段取り力が求められる現場リーダー
農業法人へ勤めて4〜5年経過したころ、ボクは徐々に現場を取りまとめるリーダーのポジションを任されるようになってきた。作業の段取りを決めたり機械を使って運搬したりなど、より責任重大な業務に切り替わってきたのである。
補足として、以下に当時の会社全体の組織図を載せておくので参考にしてほしい。
現場リーダーの役目は、収穫しすぎないよう調整しながら効率よく作業できる流れを作ることだ。たとえば、収穫作業なら「ここまで切ったら詰め作業に移ろう」「こっちでは運び始めよう」などと声をかけながら、作業の割り振りを決める。それと同時に次の作業へ移りやすいよう動線を確保するなど、脳みそを常にフル回転させていた。
1日のノルマ(収穫する量や作業する面積など)を決めるのは親方である。そのノルマを達成するため、現場リーダーのボクを中心に社員や実習生、バイトたちが協力しながら仕事をこなしていくのだ。
また、ボクは自分よりも年上の人と作業することが多かったが、年齢の隔たりを感じさせることなく柔軟に接してくれる人生の先輩たちには、とても救われた。
畑にトラックがハマるのは日常茶飯事
収穫作業の際は、効率を上げるためにトラックを畑に入れて作業することが基本だ。道路やあぜ道にトラックを置いておくと通行の妨げにもなるので、畑の中に止める必要がある。
そして、トラックが畑にハマらないように配置決めするのも現場リーダーの務めだ。しかし、雨が降った次の日や圃場(ほじょう)の状況によっては、不本意ながらハマってしまうことがある。そうなると前回の田植え機と同様、トラクターなどの機械でトラックを引っ張り出す手間が発生する。
トラックがハマると時間ロスになるのだが、こういったトラブルのときの外国人実習生はとても心強い。おそらく日本へ来る前に同じような経験をしているのだろう。通常業務よりもテンション高めで協力してくれることに加え、トラブル解決後の「やったぜ!」という雰囲気になんとも言えない高揚感を抱くのである。
憧れだったトラクターやコンバインでの作業の実態
入社してから、トラクターの作業を任される日を心待ちにしていたが、気づけばいつの間にか任されるようになっていた。もちろんいきなりではなく徐々にである。ボクのところもそうだったが、閑散期を利用して、機械の運転について教わるのが一般的だろう。そして機械作業に関わる時間が増えることで、「やはり楽な仕事はないな」と思い知ることになった。
トラクター作業の実態
トラクター作業は体力面では楽に見える。だが実際は、運転席に座りっぱなしなのも意外とキツいのである。
走行スピードは遅く、車道では渋滞を作る原因になりやすいため、朝のラッシュや夕方の退勤時に道路を走ろうものなら周りからの視線が痛い。運転手だってゆっくり走りたい訳ではないのだが、トラクターは最高速度が30キロ前後なことに加え、よほど整備された道でない限り速く走るのは難しい。トラクターはちょっとした道の段差にも敏感で、そこを通るだけでも車体はお祭りの神輿(みこし)さながらに「ワッショイ!」と、跳ね上がるのだ。ハンドルも取られやすく、集中して走行しなければ街路樹や塀などにすぐぶつかりそうになるため、トラクターの運転にはかなり神経を使う。
畑を耕すのも想像しているより簡単ではない。奇麗に耕すには、まずスタートポジションの見極めが肝心となる。タイヤの跡を残さないためだ。作業中は耕した深さや平行バランスを確認することが欠かせないため、後ろ向きで運転している時間の方が長いくらいになる。初めて畑を1日耕した時は、寝違えたのかと思うくらい首が痛くなった。
コンバイン作業の実態
コンバインの運転もなかなかに手ごわい。走るあぜ道が広く、水はけのよい田んぼであればそんなに苦労しないかもしれないが、実際は条件のよい場所ばかりではない。道幅ギリギリで転落しそうになりながらの走行や、水はけの悪いズブズブの田んぼにハマりそうになりながらの稲刈りなど、命懸けの作業になることも多い。
草が多い圃場での稲刈りはコンバインの刈り取り口を詰まらせ、最悪の場合故障に至ることもある。稲刈り繁忙期に故障トラブルに見舞われると、やりきれない気持ちになるのは稲刈りあるあるだろう。
さらに、トラクターやコンバインはトラックに載せて運ぶことも多く、積み下ろし作業には危険が伴う。加えて「トラックはどこに止めるべきか」なども考えなければならない。
こうして機械作業の実態を痛感するのとともに、それを難なくこなす親方の仕事がいかに鮮やかであるかを思い知らされた。
職場以外の人とのコミュニケーション
農業法人に勤めると、職場以外の農業関係者とも関わることが増えてくる。機械の点検・修理に来るJAの整備士や農薬や肥料を運んでくる資材屋、収穫物の納品先である出荷場の人など多岐にわたる。
入社したばかりの頃は挨拶を交わす程度だったが、勤続年数が長くなり業務の幅が広がるにつれ、段々と顔なじみになっていく。
整備士さんと仲良くなって電話番号を交換してからは、「ここの調子が悪い」と連絡すればすぐに来てくれるようになった。修理しながら、不調の原因や直し方を教えてくれるので、学べることがたくさんあった。もちろん経費はかかるので、故障トラブルを起こさないにこしたことはない。
集荷場の人はフォークリフトの操作が飛び抜けてうまい。手が空いているときは荷下ろしを手伝ってくれることもあり、助けられることが多くある。収穫の進捗(しんちょく)やお互いの状況などについて小話できることも気が休まるポイントになる。
皆農業というくくりで仕事をしていてもそれぞれ違う内容なのだから、農業界の幅広さは想像以上だ。
驚愕! 手伝いにくるおじさん・おばさんのスタミナ
ボクが勤めた農業法人は、繁忙期になると地元のおじさん・おばさんにスポット(単発)でお手伝いを依頼していた。収穫と定植が重なる時期は、除草作業まで手が回らないからだ。ボクもおじさん・おばさんと一緒に作業することはあるのだが、毎回スタミナと忍耐力に驚かされる。ボクを含め一緒に作業する実習生やバイトたちの方が若いのだが、すぐに「腰が痛い」と悲鳴をあげる。しかしおじさん・おばさんたちはそんなことを気にも留めず黙々と草取りをするのだから、恐ろしく感じる場面すらある。
パッと見は田舎道を散歩するおじさん・おばさんと変わらず、何なら電車の中で立っていたら席を譲りたくなってしまうくらいだが、中身は超高スペックのベテランなのだ。
またお茶の時間になると、おじさん・おばさん宅で収穫したキュウリやミニトマトを軽く塩もみしたものを持ってきて、おすそ分けしてくれる。それがまた、たまらなくおいしい。そしておじさん・おばさんが現役で農家をしていたころの話を聞けるのも楽しみの一つであった。
雇われ農家になって見えた農業の世界
農業は担い手不足や高齢化といった課題に直面している。だが実際のところ、農業に携わっていない人にとっては人ごとに感じるのは自然だろう。ボクはバンドマンから雇われ農家になったことで、農業界が抱える悩みを目の当たりにした。20代で農業法人に勤めたものの、畑で見かける人や農道ですれ違う人は明らかにボクより年上ばかり。年下の人と話すことはまれであり、今思いつくのは、農業大学からの研修生やスポットの高校生バイトくらいだ。
業務中には、畑の管理が難しくなった農家から「借りてほしい」と話をされることもあった。ボクは雇われ農家なので決定権が無く、もどかしかった。そういった農地の中には、雑草が生い茂る耕作放棄地も見かける。
また農業は体が資本でありながら、設備や機械にも多くの費用がかかる。それでいて利益を出すのはそう簡単ではないので、イチから農家を始めるのは本当に大変だ。
なのでこれから農業に携わるなら、まずは雇用就農して農業の経験を積むのが最善策かもしれない。農業法人に勤めることで、個人農家では経験しにくい効率化の工程や業務を学べるからである。具体例としては、大規模な設備や農業機械を使用した効率的な耕作・収穫作業などが挙げられる。
雇われ農家として向いていることが分かればそのまま尽力してもいい。独立希望であっても、有利なステージから始められるだろう。農業法人へ勤めながら、自分のやりたい農業を見つけてほしい。
現在ボクは現場を離れてWebライターとして活動している。その理由は、農業を違った角度から支えることができないかという考えに至ったからだ。
「雇われ農家」の連載を通して、農業に関心を持つ人を少しでも増やすことができているなら本望である。
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