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「悪者探しに意味はない」大規模農家が見る米価高騰の行方

「悪者探しに意味はない」大規模農家が見る米価高騰の行方

コメの高騰が食卓を直撃しています。政府は異例の措置として備蓄米の放出を決定。3月に1回目の入札と、2回目とを合わせて約21万トンを放出 。けれども米価は高止まりのままです。そんな中、江藤拓農林水産大臣が「コメは買ったことがない」 などの発言から更迭され、小泉進次郎氏が後任に就きました。混乱極まる「令和の米騒動」。しかし本質的な課題に目が向けられていないのではと指摘するのが、全国約330ヘクタールの農地 でコメなどを生産する中森農産株式会社の代表取締役、中森剛志(なかもり・つよし)さん です。米価や農家の収益よりも、広い視野で考えたときに見えてくるものとは。

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「悪者探し」に意味はない

――コメの高騰について消費者の不安も言われますが、一方で「農家はもうかっていない 」という報道もありますよね。「中間業者が利益を乗せているために、農家には還元されていない」という風潮も聞かれます。

中森:農家にも当然一定は還元されていますが、「米価高騰で誰が利益を取れているか?」といえば間違いなく卸業者でしょうね。でも別にそれが悪いと僕は思いませんよ。「当然だよね」という感じですね。

――どういうことでしょうか?

中森:量が不足しているので、卸業者は高く買いますよね。高く買ったら、高く売らなければならないし、相場が上がれば尚更高く売ります。在庫を抱えるリスクを背負っているのですから当然のリターンです。当たり前のことを当たり前にやっている。
「農協が価格を釣り上げている」と指摘している人も居ますが、お門違いだと私は思います。そもそも米価は長い間地の底で生産コスト割れを頻繁に起こしていたのに、今年だけ吊り上げたと考えるのは合理性がない。

しかも令和6年産の全農集荷率は26%と激減している。つまり今回の高騰は、令和5年産米の精米時における歩留まり率の低下、と海外のインフレ、そして円安による輸入物価高騰(食料とエネルギー)で実質賃金が減り続けている国民が自給率100%で低価格を維持していた「米」に飛びついたことで、需要と供給の両サイドから需給が締まり発生した、と見るのが合理的です。
仕方の無いことだと思いますし「誰が悪いか」という議論は全く意味が無いばかりか、害ですらあります。メディアや政治家はそれを自覚しなければいけないと思います。

「米騒動」はいずれ「米暴動」になる

――中森さんは以前から日本の食料危機について警鐘を鳴らし、現在も食料安全保障のためにコメなどを作っていますね。令和の米騒動を見ていると、おっしゃっていた食料危機が早めに訪れたような感じがします。

中森:はい、実は構造的な問題も存在しています。定年のない農業界を長い間支え続けてくれていた団塊の世代の方々が全員後期高齢者となり、今年から一気にリタイアしてしまう、いわゆる2025年問題です。中森農産が2025年までに全国展開できる農業法人となることを目標にこれまで規模を拡大してきたのも、この国家的な課題を解決するためです。

このまま何もしなければ、中長期的には米騒動から米“暴動”に発展する可能性すらあります。有事も想定に入れれば、いつ起きてもおかしくない。実際に今、備蓄米を出し続けている。もしも食料が無くなったときの“保険”を減らし続けているんです。備蓄米すら無くなっていることを、もっと怖がらないといけないと思います。国民が飢えてしまうリスクが高まっているということですから。

――お金を出しても買えなくなる時がくる、ということですね。

中森:今はお金を出せば手に入るだけ、ありがたいという話ですよね。

――この状況を打開するには、「安定的な食料供給のために農家が生産し続ける」「安定生産のために政府が支援する」「国民は食べて買い支える」というサイクルが重要なのでしょうか。

中森:おっしゃるとおりです。農家が増産や自主備蓄ができるように国は環境を整備する。主食穀物は常に余らせておく、というのは先進大国として当たり前の政策です。備蓄米の放出は仕方ないことですが、買い戻し条項が形骸化していますから、生産者に対する具体的なセーフティーネットの構築に関して明言しないのは恣意的で無責任だと感じますね。

米が高いか安いかは所得次第ですから、国民の実質賃金が下がり続けている事の方が問題で、米価高騰に対して政府から何ら価格補填が無いというのも理解に苦しみます。燃料や電気などは価格補填を政府がして、国民が買いやすいようにしていますよね。農業もソフトインフラであり、未だに日本人に最大カロリーを供給している米は、命のインフラの筈です。

また、農水省のいわゆる「5年水張り問題」での補助金削減ルールの発出と撤回にしても、食料安全保障を確保するという省の目的が曖昧になっているのではと不安になる動きです。2027年度から根本的に見直すとしている水田政策についても、正直「今まで何をしていたのか。今から更に2年考えるのですか?」という思いです。
我々としては、政府に現場からの情報提供を行いながらも、政治が判断を誤ったとしても食料安全保障を確保できるように民間ベースのイノベーションを起こし続け、農業界を変えていくしかない。農業ベンチャーとして、あるべき農業の姿を徹底的に追求していきます。

「5年水張り」ルールについて詳しくはこちらから

「大規模農家だけを支援する」は間違い

――中森農産では毎年、圃場(ほじょう)を拡大しながら、300ヘクタールを超えていますよね。有機農業での栽培も拡大されています。

中森:今、日本では毎年おおよそ2.5万ヘクタールずつ耕地が減っています 。中には「兼業農家がもっと減ったらいい」と言う人もいるのですが、もうその議論は意味をなしません。なぜなら2025年問題を皮切りに自動的に激減してしまうからです。ですので、考えるべきは農地を担い手にどう集積集約していくのかのみです。

この先、既存の大規模農家が集約できないほどの農地が失われていきますので、1人でも多くの人が、1枚でも多くの田んぼを続けなければ食料安全保障は確保できないと考えています。2070年には日本の15~64歳の人口は4535万人になるという推計があります(「日本の将来推計人口(令和5年推計)」国立社会保障・人口問題研究所 )。2020年と比べて約3千万人減るという計算です。
一方で人口も減りますが8700万人ですから、大国ですよ。消費より早いペースで生産が減り始めるのが2030年頃ですので、食料を供給できなくなるリスクは中長期で高まり、2040年代にピークを迎えます。1人でも多くの農家を残さないと、とんでもないことになると思っています。

2020年(実績) 2070年(推計)
総人口 1億2615万人 8700万人
15~64歳人口 7509万人 4535万人
「日本の将来推計人口(令和5年推計)」国立社会保障・人口問題研究所 より

――「令和の米騒動」では米価の抑制ばかりに焦点が当たりがちですが、この先の食料安全保障といった持続的な視点は不可欠ですね。お話いただき、ありがとうございました。

 

(編集協力:三坂輝)

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