技術の掛け算と地域貢献への熱い思い
大洋化学株式会社、大洋技研株式会社、大洋ユニマック株式会社の3社からなる大洋グループは、プラスチック製の配管用継手・散水器具や、リサイクル原料を用いた樹脂コンパウンドなどを製造販売しています。事業内容が多岐にわたる同グループですが、今回取材に応じてくれた大洋化学株式会社の新規事業開発部は、廃校を用いた植物工場で和歌山発祥のワサビ品種「真妻わさび」を水耕栽培で育てています。
保有しているプラスチック成形技術とLED照明の開発技術の新しい生かし方を考えていた際に、植物工場での葉物の生産に出会い、2014年に葉物栽培向けの水耕栽培システム「Lino Farm(リノファーム)」を開発し、2015年から販売を開始。そして、2016年から、同社代表の「地域貢献・地域での雇用創出」への熱意により、真妻わさびをコンテナで検証栽培することになりました。「この地域にはもともと15以上の真妻わさび農家がいたそうです。ところが、現在は1農家しか残っていません。真妻わさびを名産品として残すために、水耕栽培で育ててみることにしたのです」と教えてくれたのは新規事業開発部の神戸夢乃(かんべ・ゆめの)さんです。
その当時は、ワサビの栽培について知識がある人材が社内にいなかったため、大学や地元の高専などの協力を得たり、ワサビ農家のもとに3カ月通って栽培を学んだりして栽培技術を身につけていったとのこと。その知識を基に、水耕での栽培を開始。葉物栽培向けの水耕栽培装置をワサビ栽培向けに変化させるため、水流の流速や流路、給液と排液の仕組み、空調やLEDとの相互干渉などを工夫していったそうです。約2年にわたる試行錯誤の結果、ワサビの生育に最適化された水耕栽培システムの開発に成功しました。
その後、2022年からは地元の廃校となった小学校の教室を利用。間取りはそのまま、断熱・空調・配管を施して農業用施設へと再生し、大規模な真妻わさびの栽培を開始しました。8つの教室に約160台の水耕栽培棚を設置、約8640本ものワサビが栽培できるそうです。
「廃校の再利用、過疎地域での雇用創出によって、地域を活性化する目的で始めました。現在はその廃校出身の方や地域の高齢の方に働いていただいています。農業は地べたにしゃがむ必要があるイメージが強いですが、水耕栽培なら立ったまま楽に作業ができます。高齢者や女性にも好評です」(神戸さん)
重労働が少なく作業時間も短いため、体力に不安がある人でも参加しやすいうえ、農業経験のない人でも、マニュアル通りに剪定(せんてい)・収穫作業をすれば高品質なワサビが育つ体制が整えられているそうです。掃除や作業がしやすいように簡単に解体・組み立てができるシステム設計になっているので、トラブルが起きた際も少ない従業員での対応が可能です。神戸さんは「一年中高品質な取れたてのワサビを提供できます」と笑顔で語ります。
長年の苦労を経て、栽培のハードルを下げられた
とはいえ、日本国内では植物工場でワサビを栽培している企業はほとんどないことを考えると、技術的に難しい点もあるのではないでしょうか。「最も難しいのは、虫の対策ですね」と神戸さん。虫をできるだけ工場内に入れないよう、防護服、マスク、帽子、手袋を着用してから入室し作業しているものの、アザミウマやアブラムシが出てしまうことがあるといいます。和歌山県内では、ワサビ栽培に利用できる農薬がないため、万が一外虫が発生したら一匹一匹手作業で取り除いたり、水洗いをしたりするしかないそうです。
「天敵の利用を試みるという話も出たのですが、工場内の温度はワサビ栽培に適した20℃以下。天敵の活動も抑制される温度帯のため、管理が難しいとのことでした。一つの教室で害虫が出たら、せめて他の教室に移動しないように細心の注意を払うしかありません」(神戸さん)
また、工場内の室温を20度以下に保つことも難しいそうで「夏場は工場内の温度が上がってしまい、育てているワサビの1/3が枯れてしまったこともあります」と神戸さん。さらに、ワサビは地上部の葉が元気でも、根茎が腐っていることがあります。水耕栽培の場合はとくに、老化した根が自然に脱落しないため、根茎の状態を確認するのが難しいそうです。「育っているように見えても、収穫して初めて不良が判明することも珍しくないんです」(神戸さん)。何年も栽培を継続してたくさんのワサビと触れ合い、観察した結果、少しずつ地上部を見ただけでワサビの状態を把握できるようになってきているといいます。
また、ワサビがストレスを感じ、辛味成分であるアリルイソチオシアネートが過剰に発生すると、自身の細胞を攻撃してしまいます。ワサビが感じる水ストレスを最低限にするために、水が滞留せず、清潔な状態を保てる循環システムを構築しました。
このように、ワサビを水耕栽培するうえで多くの課題がありましたが、一つ一つ解決することで誰でもワサビを栽培できるシステムを開発できたのです。
植物工場は、同社や社会にどのようなインパクトを与えているかと問うと、「当社では研究施設・見学施設の役割もかねており、システムそのものの販売にも貢献しています。何より、ワサビ栽培のハードルを下げたことに意義があると思いますね」と神戸さんは教えてくれました。
ワサビとシステム両軸で世界へ
同社が生産したワサビは地域の飲食店や小売店に加え、ネット通販や地域のイベントで販売されています。今よりもさらに販路を拡大するために、生産したワサビは2025年11月には沖縄大交易会に、開発したシステムは2025年5月に農業WEEKに出品。さらに、和歌山県輸出事業協同組合に所属し、真妻わさびの輸出にも挑戦しているそうです。さらに、販路拡大のため、冷凍ワサビの販売に向けた実験を行っているところだと言います。
神戸さんに今後の展望を聞くと「真妻わさびと栽培システム、どちらも販路を拡大して知名度を上げることで、真妻わさびを和歌山県の特産品として有名にしたいんです。まずは、ワサビを栽培してみたい!と思ってくれる方を増やしたいですね。水耕栽培は従来の農業よりも作業性がよく、業務の効率化もしやすいです。私たちが開発したシステムが今ある農業の形を変え、農業に携わる方が一人でも増えるきっかけになればいいなと思います」と答えてくれました。
地域貢献を目的としてワサビの栽培を始め、数々の困難を乗り越えながらワサビの水耕栽培システムを完成させた大洋化学株式会社。世界に進出することで、日本の農作物のさらなる可能性を提示してくれそうです。
【取材協力・画像提供】大洋化学株式会社