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「AI普及でも需要がある」「人手がかからない」 時代の先読む就農シナリオ

吉田 忠則

ライター:

連載企画:農業経営のヒント

「AI普及でも需要がある」「人手がかからない」 時代の先読む就農シナリオ

農業を始めるとき、考えるべきポイントはさまざまにある。そもそもなぜ農家になるのか。どんな品目を作るのか。どうやって収益化するのか。戦略の立て方で、営農の形は大きく違ってくる。千葉県野田市で就農した中野あずささんへのインタビューを通して、それらの点を探ってみよう。

面積は9倍強からさらに先へ

中野さんは2021年に30歳で就農した。0.7ヘクタールからスタートし、現在までに6.5ヘクタールに広がった。中野さんにとっては通過点であり、いまの機械装備で10ヘクタールまで拡大できると見込んでいる。

品目はサツマイモで、スーパーなどに販売している。2024年からは干し芋の加工も始め、自ら運営するオンラインショップ「超ほしいも」のほか、東京都羽村市にある食品店「いい菜ファーム」で販売している。

中野あずささんが栽培したサツマイモ

中野さんは建設資材を販売する誠豊開発(東京都足立区)の取締役と、印刷会社の(埼玉県三郷市)の執行役員という肩書を持っている。

どちらもトップを務めるのは中野さんの弟で、サツマイモの栽培は誠豊開発、加工はMCPの事業の形になっている。中野さんが就農を決めたとき、弟が「おれの会社でやってみないか」と言ってくれたためだ。

農業機械の購入などの設備投資に関しては、弟の会社が支援してくれた面はある。ただ、これから述べる経緯でわかるように、実質的には中野さんの新規就農の側面が強い。なので以下もその文脈で続けたいと思う。

カラオケ店で学んだ収支分析

中野さんは東京都葛飾区で育った。農業を始める前にさまざまな仕事を経験しており、直前はあるカラオケ店の店舗運営に携わっていた。この経験が就農に際しても生きるのだが、そのことは後述しよう。

「自分で事業をやりたい」。ずっとそんな思いを抱いていた。ではどんな分野で起業するか。分野を絞り込むにあたり、まず条件にしたのは人工知能(AI)の普及でいずれ要らなくなる仕事は避けることだった。

「せっかく事業を始めたのに、業態そのものが衰退してしまうような仕事はやりたくない」。いくら努力して軌道に乗せようとしても、世の中の波に時部分だけで逆らうのは難しいという冷静な読みがあった。

その点、農業なら必要とされなくなるとは考えにくい。「人間が生きていく以上、食べるのをやめることができない」からだ。たとえ農作業でAIを活用したとしても、農業自体が消えてなくなることはあり得ない。

干し芋ののぼり

課題はどんな農産物を作るかにあった。中野さんは農林水産省のホームページをはじめとして、さまざまな情報源にアクセスして品目ごとのデータを洗い出し、独自の基準で作物ごとにポイントを付けていった。

とくに入念にチェックしたのは、作業にかかる時間だ。「農業界は働き手がどんどん減っていくので、作業時間のかかる作物で拡大していくと、どこかの時点で人が足りなくなって行き詰まる」と考えたからだ。

そこで浮かび上がったのが、カボチャとサトイモ、サツマイモだった。このうちサツマイモを選んだのは、加工して付加価値を高める方法が多くあるからだ。収穫体験など、観光農園に向いている点も考慮に入れた。

収支分析など、カラオケ店でデータにもとづく店舗運営を経験したことが役立った。やみくもに農業を始めるのではなく、拡大の可能性を確かめたうえで参入する。中野さんにとって農業は起業に値する仕事だったのだ。

家を買って示した誠意

就農することを決め、2020年春にカラオケ店をやめた。葛飾区からそう遠くない埼玉県や千葉県のいくつかの自治体に相談に行き、野田市に的を絞ることにした。野田市だけ、中野さんの話に耳を傾けてくれたからだ。

とはいえ、いきなり就農に賛成してくれたわけではない。「私の何がネックなんですか」。そうたずねる中野さんに、市の担当者の答えは「農業の経験がない」。当然だろう。いざ就農しても、挫折する恐れがあるからだ。

「わかりました」。中野さんはそう言うと、ただちに茨城県にある私立の農業学校に入った。選んだのは、学校の宿泊施設に住み込んで、さまざまな農業の知識や栽培技術を学ぶコース。そこで3カ月間みっちり研修した。

普通なら、農家のもとで1~2年かけて研修する。だが中野さんが選んだのは別の道。「誰かにお膳立てしてもらってやるのと、自分でやるのとは違う」と思ったからだ。早く独り立ちした方が、スキルが上がると考えた。

農業学校で短期研修した

中野さんがこのとき打った手は他にもある。3カ月の研修の間、休みを見つけては野田市を訪ね、家を買う手続きを進めたのだ。手ごろな物件を探し出し、貯金をはたいて中古の家を購入した。2020年8月のことだ。

中野さんは「どれだけ農業をやりたいのか、誠意を示す必要がある」と思ったという。誠意とは「野田に骨を埋める覚悟を決めること」。それを示す方法が、自宅を購入することだった。同じ時期にトラクターも買った。

「家もトラクターも買いました。あと必要なのは畑だけです」。就農から5年間の事業計画も作成したうえで、再び野田市役所を訪ねた。担当者は「あなたみたいな人は初めてです」と驚いたという。その様子が目に浮かぶ。

もう彼女に待ったをかける理由はない。市の担当者から農業委員会に話が行き、2021年3月に最初の畑が見つかった。茨城の農業学校での研修もすでに終わっていた。念願かない、こうして農家としての第一歩を踏み出した。

農業で食べていけるか怖かった

ここまで読んできて、中野さんの決断力と行動力に驚いた人がいるもしれない。だが当中野さんは当時の心境を「怖かった」と振り返る。「本当に農業で食べていけるのだろうか」。就農前にそんな不安が頭をよぎった。

だからこそ、迷いを振り払うように行動した。家を買ったのはそのためだ。「背水の陣。逃げられない状態に自分を追い込みたかった」。覚悟を決めるとは頭の中だけで考えることではなく、何かを実行に移すことなのだ。

この連載で新規就農者を取り上げるとき、普通は1回に集約する。だが中野さんの場合、あえて2回に分けてみたいと思う。就農までの逸話でいったん区切っても、農業を始めたい人に参考になると考えたからだ。

どれだけ緻密に計画を立て、周到に準備しても、いざ始めてみると予想外のことが農業では起きる。中野さんはその中で、サポートしてくれた人への「感謝」の思いを深めていく。次回は就農後の歩みを紹介しよう。

背水の陣で就農した

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