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逆ペーパーレス化で重くのしかかる負担。後輩農家に助け舟を求めるも…【転生レベル26】

逆ペーパーレス化で重くのしかかる負担。後輩農家に助け舟を求めるも…【転生レベル26】

農業への憧れを胸に、新規就農の道を選んだ僕、平松ケン。まるで異世界のような農村地帯での暮らしに悪戦苦闘しながらも、何とか生き残り、ついには地域をまとめる「ラスボス=部会長」にまで上り詰めた。
しかしその実態は、ベテランと若手の間に挟まれ、雑務に追われる“農業界の中間管理職”。部会のリーダーとして、部内のさまざまな業務を行うようになり、その煩雑さに四苦八苦する中、新たな問題発生の予感が漂い始めたのだった……!

本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった人々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。

前回までのあらすじ

異世界のような農業の世界でルールを学び、地道な努力を重ねてきた僕、平松ケン。気付けば地域の農家が集まる部会で「部会長」という大役を任されるまでになっていた。しかし、地域に根を張るベテランたちの中では、まだまだ“新参者”。その風当たりは今もなお厳しい。

部会長として忙しい日々を送る僕は、明らかに畑を見回る頻度が減っていた。すると、その隙を突くように、カラスたちが群れをなして畑に襲来! 幸い、早めに気付いて被害は最小限に抑えられたものの、しばらくはカラスとの神経戦が続くことになった。

【前回の記事はこちら】
黒い強敵が襲来!カラスとの壮絶バトルの先に待っていたのは……【転生レベル25】
黒い強敵が襲来!カラスとの壮絶バトルの先に待っていたのは……【転生レベル25】
農業への憧れを胸に、新規就農の道を選んだ僕、平松ケン。まるで異世界のような農村地帯での暮らしに悪戦苦闘しながらも、何とか生き残り、ついには地域をまとめる「ラスボス=部会長」にまで上り詰めた。 しかしその実態は、ベテラン…

そして、更に追い打ちをかける事件が発生。試験的に育てていたスイカが、ある日忽然と姿を消したのだ。動物に荒らされた形跡もなく、残された畝は奇麗なまま。……つまり、何者かに盗まれた可能性が高い。僕は、ただただ肩を落とすしかなかった。

昭和の遺物に囲まれた異世界!

「気付けば、もう半年か……」
前任の徳川さんから突然、部会長のバトンを渡された僕、平松ケン。地域のベテラン農家が集う組織の舵取り役を任されてから、半年が過ぎようとしていた。
右も左も分からぬまま飛び込んだこの世界は、都会育ちの僕にとって、正に“別の国の掟”に支配された土地だった。

「いまだに紙のやりとりが主流なんだよな……。時代、どこで止まってるんだか」

部会のメンバーは、ほとんどが60代以上の農業歴ウン十年の猛者たち。彼らにとって「連絡」と言えば電話か郵送、FAXが最先端。チャットツールやメールは、いまだ異端のツールとして扱われている。まるで、文明開化が届いていない異世界に迷い込んだようだった。

そんな異世界の住人となった僕の前に、新たな試練が立ちはだかる。 ことの発端は、2カ月後に控えた年に一度の総会である。部会員はもちろん、JAや自治体の関係者も顔をそろえる一大行事だ。その後に開かれる懇親会の手配も、部会長の役目に含まれている。

「徳川さんは、これを全部一人で準備してたのか……」
さて、何をどのように準備すれば良いのか。早速JAの担当者に相談してみると、返ってきたのは意外な言葉だった。

「いやぁ、実はですね……徳川さん、段取りのほとんどをこちらに丸投げでして」
申し訳なさそうに眉を下げた担当者は、苦笑いを浮かべて続けた。
「でも平松さんはパソコンも使えますしね。資料関係は、お願いできると助かります」

パソコンが使える──それだけで頼られてしまうのか。けれど、ここで首を横に振れる立場にはない。新規就農者はいつまでたっても部外者で、弱い立場にある。
「分かりました。やってみます」
不安を抱えながらも、僕は初めての総会に向けて、資料作りを進めることにした。

総会に向けて大量の書類とのバトルに!

ペーパーレスの時代—。そんな言葉が新聞やニュースで叫ばれるようになって、いったいどれくらい経つだろう。 しかしこの地では、その風はまだ吹いていないらしい。

JAの事務局で過去の総会資料について尋ねたところ、担当者が持ってきたのは、まるで時代に取り残されたような分厚いファイルだった。手渡された瞬間、どっしりとした重みが掌にのしかかる。

表紙をめくると、そこにはぎっしりと書類が詰まっていた。年間活動報告、会計報告、総会の議案、関係各所への案内文にいたるまで、全て紙。そして、それらを事前に印刷し、封筒に詰めて郵送しなければならない。
「これ、グループLINEなら一瞬なのに……」
思わずこぼれた本音が、古びた書棚の間に吸い込まれていった。

「これを一人でこなすのは無理だ。到底、総会に間に合わない」
焦燥の中で浮かんできたのは、ある人物の顔だった。
柴田さん。30代の若手農家で、元はサラリーマン。僕が部会に入ってしばらくしてからやってきた新参者だが、彼は書類作りやパソコン作業に慣れている。言わば、この“紙の迷宮”を一緒に切り抜けられる、数少ない同志になり得る人間だ。
気付けば、僕はスマホを手に取っていた。

「はい、柴田です。あ、平松さん? どうかしました?」
電話口から聞こえる声に、どこか人の良さがにじんでいる。

彼が作業中だという畑へ向かうことに決めた僕は、古びた書類一式を軽トラに積み込み、午後の陽射しに向けて走り出した。

当初は不満そうだった後輩・柴田さんだが……

「……何で、僕なんですか?」
畑に顔を出し、書類作成の協力を頼んだ僕に対して、柴田さんは渋い表情を向けてきた。

「これって、ボランティアですよね? 僕、まだ就農して日が浅いんです。それに、この時期は作業が山ほどあって……正直、書類なんてやってる余裕無いんですけど?」

その言葉は、痛いほどよく分かる。僕自身、新規就農したばかりの頃は、日が昇る前から畑に出て、くたくたになるまで作業に追われていた。気が抜ける暇なんて、どこにも無かった。

それでも、今この状況を一人で乗り越えるのは難しい。
「そこを、何とか頼むよ。無理なところは、僕が全部フォローするからさ」

必死に説得しようとしたその時、柴田さんは視線を鋭くして言った。
「でも、なんで僕なんですか? 役員の人が居ますよね? そっちに頼んだら良いじゃないですか」

鋭い一言だった。気心が知れている分、遠慮なく不満をぶつけてくる。それもまた、柴田さんらしさだった。
そして、彼の言うことも一理ある。部会には僕よりずっと経験豊富な人たちが大勢いる。年齢も、肩書きも、地域での信頼もある人たちだ。本来なら、僕が若手に頼る前に、そうした人たちに相談すべきだったのかもしれない。

柴田さんは追い打ちをかけるように、こう続けた。
「……結局、頼みにくいだけなんじゃないですか? その人たちには」

図星だった。僕は否定できず、ただ黙ってしまった。
けれど、何とかその場を明るくしようと、苦笑いを浮かべながら言った。
「まあ、そう言わないで。きっと何か、良いこともあるさ」

柴田さんは眉をひそめたまま、無言で空を仰いだ。しばらくの静寂がふたりの間を包んだ。
「……まあ、平松さんにはお世話になってますしね。何とか、やってみますよ」

その一言に、僕は思わず顔をほころばせた。
「ありがとう!本当に助かるよ!」
そして後日—。柴田さんは、総会の書類を完璧に仕上げてくれたのだった。

書類をきっかけにベテランと打ち解け……

「おお……これはまた、ずいぶん見やすくなったもんだなあ」
総会当日。資料に目を通したベテラン農家の一人が、思わず声を上げた。その反応は、会場にいた他の面々にも波紋のように広がっていった。

これまで「分かりづらい」「どこを見たらいいか分からん」と毎年のように小言を口にする人がいた総会資料。でも、今年は一味違った。レイアウトは整い、情報はすっきりと整理されている。資材注文書に至っては、項目ごとにチェック欄まで付き、記入漏れの心配もない。その全てが、柴田さんの手によるものだった。

「今回の資料、全部柴田さんが整えてくれたんですよ!」
冒頭の挨拶でそう紹介すると、会場にどよめきが起きた。そして、ひとりふたりと、年配の農家たちが柴田さんに言葉を掛けた。
「いやぁ、手間掛けさせて悪かったな」
「ありがとな。これは見やすくて良いよ」
普段は無口な古参農家までもが、珍しく笑みを浮かべて頭を下げていた。

柴田さんはこの言葉を受けて、どこか照れくさそうに肩をすくめていた。
最初は「なんで自分が」と渋い顔をしていた彼だったが、今ではまんざらでもなさそうな様子で、目元はわずかに緩んでいた。

こうして僕は、部会長として初めて迎えた総会を、どうにか無事に終えることができたのだった。
その日の宴席で、隣に腰を下ろした柴田さんがふと話しかけてきた。

「まさか、あんな書類でこんなにも感謝されるとは思いませんでしたよ。会社員のときは当たり前のことだったんで、逆にちょっと驚きました」
杯を傾けながら、彼はぽつりと笑った。

他の農家たちとなかなか打ち解けられず、部会でもどこか距離を感じていた柴田さん。だが今日、この一件を通して、確かなきっかけが生まれたようだった。
宴もたけなわの頃には、彼がベテラン農家たちと肩を並べて笑い合い、酒を酌み交わす姿があちこちで見られた。ようやく「仲間」として受け入れられたような、そんな穏やかな空気が流れていた。

そして後日。新たな畑探しに苦慮していた柴田さんの元に、一本の連絡が届いた。
「あそこの土地、使ってないんだけど……お前、使ってみるか?」

電話の主は、あの“ラスボス”こと前部会長の徳川さんである。こうして柴田さんは、書類の作成をきっかけに、規模拡大のチャンスをつかんだのだった。

レベル26の獲得スキル「若手にとっての“当たり前”は大きな武器!人脈形成のチャンスにもなる!」

紙の文書、郵送、FAX……。都会ではもはや「遺物」となりつつある昭和のツールが、まだ現役バリバリで使われているのが異世界である。メールやLINE、チャットツールを使えば一瞬で終わる連絡を、わざわざ郵送の案内状を作成して送付したりしている。若い世代からすれば何とも煩わしい作業だが、デジタルツールに疎い高齢者に一から使い方を教えるのも至難の技だ。そもそもスマホやPCを持っていない人も多いため、「不便だけど今まで通りで良いか」という意識が働き、思い切った切り替えがなかなか進まないのが現実である。

一方で、こうした状況は新規就農者にとって、強みを発揮できるチャンスでもある。「転生前の知識」を生かして書類作成を代行してあげたり、スマホなどの電子危機の使い方をレクチャーしてあげたりと、自分たちが「当たり前」だと思っていることを共有するだけで、思いがけない形で喜ばれ、地域の人と打ち解けるチャンスが生まれるのだ。

今回の柴田さんの事例のように、一見すると何の見返りもない雑用でも、結果的に人脈形成
につながり、思いがけないチャンスが巡ってくる可能性もあることを、就農希望者諸君らにはぜひ、念頭に置いてもらいたい。

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