施設栽培の空調費が大幅削減できるってホント?
イチゴは農業用ハウスなどの施設で栽培されることがほとんどだ。一部の産地で露地栽培の例もあるが、出荷時期の長さや作業効率の良さを考えれば、施設栽培が妥当だろう。イチゴの栽培において温度管理はかなり重要な要素だが、施設であればそれを人工的に調整することも可能だ。
しかし、夏の冷房と冬の暖房にはかなりのコストがかかる。昨今のエネルギー価格の上昇と円安もあり、「燃料代のせいで収益が圧迫されて困っている!」という農家の声があちこちから聞こえてくる。冷暖房のコスト削減は、イチゴに限らず施設栽培に携わる農家の喫緊の課題なのだ。
そうした農家の課題解決に役立つシステムがあると聞いてやってきたのは、静岡県浜松市のとある施設。電気やガス、太陽熱などのエネルギーに関する事業を行う矢崎エナジーシステム株式会社がイチゴを栽培しているという植物工場だ。
しかしなぜそんな企業がイチゴを栽培しているのだろうか。
「多くの農家さんがエネルギー価格の高騰に苦しんでいるという現状を踏まえ、太陽熱や廃熱をエネルギーとして利用する当社の既存技術を農業分野に応用できると考えました」と答えてくれたのは、同社の事業企画部長の原浩二郎(はら・こうじろう)さん。
ここでは2023年の10月から「環境保全型農業システム」というエネルギーコストを抑えた栽培システムの実証実験を行っているとのこと。完全閉鎖型の植物工場にそのシステムを導入し、イチゴに適した春の気候を再現して栽培しているという。2024年3月までの実証実験では、高品質なイチゴの生産を見込めるという結果が得られたそうだ。
このシステムの肝はエネルギーコストの削減だ。商品企画開発部長の稲垣元巳(いながき・もとみ)さんは、「本技術によって、冬季の空調のエネルギーについては約60%の削減を達成しました。また、夏季の試験はこれから始まりますが、イチゴ栽培に適した温度を維持するために必要なエネルギーを、70%程度削減できるという試算結果が出ています」と話す。
しかしそれは閉鎖型の植物工場に限った話なのでは。そんな筆者の問いかけに対し、「太陽熱があれば一般のハウスでも可能」との答えが返ってきた。これは多くの施設栽培農家にとって朗報かもしれない。
農作物の安定生産や労働者の負担の軽減をかなえる“5T”とは
ここで、実証実験の全体像を見てみよう。
実は今回の実証実験では、冷暖房のコスト削減を実現できる技術だけを検証しているのではない。AIやIoTも利用してハウス・植物工場内の環境を最適に制御することで、農作物の安定生産や労働者の負担の軽減を目指すものだ。同社はこれを「5T(定時、定量、定品質、低価格、低人員)」と表現する。
実証栽培を行っている閉鎖型植物工場は、高さ3メートル、幅15メートル、奥行き6メートル。その中に、4段の栽培棚が3列並ぶ。通常、閉鎖型植物工場においてはかん水した養液の排液が出るため、栽培棚の下方に配管がある。しかし、この工場内には排水用の配管が見当たらない。
「栽培については、株式会社Cultivera(カルティベラ)の特許技術である、水をほとんど使わない膜式栽培農法を採用しています。空気中の湿度を利用し根を成長させる方法で、土や肥料の量が既存農法よりも少なく、排液ゼロを実現しているため、排水用の配管がありません」(稲垣さん)
植物工場における排水用配管は定期的なメンテナンスが必要であり、詰まりによる漏水などトラブルの原因になる。そのため、排水用の配管がないことは、植物工場経営において大きなメリットになる。
また、同社の植物工場では栽培の特徴として、パネルに冷水や温水を流すことで、根の周りの温度を変え生育している。
さらに、かん水やLEDの点灯は自動で管理されており、工場内には監視用の機器も見られた。IoTやICTを活用した遠隔監視システムを導入することで5Tの「低人員」を実現し、経費の削減にも着手している。「週末は栽培現場に作業者が来なくても運用できる仕組みを整えており、タブレット端末から操作することで機器の調整が可能です」と稲垣さんは語る。
このようなシステムによって、作物を決められた時期(定時)に、決められた量(定量)、一定の品質(定品質)で提供可能だ。さらに少ない人員(低人員)が実現できれば人件費も削減でき、結果的に低価格も実現できるというわけだ。
使われていなかったエネルギーを活用して空調費削減
さて、本システムの最大の特徴である空調のエネルギーコストの削減技術に話を戻そう。この技術を実現するために同社が活用しているのが、「廃熱」と「太陽熱」である。
「温水焚吸収冷温水機」は、ボイラーや発電機から出る70〜90℃ほどの廃熱や太陽熱を利用して、そのまま温水として利用したり、7℃ほどの冷水に変換して利用したりすることができる。
さらに、廃熱や太陽熱が足りない場合には、バイオマスで補う。木質ペレットを燃焼させることで、熱源を得る。
このようにして生み出した温水・冷水を、ハウスや植物工場の壁面に季節に合わせて流し、得られる輻射(ふくしゃ)熱を利用して内部を温めたり冷やしたりすることができる。冬場は熱源を暖房として、夏場は冷水に変換し冷房として使うことで、冷暖房に利用するエネルギーの大幅な削減が可能になるわけだ。
本技術は農業用に開発されたものではない。過去に活用された実例としては、プラスチック工場やスポーツセンターなどがある。一次産業としては、養鶏場での事例があるだけだった。
「養鶏場には、鶏の飼育過程で発生する鶏ふんなどを燃焼させるボイラーがあり、その熱を利用して夏場に鶏舎を冷房しています。従来は、冬場はボイラーの熱を鶏舎の暖房に使用していましたが、夏場は暖房が不要なため、鶏ふんの処理に困っていたそうです。鶏ふんを廃棄物として処理するにはコストがかかりますが、エネルギー源として活用できるようになりました」(稲垣さん)
このように、ボイラーの廃熱や太陽熱など指定の温度を満たす条件さえ整えば、その熱を利用して温水や冷水を発生させることで電気代を削減し、二酸化炭素排出量の低減がかなう。植物工場のLEDから発生する熱も利用可能なうえ、冬季の太陽熱でも十分に効果が期待できるのだ。
農業のエネルギー問題を解決に導く
今後、地球温暖化がさらに進行し、世界人口が増加していくことを考えると、農業におけるエネルギー利用の問題はより深刻化すると予想される。「この問題の解決に、当社の技術が少しでも役立てば幸いです」と原さん。
最後に、「環境保全型農業システム」の普及のための現状の課題と研究テーマについて聞いてみると、2点教えてくれた。
1点目は、ハウスでの実証不足だ。現時点で「環境保全型農業システム」は植物工場でのみ実証実験されており、ハウスではなされていない。植物工場ほど頑丈でないハウスに対して、どのようにシステムを取り付けるか、検討しなくてはならない。現状の「環境保全型農業システム」には多くの機器が取り付けられており、見ただけでは農業用の施設だとは判断がつかないほどだ。「ハウスにこれほど機械的なシステムを導入したくない、という農家さんもいると思います。そのため、農家さんからシステムのレイアウトや内容について、忌憚(きたん)のないアドバイスをいただきたいです」(原さん)
2点目は、より高いエネルギー効率を実現する栽培環境の確保だ。広い空間では、環境を均一に保つのは難しく、エネルギー効率が悪化する。例えば、近年、家庭内でのエネルギー利用効率を上げるため、人感センサーを使って人のいる場所だけを快適な温度に保つエアコン技術が発達している。同様に、ハウスや植物工場においても、植物体の周りや作業者の周辺のみを適切な温度に調整することで、よりエネルギー効率の高い栽培環境を整えられる。
現在は植物工場でイチゴ栽培の実証実験を重ねている段階の「環境保全型農業システム」だが、エネルギー削減という観点で言うと、植物工場でもハウスでも多様な栽培品種に適用できる。熱源を利用して冷水を発生させる技術は、温度管理が必須の農業において重宝され、今後需要が拡大していくことが期待される。
「産廃処理場など熱を発生させる施設がある地域であれば、その熱を利用しながらエネルギーを地産地消できます。そのため、地域に合わせた形でシステムの設計をできると考えています」(原さん)
今後、ハウスでもこの技術が活用できることが実証されれば、多くの農家にとって冷暖房費の削減の助けになるだろう。さらに地域の資源も活用できるとなれば、地域課題の解決にもつながるかもしれない。そんな本技術の農業分野における浸透に、今後も期待をしたい。
【取材協力・画像提供】矢崎エナジーシステム株式会社