本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった人々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。
前回までのあらすじ
異世界のような農業の世界でルールを学び、地道な努力を重ねてきた僕、平松ケン。気付けば地域の農家が集まる部会で、「部会長」という大役を任されるまでになっていた。しかし、地域に根を張るベテランたちの中では、まだまだ“新参者”。その風当たりは今もなお厳しい。
そんな中、新規就農を目指す人たちを応援しようと尽力したものの、立て続けに連絡が途絶えるという予想外の事態が発生し、僕はすっかり意気消沈していた。そんな矢先、僕の元に「平松さん、新規就農研修の担当をお願いできませんか?」という新たな依頼が舞い込んできたのだった。
地域で実施されている「担い手育成塾」の研修担当として、新規就農希望者の受け入れを始めた僕だったが、しばらくするとその“実態”が少しずつ見えてきた。
研修とは名ばかりで、実際には夢を抱いてやって来た若者たちが、ただの労働力として扱われている場面も少なくなかった。その現実を目の当たりにして、僕の胸には言葉にできないやるせなさが込み上げてきたのだった。
部会長として行事に追われる日々……。
「部会長を引き受けたのは良いけど、これは……なかなか骨が折れるなぁ」
部会のリーダーになって以来、僕・平松ケンは地域のあちこちから声がかかるようになった。会合、行事、調整ごと。思っていた以上に“役割”が多く、気付けば農作業より会議の方が多くなっている始末だ。
新規就農してから数年、農業にもだいぶ慣れてきたとは言え、まだまだ半人前の身。自分の作業すら思うように進められず、ぎっしり埋まったスケジュールに忙殺される日々が続いていた。
「そろそろ定植の準備をしないといけないのに……まだ、全然じゃないか……」
気が付けば11月上旬。本来なら余裕を持って進めているはずのタマネギの定植が、まるで新人時代に戻ったかのようなバタバタぶりで始まった。段取りが整わないまま、焦りだけが募っていく。それでも何とか体を動かし続け、苗を植え終えたときには、もう空が茜色に染まっていた。
「ふぅ……。なんとか定植は終わったけど……。あ!今週末って確か……」
思い出したのは、町の一大イベント「秋の収穫まつり」。出店や展示など、部会長として避けては通れない役割が山ほどある。
その上、年末に向けての定例会議も重なり、まさに嵐のような日々。朝が来たと思えば夜になり、夜が明けたと思えばもう次の予定。そんな日々を走り抜けて、やっとほんの少し時間ができたのは、11月も終わりに差しかかった頃だった。
久しぶりに畑へ足を運ぶと、冷たい風の中に、かすかに嫌な気配が漂っていた。
ふと、視線を下ろして息をのんだ。植えたはずの苗が、ところどころで、影も形もなく消えていたのだ。
苗を抜いた犯人をついに目撃!
「え……? なんで苗が抜けてる?」
畝の間にしゃがみこみ、土の上にぽっかりと空いた小さな穴を見つめながら、思わず声が漏れた。予想もしなかった光景に、僕は動揺を隠せなかった。
慌てて畑全体をぐるりと見渡してみる。だが、病気の兆候は見当たらないし、苗が自然に枯れたようにも見えなかった。
「なんだろう……。まだ根が浅いうちだったし、もしかして強風で飛ばされたのか?」
この地域は冬になると北風が強く吹く。その風にあおられて苗が抜けた可能性も、ゼロではない。だが、この半月ほどは季節外れの穏やかな陽気が続いていた。
「おかしいなぁ……」
小さくつぶやきながら、抜けていた箇所に余っていた玉ねぎの苗を植え直す。手に伝わるひんやりとした土の感触が、どこか心細く感じられた。
その日は結局、原因が分からないまま畑を後にした。
——そして、数日後。
晴れた空の下、再び畑に足を運ぶと、目に飛び込んできたのは信じがたい光景だった。
大量の黒い影が、畝の上に群がっていたのだ。
「……カラスか!」
苗の周りで、騒がしく跳ね回る黒い群れ。そのクチバシが、タマネギの苗を次々についばんでいる。まるで遊んでいるようだ。
「こいつらの仕業だったのか! あっちに行け!」
慌てて軽トラから飛び降り、大声を張り上げながら畑に駆け込む。カラスたちは驚いたように羽ばたき、空へと逃げていったが、苗は無残に引き抜かれ、荒らされていた。
その日を境に、カラスとの戦いが始まった。
テグスを張り巡らせ、鳥よけの反射テープや風車を設置してみる。それでも効果は一時的で、気付けばまたカラスが舞い戻ってきている。
「何で、今年に限ってこんなにもカラスが多いんだ……?」
ここまでの被害は、新規就農して以来、初めてだった。
そして、ふと思い至る。
「もしかしたら、部会長の仕事にかまけて、畑の見回りが減っていたせいかもしれないな……」
忙しさに追われ、畑に足を運ぶ頻度が落ちていた。その隙を、あの黒い影たちは見逃さなかったのかもしれない。
僕は反省をこめて、苗の状態を一つひとつ丁寧に見直しながら、改めて畑を見守ることの大切さを噛みしめていた。
その後もカラスとのバトルが続き……
その後も、カラスの被害は止まらなかった。
春になり、夏野菜の定植が始まる頃になっても、黒い影は定期的に畑に現れ、苗を引き抜いたり、新芽をついばんだりと、まるでいたずらを楽しむかのような様子で作物を荒らしていった。
完全に、いたちごっこだった。
そのうち、野菜の葉先を好んで食べる別の鳥たちも群れでやって来るようになり、畑は空からの侵略者たちに翻弄(ほんろう)されつつあった。
近所の農家に話を聞くと、みんな同じように首をかしげていた。
「今年は、他に餌になるもんが少ないのかもしれんなぁ」
なるほど、それなら空腹の鳥たちが畑に殺到するのも無理はない。
「今年はそういう年なのかもしれない。仕方がないか……」
僕はため息まじりに畑の見回りを続けながら、自分にそう言い聞かせていた。
だが、そんな“諦めモード”の僕に、追い打ちをかける事件が待ち受けていた。
スイカが姿を消した原因は……
ある日、いつものように畑を訪れた僕は、目を疑う光景に出くわした。
今年から試験的に育てていたスイカが、忽然と姿を消していたのだ。
「ええ……? 今度はスイカが!?」
不慣れな栽培ながら、順調に育っていたスイカ。その分、ショックも大きかった。だが、大玉のスイカが“丸ごと”消えるなんて、さすがにカラスの仕業とは思えない。あいつらはいたずらはしても、丸ごと持ち去るようなことはしないはずだ。
「まさか……他の害獣が出たのか?」
いや、確かに最近ではサルやイノシシが住宅街に現れてニュースになることもある。でも、この辺りは民家が密集している。そんな獣がうろつけば、すぐに大騒ぎになるはずだ。今のところ、そんな話は一切耳にしていない。
畑の端でぼんやりと立ち尽くしていると、散歩中の年配の男性が声をかけてきた。
「おお、平松さん。スイカは順調?」
僕がスイカを育てていたことを知っていたらしい。どうやら時折、畑をのぞいていたようだ。
「それが……育てていたスイカがなくなってしまって」
僕がそう答えると、男性は少し驚いたように眉を上げ、それからふっと笑みを浮かべた。
「それは気の毒に。もしかしたら、黒い頭をした動物の仕業かもしれんねぇ……」
「黒い頭……?」
僕は思わず、カラスの姿を思い浮かべた。だが、次の瞬間、男性が自分の頭をポンポンと叩いてみせたのを見て、背筋に冷たいものが走った。
黒い頭の大きな動物――。スイカが消えたのは、カラスでもイノシシでもなく、誰かに盗まれたからだった。
レベル25の獲得スキル「”黒い頭の大きな動物”が最も厄介だと心得よ!」
農家にとって、害獣は深刻な悩みの種だ。山間部ではシカやイノシシの被害が頻発し、専用フェンスなどでの防御が日常的になっている。一方、都市近郊の住宅地に隣接する畑でも油断はできない。特に厄介なのが、カラスをはじめとする鳥類だ。ゴミを荒らすイメージが強いカラスだが、農作物に対しても容赦なく襲いかかる。鳥よけネットなどの対策を怠れば、たちまち被害を受け、大きな損失につながりかねない。
しかし、実はそれ以上に頭を悩ませる存在がいる。それが「黒い頭をした動物」——つまり“人”である。最近では、野菜や果物の盗難被害が後を絶たない。直売所での無人販売が増え、ネットやフリマアプリなどで誰でも簡単に物を売買できるようになったことが、盗品の換金を容易にしてしまっている。
農家側としても、防犯カメラの設置や収穫タイミングの工夫など、できる限りの対策を講じる必要がある。その一方で、「誰が作ったか分からない商品に手を出さない」「安さだけで飛びつかない」といった中間業者や消費者の意識改革も重要だろう。