県外ファンも多数、富山県の果樹ブランド『呉羽梨』
日本海に面し、県土の三方を北アルプス立山連峰などの山岳地帯に囲まれている富山県。山々から流れ出る豊かな水や地域の特性を活かし、さまざまな農作物が作られています。富山市西部の呉羽地区と射水市にまたがる地域では、県内随一の果樹ブランドである『呉羽梨』が栽培されています。主力品種は『幸水(こうすい)』、『豊水(ほうすい)』、『あきづき』、『新高(にいたか)』、『新興(しんこう)』の5種類です。
寒暖差が大きく降水量が多いこの地域は、水はけのよい粘土質の土壌を持ち、梨栽培に最適な環境です。そこで収穫される梨は、水分を多く含み、ジューシーで強い甘みが特長です。
呉羽地区の富山市吉作(よしづくり)には呉羽梨選果場があり、そこから県内のほか、愛知、京都、大阪の市場へ出荷しています。年間の平均出荷量は約2000トン。その出荷量と消費者から高く評価される食味を維持するために、産地では早くから担い手対策に力を入れてきました。2015年頃からは毎年1〜2人の新規梨農家を産地外から迎えています。
そのうちの1人が二股久央さんです。二股さんは、2021年にJA職員から梨農家として独立就農しました。富山市吉作で園地50aと作業所を借り受けて経営を開始し、その後も栽培ができなくなった農家から園地を譲り受け、3年目となる2024年には1haの経営規模となっています。
「この地区に協力したい」葛藤しながらも就農に踏み出す
富山市のJAに勤務していた二股さんは、呉羽地区担当として農家に出向き、営農や暮らしの相談に対応していました。梨農家と触れ合う機会が多く、あるとき、親しくなった農家から梨の木を1本借りることになりました。
「教えてもらいながら作業をしてみると、今まで味わったことのない楽しさを感じ、『これだ』と直感しました。離農する農家さんの話をよく耳にしていたこともあり、自分が引き継いでなんとか産地に貢献したいという思いが高まっていきましたが、安定した給料を捨ててまで踏み出す勇気がなく、悶々とした気持ちを抱えながら働いていました」
そんな思いを相談していたのが、富山県農林水産部農業技術課広域普及指導センターの河村健(かわむらたけし)さんと、後に就農を手厚く支援してくれる庄司梨園の園主庄司さんです。何度も相談し、悩みながらも2人の話に背中を押され、二股さんは退職を決意。2021年9月に辞表を提出した翌日には、吉作生産組合長と選果場長にあいさつに行き、呉羽梨生産への思いを伝えました。
栽培技術は庄司梨園で研修することになりました。梨栽培は、収穫が終わる9月が年度の始まりとなり、ここから翌年に向けた作業が行われます。そのため、研修は9月からスタートし、それに併せて、50aの園地を生産組合の紹介で借り受けました。
「教わったことを自分の園地で実践し、困ったら庄司さんに相談しての繰り返しで作業を覚えていきました。また、必要な機械や作業場は、庄司さんをはじめ、先輩農家さんが使っていないものを見つけてくれました。最初は、防除機やトラクター、草刈機などを無償で貸してもらい、その後資金を確保し購入しました。本当にみなさん温かいです」
充実した技術サポート、何でも相談できる場所も
呉羽梨産地では、新規就農者の確保・育成を図るため、生産組合、JA 、県、市等で構成する「呉羽梨産地活性化推進協議会」を設置しています。
毎年収穫が終わる頃、生産組合とJAが中心となり全梨農家を対象に、来年度の栽培に関する意向調査を実施しています。栽培を止める予定の園地や、所有する機械や設備などの情報を収集し、その情報を協議会が管理しています。また、休耕園を借りる時の金額を定め、就農希望者が来たときにスムーズに提供しています。さらに、使われなくなった機械を安価で斡旋したり、借りられる作業所や格納庫を探したりと、機械や設備の確保も支援しています。
「『産地をもっと元気にしていきたい』という農家の声をもとに、協議会では2015年頃から担い手対策を始め、意向調査を行っています。それにより、産地外から新たに入ってくる人に円滑に園地や機械を提供しています」と、県広域普及指導センターの河村さんは話します。
就農後、二股さんは防除や誘引などの作業時期の前に、JAと県の指導機関が協力して行う講習会に参加しています。また、若手梨農家が構成員となった『梨クラブ』にも加入し、そこでも技術指導を受けています。
「梨クラブの講習は少数で行われるので、気になったところを気兼ねなく質問できます。自分と同じ新規就農の人とは防除のタイミングをよく話していて、先輩には聞けないことも相談でき、モチベーションにもなります。そこで親しくなった農家さんも多いです」と二股さんは話します。
梨クラブでは6月から収穫まで、週1回肥大調査(果実の生育状況の調査)を行っています。他の農家の生育状況の観察は、若手農家にとって学びの場となっており、同時に農家同士の活発な交流を促しています。
また、呉羽梨選果場の存在も経験の浅い農家をバックアップしています。富山県の果樹産地では農家が庭先で果樹を販売する「軒先販売」や直売所での販売が多い中、「選果場に持っていけば必ずお金になり、売る心配をしなくていいので栽培に専念できます。ブランド『呉羽梨』の1つとして出荷されることは誇りでもありますね」と二股さんは選果場に出荷できるメリットについて話します。
ブランド産地の誇りを掲げて、地域で後継者を育成
呉羽梨産地では、梨栽培を行う人が見つからない園地は、病害虫の発生を避けるため木を伐採するルールがあります。二股さんは伐採された園地も2a譲り受け、苗木を定植しました。3年後には収穫を迎えます。
「増えていく園地に対応するために、スケジュール管理を大切にしています。携帯のカレンダーアプリに作業記録を残して、前年度の記録を参考に、遅れを出さないように作業しています。予定より早く終われば、余力が生まれてきます。なかなかまとまった休みは取れないですが、どのように時間を使うか、すべて自分で決められるので、やりたいことに一心になれている気がします」と二股さん。
先輩農家の面倒見のよさ、温かさも新規就農者が定着する要因となっています。
「農家さんは、この産地に新しい方が来てくれることがうれしくて、細かいところまで支援してくれます。二股さんと同じように就農に悩む方たちを見てきましたが、産地に支えられながら、みんな頑張っているので、二股さんも大丈夫だろうと思っていました」と、河村さんは当時を振り返ります。
二股さんは現在、収穫量の約7割を選果場に出荷し、残りを庭先で直売しています。3年目を迎えた今年は、前年より多い収穫量となり、収入増の手応えを感じています。
「就農前、漠然とですが『1haで1000万円を稼ぐ』という目標を掲げ、妻に話しました。3年後には収穫面積が1haになるので目標が達成できるよう、今から準備したいですね」と意気込みを見せます。
二股さんのような新規就農者が更地に再び苗木を定植し面積を増やすことで、呉羽梨産地では前年より栽培面積が増えています。その頑張りに地域の農家が触発され、お互いに支え合う関係性が築かれています。
ぜひ、新規就農者を温かく迎え、着実に育てる呉羽梨産地で梨農家として就農の夢を実現してみませんか?
また、富山県では、呉羽梨産地の担い手対策をモデルとして、今後、他の作物や産地で新規就農者への支援を充実させることとしています。富山県で就農を目指す方のご相談をお待ちしています。
取材協力
二股梨園
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