職業としての農業の魅力を感じ、一歩踏み出すきっかけに
本イベントは、農業に興味を持つ人たちに職業としての魅力を知る機会を提供しようと、民間企業で構成された農業の魅力発信コンソーシアムの取り組みの一環として実施されました。
司会はNHK「趣味の園芸やさいの時間」に10年間出演した川瀬良子さんが務め、開会挨拶では農林水産省 経営局就農女性課長の尾室幸子さんが「地域おこしや雇用就農など、今の時流に合ったテーマを通じて、職業としての農業の魅力を感じ、サポートを得ながら一歩踏み出してほしい」と述べました。
6組7名のロールモデル農業者が、それぞれのテーマに分かれて登壇したトークセッションを振り返ります。
第一部「農業を通じた地域おこし」
まずは、「農業を通じた地域おこし」をテーマに、南信州・長野県喬木村で市田柿栽培に取り組む奥村光希さん（Orchard muku.）、医療業界から転身し東京都青梅市で野菜多品目栽培を行う清水雅大さん（とのわファーム）、岩手県平泉市でイチゴとナスをメインに農園を営む石川智之さん・圭さん夫妻（いっぽファーム）が、それぞれの農業との出会いと地域での活動を語りました。
農業に携わったきっかけと道のり
奥村さんは、結婚後の生活が不安定な時期に祖父母の勧めで喬木村に戻り農業の道へ。次女をおぶって市田柿を手伝う日々から始まり、父や兄の反対を熱意あるプレゼンで説得し農園を継ぐ決意をしたといいます。
清水さんは仕事への熱意から心身のバランスを崩し休職中に農業と出会います。東京・青梅の農園でのボランティア体験が転機となり、「広い畑で感じた心地良さが新たな人生を決定付けた」と振り返ります。
18代続く農家出身の石川智之さんは、大学で生物を学び食品会社勤務を経て、農業ベンチャーでの経験が農業界への本格参入のきっかけに。一方、非農家で出版業界から青果仲卸へと転身した圭さんは、農家の誇り高い姿勢に感銘を受けて農業の世界へ。農業ベンチャーで農家支援に携わった後、自らも2年間の研修を経て平泉町で生産者として歩んでいます。
地域との関わりで育む農業
奥村さんは閉園した農園再開のため新規就農者説明会に参加し、「若いのになぜ今？」と問われながらも熱意で周囲を動かしました。この経験が地域との関わりを深めるきっかけになったと語ります。
清水さんは農業だけでなく地域の空気や人々の温かさに魅了され、東京で有機農業に挑戦。慣行栽培の農家とも交流しながら地域とのつながりを大切にしていると言います。
Iターン就農した石川圭さんは文化や価値観の違いに戸惑いながらも、研修先の人々に支えられ地域になじんでいった経験を踏まえ、「方言も相手の文化を理解することで次第に分かるようになった」と語ります。一方、Uターンの智之さんは、地域ごとのコミュニケーションの違いを実感しつつ、「誠実な姿勢が地域の人々の支援を引き出す」ことを学んでいると話していました。
伝えたい思いと未来展望
奥村さんの夢は海外輸出。個人販売を拡大し自身のブランドを確立したいと考え、まずは市田柿の知名度を国内で広げ、将来的に海外進出を構想しています。
清水さんは、自身も1日ボランティアから始めたように、「農業をやってみたいけど方法が分からない人が気軽に関われる農園を作りたい」と農業へのきっかけ作りを目指しています。
石川圭さんはいっぽファームの名に、岩手の魅力発信と着実に前進する思いを込め、「非農家出身の自身が支えられたように、次の挑戦者の一歩を後押ししたい」と、智之さんは困った時に支え合える仲間づくりを大切にし、「それぞれの歩幅で進みつつも必要な時に肩を組んで助け合える関係を築くことが農業を続ける上で重要だ」と語り、第一部のトークセッションを締め括りました。
第二部「雇用就農という選択肢」
第二部の登壇者は、長野県の大規模農業法人で農場長を務める永崎亮太さん（有限会社トップリバー）、静岡県の農業法人に新卒入社した城樂七海さん（朝霧メイプルファーム）、北海道で企業の農業参入に携わる今村純さん（update株式会社）。異なる経歴と地域で活躍する若手農業者たちが雇用就農の魅力を熱く語りました。
農業を仕事にしたきっかけ、農業への第一歩
永崎さんは、人手不足の農業に関心を持ち、高校卒業後に本格的に就農を考え始めました。目標とする海外の大規模農業を学ぶに当たり、まず日本の現状を知るべきと考え、独立支援を行う企業との出会いをきっかけに農業の道へ踏み出しました。
動物園の飼育員を志していた城樂さんは、就職活動中に酪農と出会いました。休暇や給与の安定性に魅力を感じ、ジョブローテーション制度のある法人に入社し、酪農全般を学びながら成長中です。
今村さんは、農業関連の前職で農業の社会課題に関心を持ったことをきっかけに農業の道へ。就農3年目となる今年から、法人として既存農家から事業を承継し、本格的に農業に取り組んでいます。
現場で感じた農業の実際
永崎さんは、就農当初、若い人材が多く活気ある環境に驚いたそうです。「独立を目指す仲間の熱意に触れ、共に働きたいと感じた」と言います。4年目に挫折を経験しましたが、仲間の支えで乗り越え、環境の変化に対応する組織力の重要性を学びました。
城樂さんは酪農の大変さを感じつつも、シフト調整やフォロー体制の充実に安心感を覚えています。現在は子牛の世話を担当し、動物好きの経験を生かして活躍中です。
社会人経験を持つ今村さんは、農業現場には言語化されていない知識が多いことに気付きました。先輩農家の勘に頼る部分も多く、知識を共有しやすい形にする重要性を実感。コスト管理やシステム構築にも取り組み、効率化を目指しています。
これから農業を目指す人たちへ伝えたい思い
永崎さんは「伝統を守りながら新しい挑戦をし、日本の農業を支えたい」と語ります。組織で課題や目標に向き合いながら喜びを分かち合うことの大切さを経験を踏まえ、これから農業を始める人へ「一緒に挑戦し、農業をより良いものに変えていこう！」とエールを送ります。
削蹄や人工授精を習得し、動物飼育のプロを目指しているという城樂さんは、指導体制の充実や労働条件の安定性を強調し、「雇用就農も選択肢の一つとして考えてほしい」とアピール。
事業承継を完了し、早期黒字化に向けて奮闘中の今村さんも、「将来の方向性に合った環境を選ぶことが大切」とアドバイスしていました。
交流通じ、より農業に理解を深める
会場には登壇者のブースが設けられ、就農に興味を持つ来場者からの質問に応えるなど、交流を深めていました。
第一部で登壇した石川圭さんは本イベントを振り返り、「自分のことを振り返る良い機会になり、改めて農業を頑張ろうと思った」と、意欲を見せていました。
第二部に登壇した永崎さんは、「思いの丈は伝えられた。これで農業に入ってくれる人が増えると良いな」と期待を込めて語ってくれました。
参加者からも前向きなコメントがいくつも寄せられました。実家に帰って家庭菜園のお試し農業から始めたいという40代の男性は、「雇用就農という可能性があり、これまで農業と関わったことの無い人も入りやすい。雇用就農しながら自分の畑を見る方法もあると思った」と、新たな視点を得た様子。
就農を考え中という40代の女性二人からは、「雇用で休みがあるのは魅力的」「半農半Xなどの選択肢もあると思った」など、今後へのヒントを得たようでした。
先輩就農者のリアルな声で多様な働き方の選択肢が提示され、農業に就くことの魅力がクローズアップされる実りあるイベントとなりました。
