経験値ゼロの状態からUターンして新規就農へ
東北地方のほぼ中央に位置する岩手県一関市。宮城県と秋田県に隣接し、風光明媚な猊鼻渓や国の名勝・天然記念物に指定されている厳美渓などで知られる自然豊かな街です。
温暖な気候が特徴で、トマトやなす、ピーマン、きゅうり、ミニトマトなどの生産が盛んな場所。農業産出額は県内第一位で、東北地方でもトップレベルを誇ります。その一方で課題になっているのが、農業の担い手不足。一関地方農林業振興協議会では、農業に興味を持つ人が気軽に相談できる場所として毎月「新規就農ワンストップ相談窓口」を設けています。これは、一関市や平泉町で新規就農を希望する人がさまざまな相談を受けることができるサービス。一人一人のニーズや状況に合わせて、農業体験、研修制度、各種支援事業の紹介や提案などを行っています。
この相談窓口を利用してトマト農家への道を歩みはじめたのが、東京からUターンして新規就農した高橋龍祐さんです。
一関市出身の高橋さんは就職を機に上京し、印刷機の修理などを行うカスタマーエンジニアとして働いていました。しかし全国への転勤が伴うため、「子どもが小学生に上がる頃には子どもに故郷を作ってあげたい」と思うようになったそう。祖父が米農家をしていたこともあり、「食に関する仕事はなくならないし、これからの時代に可能性があるのではないか」と考え、「新規就農ワンストップ相談窓口」を訪れました。
「一関市ではトマトとピーマン、なす、きゅうり、ミニトマトが園芸主要品目になっています。その中でもトマトは若い世代が頑張っていると聞き、トマト栽培で就農することを決めました」
高橋さんは相談した翌年にUターンし、一関市の独自事業「新規学卒者等就農促進支援事業」を利用して研修を受講。この事業はJAいわて平泉の臨時職員として働きながら、実地研修や座学を受けることができるものです。地元ベテラン農家のもとで一年かけて、定植から収穫、片付けなど一通りの技術を教えてもらいました。その後、2020年に新規就農。スタートに合わせて農地を借り、パイプハウス10aと環境制御装置をリースで導入して経営を開始しました。
「研修でお世話になった農家さんはベテランなので、作業工程が確立されていてスムーズに進められました。でも、いざ自分でやってみると、次から次へと作業に追われて想像通りにはいきません。結局1年目は、8月中旬くらいに栽培を断念。仕切り直して、研修で教えてもらったことをベースに自分のやり方を模索し始めました」
自分に合ったやり方を考えては挑戦する日々。SNSを通じて全国の栽培情報を収集したり、トマト部会のメンバーに相談しながら試行錯誤を繰り返し、少しずつ今の形に近づいていったそう。高橋さんは「5年目を迎えて、ようやく自分のスタイルが形になってきました」と笑顔で語り、「今年の冬にはハウスを新しく建てて、作付面積を12aから22aに拡大します」と教えてくれました。
スキルを習得するだけでなく、就農後のサポートも万全
異業種から農家へと転身し、着実に成果を上げている高橋さん。その背景には、一関市のサポートのおかげで安心して農業に集中できる環境があるといいます。
「就農後、3人目の子が生まれてからは『いちのせき女性農業者応援事業補助金』を活用しました。これは女性農業者が出産や育児で農作業ができない期間(※対象期間は出産予定日の6週間前の日から出産日後3年までの間)、新たに雇った従業員の賃金(上限1,000円/時間)の半額を補助してくれるというものです。妻が子育てにかかりきりになると、自分一人では手が回りませんので、こうした補助がありとても助りました」
高橋さんは「農業は自分で考えて作業配分ができるので、会社員の頃よりも家族と過ごす時間が増えました。これも農業の魅力の一つだと思います」と語ります。
「この地域はトマト農家が多く、若手からベテランまでみんなが工夫して収量を上げています。そういった周りの姿に刺激を受けますし、自分ももっと頑張ろうと思えるんです」
高橋さんは自身の農業を追求する傍ら、2022年には新規就農希望者の研修を受け入れました。「自分もまだまだなので、研修生には基本的なことを教えながら一緒に作業を進めました」と振り返ります。そんな高橋さんのもとで研修を受けた、菅原宗一郎さんにもお話を伺いました。
稲作農家を継ぐ前に、別の野菜にもチャレンジしたい!
2023年にトマト農家として新規就農した菅原さんは、一関市出身です。父が10haの水稲を経営する稲作農家で、子どもの頃から「いずれは跡を継ぎたい」と考えていたそう。一度は県外で就職し、電気工事関係の仕事に従事。結婚を機にUターンし、地元の企業で働きながら農業への思いを強めていきました。
「水稲は忙しい時期が決まっているので、別の野菜も生産できそうだと思っていました。どれにしようか迷っていたところ、近所に住む高橋さんがトマト栽培を始めたことを聞いたんです。その後、新規就農ワンストップ相談窓口へ行き、いろんな話を聞きながら自分もトマトを作ってみたいと思うようになりました」
全く栽培経験がなかった菅原さんは、2022年に、「新規学卒者等就農促進支援事業」で研修を受講。この事業について「トマトだけでなく、JAの職員としていろんな農家さんのお話を聞く機会もあり、とても勉強になりました」と菅原さんは語ります。
菅原さんが研修を受けた先輩農家は、高橋さんのほかにもう一人、地元で有名な“トマト栽培のプロフェッショナル”小山光雄さんがいます。小山さんは高校を卒業してから長年トマト栽培を手掛けていて、JAいわて平泉トマト部会では成績優秀者として毎年名を連ねるほどの実力者。今までも多くの研修生を受け入れてきた地域を代表する篤農家(熱心な栽培研究に裏付けられた実績を持つ、その地域や作物分野を代表する農家のこと)です。
自分のやる気次第で収量アップも夢じゃない
菅原さんは「研修中は、小山さんや高橋さんの言葉を片っ端からノートにメモしていました。当時はピンときませんでしたが、2年目を迎えた今では『こういうことだったのか』と納得することばかりです」と語ります。そんな勉強熱心な菅原さんの姿は、小山さんにとっても印象的だったそう。「今まで受け入れた研修生の中でも一番熱心でした。そのやる気が、今の成果に結びついていると思います」と、どこかうれしそうに話してくれました。
それでも、就農した最初の年はトラブル続き。圃場の水はけが悪く苦労したほか、中古のパイプハウスが入手できず、自ら単管パイプを使って作り上げたことも。圃場を大規模に改良するなど工夫したおかげで、地域で第1位の反収(たんしゅう・10a当たりの収量のこと)を上げました。
「一関市は、産地として完成されている所に農業未経験者が参入できるのが魅力ですし、支援や制度も充実しています。先輩たちが築き上げたものを使わせてもらえるので、とても有り難い環境だと思っています」
そう話す菅原さんの隣で、小山さんはニコニコと笑顔で「トマト栽培にはたくさんの管理工程があり、全ての株に手をかけないといけません。大切なのは、トマトの身になってしっかりと世話をすること。トマト栽培農家はみんな仲間なので、研修では栽培のコツを包み隠さず伝えています」と語ります。
求めているのは、地域の農業を受け継ぐ未来の担い手
一関市農林部農政推進課の小山貴史主査は、「一関市では『新規就農ワンストップ相談窓口』や『新規学卒者等就農促進支援事業』のほか、『意欲ある農業担い手支援事業費補助金』のメニューとして、就農希望者等への家賃補助や親元で農業経営を継承する場合の一時金など、さまざまな支援制度を用意しています」と語ります。
ほかにも、「農業や一関市に興味があり、まずは体験してみたい」という人に向けて、「一関ふるさとワーキングホリデー」を実施。期間は2週間程度で、賃金を受け取りながら農業体験や観光ができるというものです。小山主査は、「宿泊費の補助もあるので、興味がある方はぜひチェックしてみてください」と教えてくれました。
今回お話を伺った高橋さんと菅原さん、小山さんは、「農業は頑張れば頑張った分だけ収入になるし、自分なりに考えて工夫できるのが魅力」と、口々に語ります。サポートが充実しているからこそ、未経験でも安心して就農できる一関市。ぜひあなたも、農業の世界でチャレンジしてみませんか?
【お問い合わせ】
一関地方農林業振興協議会担い手部会事務局TEL:0191‐52‐4961
FAX:0191‐52‐4965