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おいしい牛乳は、高品質な飼料から 耕畜連携が支える酪農の6次化

miyazaki_yu

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おいしい牛乳は、高品質な飼料から 耕畜連携が支える酪農の6次化

生乳の出荷だけでなく牛乳やアイスクリームの加工・販売も行う、千葉県館山市の須藤牧場。同社の製品が高評価を受けているのは、生乳の品質が高いからだ。その背景には、自給的に生産しているデントコーンやソルゴーなどの飼料畑があった。32歳で同社の共同代表を務めている須藤健太(すどう・けんた)さんにお話を伺う。

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20歳で就農、30歳で代表就任

千葉県館山市にある須藤牧場は、乳牛50頭、育成牛50頭ほどの酪農業を営んでいる。「規模としては、周りの酪農家さんよりも少し大きいくらい」と須藤さんは言うが、国内乳牛の99%を占めるホルスタイン種に加えて珍しいジャージー種も飼育する他、牛のストレス軽減につながるフリーストール牛舎や放牧場の設置などの特色豊かな取り組みを進めている牧場だ。販売面でも、牧場内で牛乳やヨーグルト、アイスクリームを加工して自社サイトや直営店で販売する他、地域事業者との協業も進めている。

須藤さん提供、須藤牧場の放牧場風景

放牧場の光景

須藤牧場の歴史は大正時代にまでさかのぼる。須藤さんは4代目だ。若くして歴史ある牧場の経営を任されたことについて、須藤さんは「実は、7歳の時から牧場を継ごうと思っていたんです。酪農体験を受け入れていたこともあり、私にとって牧場とは、子どもたちが楽しく遊ぶ場でした」と語る。

「地域に愛される牧場を、できるだけ早く継ぎたいと思っていました」との言葉通り、須藤さんは20歳の時に就農した。当初は父の下で酪農の経験を積んでいたが、すぐに経営者としての才覚を現す。須藤牧場で行われている作業の可視化を主導し、農場HACCP推進農場指定に貢献した。

その後、須藤牧場の直営店の店長を任され、現場からは一旦離れることに。「私が店長に就任したときは、須藤牧場としても6次化を進めはじめたころでした。当時は直営店を含む飲食店部門は赤字で、早急に軌道に乗せることが任務でした」(須藤さん)

そこでの試行錯誤の経験が、須藤さんを大きく成長させたようだ。「地域の事業者さんも巻き込んだ施策が評判を呼び、お店の売上高も1.7倍に伸びました。この直営店での成功体験が、後の事業展開につながっているような気がします」(須藤さん)

須藤牧場の須藤健太さんとお父さんの裕紀さん

須藤さん(右)と、共同代表を務める父・裕紀(ひろのり)さん

6次化に取り組むことで、経営リスクを回避する

「シングルミルク」をご存じだろうか。スーパーなどに並ぶ通常の牛乳は、多くの牛から搾った生乳を混ぜて作られる。須藤牧場のシングルミルクは、1頭の牛から絞って作られる牛乳だ。筆者が飲んだのはジャージー種の「おおぞらちゃん」のシングルミルクだったが、他の牛から取れるシングルミルクはまた違った味わいがあるそうだ。

このような取り組みは、コロナ禍以降に須藤さんが始めたそうだ。「2020年、軌道に乗りはじめていた直営店の売上が一気に落ち込んだことを受け、牛乳のボトル販売を始めました。これまでグラスでの提供は行っていたのですが、それをボトルに充填して、インターネット販売や小売店への卸売販売を開始したんです」

結果的に、この経営判断はピタリとはまった。「ボトル販売をきっかけに、納品先が一気に増えました。実はコロナ禍以前は、6次化が経営の足を引っ張っていたんです。ところが今では農場だけだと赤字になってしまい、逆にインターネット販売や小売店への卸売販売などの6次化施策が経営を牽引する形となっています」と須藤さんは言う。

須藤牧場が出しているシングルミルク

1頭の牛から搾った「シングルミルク」。ホルスタイン900mlで790円に対してシングルミルクは同じ900mlで1900円(取材時)と、シングルミルクは他の牛乳に比べて高価格で販売されている

もちろん、6次化の取り組みの全てがうまくいくはずはない。「新事業が当たるか当たらないかは、やってみないと分からない。そして、当たる可能性の方が断然低いことも事実」と須藤さんは認める。それでも新しい施策に今なお取り組んでいるのは、事業を末永く続けていくためにはリスク分散が必要だと考えるからだ。「例えば、小売店様に牛乳を卸していますが、このままいけば販売数は頭打ちになると予想しています。その対策の1つが有機JAS登録で、オーガニックスーパー様などを開拓していきたいです」(須藤さん)

そのための投資を、同社は惜しまない。財務状況の中で、特徴的なのが人件費の高さだ。これについて須藤さんは、「週休二日制や残業代の割増といった他業種なら当たり前のことをしているのもあるのですが、それとは別に新事業開発に注力していることも要因の1つです。配送スタッフや製造スタッフの人々が、私が考えたアイディアを形にしてくださるお陰で、新事業開発を円滑に進められています」と話した。

須藤さん提供)牧場内で飼育されている育成牛

牧場内で飼育されている育成牛

須藤牧場の根幹を支える飼料畑

実際に口にすれば分かるが、須藤牧場で作られた牛乳やアイスクリームはすごくおいしい。こうした品質の高さは、須藤さんが打ち出すさまざまな取り組みの礎だと言えるだろう。高品質の秘訣(ひけつ)は、自社製造している飼料にある。

同社では、デントコーンやソルゴーを自給し、牛の飼料として利用している。1.3ヘクタールの放牧場に対して飼料畑は6ヘクタールに広がっていることからも、耕畜連携に力を入れていることはお分かりいただけるだろう。その歴史は40年にもわたり、「アメリカで農業を学んだ父が現地の飼料作りに感銘を受けて、その技術を持ち帰ってきたことがきっかけです」と須藤さんは言う。

デントコーンやソルゴーが植えられている飼料畑。イノシシ除けの電柵が張られている

デントコーンとソルゴーが植えられている飼料畑。周囲にはイノシシ除けの電柵が張られている

一般に、乳牛に与える飼料は粗飼料と濃厚飼料に大別される。同社では、粗飼料の8~9割を自給。「100%自社で製造してしまうと台風などの災害リスクが重くのしかかることになるので一定量は購入することにしています」(須藤さん)

自給している粗飼料の品質の高さが、同社の全ての事業を支えていると言っても過言ではない。「父の卓越した技術により、牛の飼料サイレージのコンテストでは3年連続最優秀賞をいただきました。水分量、pH、香り、味など、全てにおいて高品質なサイレージを生産しています。弊社の牛乳は世界でもトップクラスだと自負しているのですが、その秘訣は飼料にあります」と須藤さんは話す。

なぜ、同社では質の良い飼料を作れるのか。大きな要因として発酵方法がある。「牛に与えるサイレージはデントコーンやソルゴーを発酵させて作るのですが、その際には乳酸菌を投与して発酵を促すのが一般的です。しかし弊社のサイレージには、乳酸菌を一切入れていません。館山の地場の菌を使って、長期間にわたりゆっくりと発酵させる独自の製法を採用しています」(須藤さん)

サイレージづくりに向けて、収穫されたデントコーンやソルゴーを発酵させる作業

敷地内で行われているサイレージ作りの様子。デントコーンやソルゴーを、地場の菌を使って発酵させている

須藤牧場のサイレージを作ることができるのは、須藤さんの父しか居ない。須藤さんにとっては、父の技術を継承することが大きな課題だ。「畑仕事は父がずっと一人でやってきたのですが、父は根っからの職人で、どの作業がなぜ必要なのかを一切言ってくれないんです。だから、私が父の動きをつぶさに観察して、父が畑にいつ出ているのかをカレンダーに記録して、作業を行っている姿を写真や動画で撮影し、父の作業をデータ化しています」と須藤さん。父の技術を継承すべく尽力している模様だ。

須藤さんは、単に飼料作りの技術を継承するだけでなく、その先を見据えている。ゆくゆくは飼料畑の拡大を進める意向で、「他の酪農家さんにも販売すべく、準備を進めています」と話す。その他にも、上述した有機JASミルクの製造に当たって、乳牛に与える有機飼料を安定的に生産できる体制作りも進めている。

須藤牧場に併設されている直営カフェ

牧場に併設されている直営カフェ

地域になくてはならない酪農家を目指す

須藤牧場の取り組みの1つに、千葉県内の飲食店を巻き込んだ地域活性化イベント「生シェイク祭り」の運営がある。「県外からの観光客の人々に、千葉県の飲食店さんをもっと知ってもらいたいと考え、企画しました。須藤牧場の生シェイクを通して観光客とのコミュニケーションを取っていただくイベントで、今年で7回目になります」

その他にも、地域を盛り上げるための取り組みを紹介してくれた。例えば、全国的に問題となっている耕作放棄地への対策だ。「館山・南房総でも耕作放棄地は増えています。耕作放棄が進むと、イノシシは市街地にも降りてくる。子どもの通学路に出没すれば、命の危険にもつながります。だからこそ、千葉の耕作放棄地で飼料を栽培して、人への獣害を予防したい。人が食べる作物に比べて飼料作物は手間が比較的掛からないので、小さい力で耕作放棄地の問題を解決できます。これに取り組むことは酪農家としての使命です」(須藤さん)

将来的には、日本・世界に残っている飢餓を解消するのが目標だ。「日本には、食べ物がなくて苦しんでいる人がまだまだ居ます。牛乳は、そうした課題に対する解決策になり得る」と須藤さんは話す。

「地球規模で見れば、100億人の市場規模が見込まれるのが農業です。しかも、全ての人は食べ物を食べるわけなので、やり方次第では可能性はすごく高い産業だと考えています。輸出はもちろん、アフリカやインドでの牧場経営にもいつか取り組んでみたいですね」

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