

サラダボウルの経営戦略の軸

横山:「社会的要請」というワードが出ましたね。

田中:私たちの経営戦略の軸は、常に「社会的要請」です。社会課題があって、その社会課題を背景から社会的要請が発せられ、その社会的様にに応えていくために仕事が生まれる。これはどんな産業でもそうだと思います。私たちは常に、その時代の中で、農業生産者に向けられる社会的要請を経営戦略の真ん中に置いて、そのためにどんな設備を整備するのか、どんな働き方をするのか、どんな商品を生み出していくのか、マーケットポジションをどう見ていくのか……など、トータルで戦略を考えていきたいと思っています。

横山:御社の経営の要として、「強い農業経営を創る【10のキー・ファクター】 」があります。これが作られた経緯を教えてください。

田中:会社を設立して3~4年はとにかく大変だったのですが、私は創業者ですから365日24時間働いてもなんとも思いません。設立当初、社員になってくれた人たちも最初の数年間はそれでも良かったんです。でも数年たつと、夢だけでは過ごしていけないタイミングがやってきます。自分たちの努力がもっと価値に変わったり、自分たちの努力がもっと喜ばれたりしないといけません。そこで考え始めたのが、さまざまな業種業態の経営者が共通して取り組んでいた、経営マネジメント。それを取り入れて言語化されたのが「10のキー・ファクター」です。

横山:会社を変えるきっかけだったんですね。

田中:本当に申し訳ない思いでいっぱいですが、当時は脱落する人たちもいっぱい出してしまったんですよね。いい環境ではないというのは、その時働いているメンバーもみんな思ってました。そこを変えるため、マネジメントをより強く意識するようになりました。

定量的×定性的な判断で決断する

横山:経営していく上で、課題を見つけるために工夫していることはありますか。

田中:「定性的な視点」と「定量的な視点」で事実を客観的に見るように意識してきました。例えば、現場の事実が数値になっていれば、それをもとに「決定」できますが、不確定要素がある中で行う「決断」はとても難しいと思います。できるだけ事実を数値化した中で「決定」を繰り返していきたいので、現場で起こっているFact(事実)をデータ(数値)に置き換えて、正しく判断するように心がけています。

横山:現場では、この視点を具体的にどう落とし込んでいますか。

田中:例えば生産であれば、栽培環境や植物の生育データなど、あらゆることがモニタリングできます。こうした定量的なデータに基づき、定性判断を加えて栽培しています。例えばこれを、人を対象にした場合も、「行動コンピテンシー」といわれる行動指針に基づいた評価や、数値的な目標に基づいた評価などを組み合わせながら、人材育成に取り組んでいます。

横山:最後に、農家の方にメッセージをお願いします。

田中:例えば「こうなりたい」とずっと言い続けている人と、実際にそうなっていく人、同じ地域で同じ品目を作っていても差がでてしまうじゃないですか。その違いは「やるか」「やらないか」だけだと思います。課題を解決するためのアクションを「し続ける」かどうか。目の前の課題をクリアしても、すぐに次の課題に直面して、それを乗り越えても新たな課題に取り組まなきゃいけない……この連続だと思うんですよね。でもこの一つ一つに分解するとそんなに難しいことじゃなくなる。誰でもできる当たり前のことを、誰もできないほどやり切れるかどうかで、最終的な差が生まれるんじゃないかな。

(編集協力:三坂輝プロダクション)

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