バイク音で牛が暴れだす。起立不全になり出荷が見送りに
和牛の肥育農家をしております。
近隣に住む若者らのバイク音に悩んでおり、ご相談を失礼いたします。
少し前から、夜間に複数人の若者がバイクを駆り出しているようで、その排気音に驚いた牛同士がぶつかり合うなどしたため、牛にけがが見られています。
先日、バイクの音を控えるようメンバーの一人に伝えたところ、しぶしぶながらも了承してもらいました。一時は収まったかに思えましたが、翌週ころには再びバイクの騒音によって牛が暴れ出したのか、2頭が骨折してしまって起立不能となり、予定していた時期に出荷する事ができなくなりました。
このことを前出のメンバーに伝えて弁済を求めるも、「自分は音を控えていた」、「そもそも事故とバイクの音の因果関係は無い」など主張され、話し合いが難航しています。どう解決したら良いか、アドバイスいただけるとうれしいです。
弁護士の見解「因果関係を証明し、損害賠償の請求を」
A バイクを利用していたと考えられる若者に対して、民法709条に基づいて損害賠償の請求を行い、交渉又は裁判の提起を行う事が考えられます。
不法行為に基づく損害賠償請求
民法709条は、①故意又は過失によって、②他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、③これによって生じた損害を賠償する責任を負うと規定しています。本事例では、ご質問者様の牛が骨折しており、予定していた時期に出荷できなかった事から、②ご質問者様の「権利又は法律上保護される利益」が侵害されていると言えます。また、ご質問者様は若者に対してバイクの音を控えるように依頼しており、若者もこれを承諾しているにもかかわらず、若者は、再度騒音を発生させているため、①若者について少なくとも過失が認められるものと言えます。
一方、若者は、「自分は音を控えていた」、「そもそも事故とバイクの音の因果関係は無い」と主張しているため、③牛の骨折が若者のバイクによる騒音によって引き起こされたものかについて争いがあるものと言えます。仮に、若者の主張が正しい場合、即ち、牛の骨折と若者のバイクによる騒音との間に因果関係が認められない場合、ご質問者様は若者に対して損害賠償を請求する事ができない事となります。そして、裁判となった場合には、「牛の骨折と若者のバイクによる騒音との間に因果関係がある事」については、ご質問者様が証拠によって証明しなければならず、証拠によって証明できない場合は、損害賠償の請求が認められない事となります。
加害行為が違法であること
民法709条の要件が全て認められるとしても、それだけで損害賠償の請求が認められない場合があります。仙台高等裁判所平成23年2月10日判決(以下「本判決」と言います。)は、工事の騒音等によって付近の牛について死傷等の被害が発生したとして損害賠償が請求されたという事案であり、本事案と似た事案であると言えます。本判決は、騒音と牛のけがについて民法709条の要件が全て認められても、それだけでは損害賠償は認められず、騒音が発生した事が違法である事が必要であるとしました。その上で、「牛は、一般的な性質として、瞬間の騒音値が高く、突発的で、衝撃的な機械音に対して、驚いて暴走等の異常行動に出やすい事実が認められる」ことを前提に、騒音が発生した事が違法と言えるためには、騒音の程度や発生した時間、牛に被害の内容や程度等の具体的な事実を総合的に考慮して判断するものとしました。本判決のように、特定の事案において、加害行為が違法である事という要件を要求する裁判例が多数存在しています。本判決と似た事例である本事例においても、民法709条の要件に加えて、若者による騒音の発生が違法である事が必要であるされる可能性が高いものと考えられます。そして、この点については、因果関係に関する証明と同様、ご質問者様が証拠によって証明しなければなりません。そのため、バイクによる騒音の程度、騒音が発生した時間・場所、牛の被害の内容・程度などの事実について、ご質問者様の方できちんと証拠に基づいて主張する必要があるものと考えられます。
まとめ
上記の通り、本事例では、牛の骨折と若者のバイクによる騒音との間に因果関係があり、若者による騒音の発生が違法であれば若者に対して損害賠償を請求する事ができます。最も、仮に、ご質問者様がこれら点について証拠に基づいて証明できない場合、裁判において敗訴するだけでなく、交渉においても、若者が請求を拒否したまま何らの賠償を得られない可能性があるという事になります。
事案のポイントを整理
✅故意又は過失によって、他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償しなければならない(民法709条)。
✅民法709条の要件が認められても、事案によっては、加害行為が違法と言えない場合は、損害賠償の請求が認められない場合がある。
✅加害者の行為と被害との間に因果関係がある事及び加害行為が違法である事については、被害者が証拠に基づいて証明しなければならない。何らの証拠が無い場合、被害者による損害賠償の請求ができない可能性がある。
弁護士プロフィール
杉本隼与
2003年早稲田大学法学部卒業。2006年に旧司法試験合格(第61期)
2016年東京理科大学イノベーション研究科知的財産戦略専攻卒業 知的財産修士(MIP)
同年に銀座パートナーズ法律事務所を開設し、現在に至る。
銀座パートナーズ法律事務所