本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった人々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。
前回までのあらすじ
新規就農者として経験ゼロの状態から農業の世界に飛び込んだ僕・平松ケン。これまでの常識が通用しない独自のルールやしきたりに直面し、「僕は異世界に転生したのか?」と幾度も衝撃を受けながらも、この世界に少しずつ溶け込み、気付けば地域の農家が束ねる部会のトップを任されるまでになった。
それでもいまだに新参者というレッテルを拭い去ることはできず、ベテラン農家に奔走される毎日。研修旅行の行き先を決める際には、部会の役員たちから行きつけの喫茶店に呼び出され……。
お店に入ってみると、簡単な打ち合わせをするだけなのに、ものすごい豪華なスイーツが登場。その後も打ち合わせのたびに、同じような無駄遣いが続いた。「いつもこんな風にお金を使っているのか?」と思った僕は、これまでの部会の経費を確認してみることに――。
すると、部会の役員だけが集まって大量に飲食をしていた事実が発覚!ベテラン農家にそのことを指摘するも、「みんなやってきたことだから」と返ってくるだけだった。こんな風に歴代の役員が運営費を使い込んでいたとは……。僕はこれまで知らなかった真実を知り、愕然とするのであった。
地域の農家が市役所に集められ……
部会のトップを任されてまもなく一年。相変わらず市役所や農協が主催する地域の会議に顔を出す日々が続いていた。農業に関する協議だけでなく、地元の祭りや学校行事、地域清掃に至るまで、内容は実にさまざまだ。
「地域の人たちと繋がっておくことも、大事な仕事のひとつだよな」
そう自分に言い聞かせながら、今日もまた会議室の椅子に腰を下ろしていた。場所は市役所の一角にある中会議室。定刻前には、ちらほらと見知った顔ぶれが集まり始めていた。
「平松さん、どう?元気?」
背後から声をかけてきたのは、サツマイモ部会の山本さんだった。厚手の作業着のまま、少し額に汗をにじませている。
サツマイモがこの地域で作られるようになった当初、生産者はわずか数戸の農家だけだったという。だが、ある時期から大手スーパーとの契約が始まったのを契機に、一気に増加した。いまでは“地域の顔”といっても過言ではないほどの一大勢力になっている。
「こんにちは。おかげさまで、何とかやってます」
軽く会釈を返すと、今度は前方から別の人物が近づいてきた。
「こんにちは、頑張ってるね!」
声をかけてきたのは、トマト部会の山内さん。話を聞けば、彼もかつてはサラリーマンだったそうだ。脱サラして農業を始めて20年以上、もはや“新規”とは言えない。その立ち居振る舞いは、もはや重鎮といってもいい風格を漂わせている。
部会の規模こそ大きくはないが、地元の伝統野菜に指定された品種を栽培し、全国的な知名度を誇っている。今ではこの地域を代表するブランド野菜の一つだ。
顔見知りの農家たちと挨拶を交わしていると、市役所の担当者が部屋に入ってきた。
「それでは、会議を始めます」
事前に届いた案内状によると、今日は来月行われる地元の祭りについての打ち合わせらしい。
祭りへの出店を打診されるが重い空気に
「今度のお祭りについてですが……」
そう切り出した市役所の担当者は、少しかしこまった様子で資料をめくり、ゆっくりと話し始めた。どうやら地域の商工会からの要請で、今年のお祭りのメイン会場に設けられる特別ブースの一角に、地元野菜の販売コーナーを出してほしいという話らしい。
僕の所属する部会にも、その話が正式に回ってきた。どうやら過去にも同様の依頼があったようだが、以前の部会長がずっと断ってきたのだという。
今回、僕が部会長になったことで、ここぞとばかりに、改めて参加を打診してきたようだった。
「最近はスーパーの野菜も高くなってますしね。お祭りの場なら、結構売れるんじゃないかと思うんですが」
市の担当者はそう言って笑顔を見せたが、会議室に並ぶ農家たちの顔はどこか曇っていた。
――あれ? なんでみんな、こんなに乗り気じゃないんだ?
僕がそう思っていると、サツマイモ部会の山本さんがゆっくりと口を開いた。
「いやねぇ……。去年も同じ話で出店したんだけどさ、正直、あんまり売れなかったんだよ」
その言葉に、会議室の空気がさらに重くなる。聞けば、販売コーナーは場所が悪く、人通りも少なかったとあって、かなりの量が売れ残ってしまったという。
「去年の担当者は異動しちゃってるんで、今の人は詳しくご存じないでしょうけどね……」。山本さんの言葉に、市の担当者は申し訳なさそうに顔をしかめた。
続けて、トマト部会の山内さんが静かに切り出す。「そうなんですよ。うちも出店しましたけど、やっぱりあの場所は厳しいですよね」
以降も後ろ向きな意見が次々に上がり、気づけば会議室は重たい沈黙に包まれていた。
祭りの当日、会場に足を運んでみると……
農家たちの話を整理すると、この祭りは商工会が主催しているイベントのため、人通りの多いエリアは地域の商店や飲食店で埋まり、農家の販売ブースは隅に追いやられていたというのだ。
その事実を知った市の担当者は、昨年の状況について詫びながらこう約束してくれた。
「わかりました。そのあたり、商工会の担当としっかり話をつけておきます。今年こそは、ちゃんと人通りのある場所を押さえますから」
その一言に、僕だけでなく、大半の農家たちが参加を了承した。完全に納得したわけではない様子だが、「今年こそは」という言葉に少しだけ期待を抱いたのだった。
――そして迎えた、祭りの当日。
会場に足を踏み入れた瞬間、僕は思わず目を見張った。
通り沿いのメインスペースに、大きな白いテントが立ち並び、「サツマイモ」「トマト」と大きく掲げられた横断幕がはためいていた。
「これは……売れそうですね!」
僕が山本さん、山内さんと顔を見合わせながらそう言ったところで、市の担当者が姿を現した。
「お疲れさまです。すみません、平松さんのブースは、あちらの方になるんですが……」
そう言って指さした先には、メイン会場から外れた、やけに静かな一角があった。昨年、人通りが少なくて売上が伸びなかったという、まさにその場所である。設営されたテントには、小さく「新鮮野菜の販売」とだけ書かれている。それはもう、目立たないように設計されているかのようだった。
僕はしばらくそのテントを見つめたまま、言葉を失った。
休憩所の雑談から、衝撃の事実が発覚!
「え……あそこですか?」
言われた先を見て、僕は思わず苦笑いを浮かべた。
確かに、うちの部会はネギがメインで、サツマイモやトマトに比べたら、注目度では敵わないのかもしれない。サツマイモ部会は圧倒的な規模だし、トマトはすでに“地域ブランド”として確立している。
……それにしても、あまりにも扱いが違いすぎないか?
市の担当者は「ごめんなさいね」と申し訳なさそうに言ったが、それで納得できるほど、僕の胸のもやもやは小さくなかった。でも、今の僕に抗議する力なんてない。
「わかりました……」
そう口にして、僕はトボトボとテントへ向かった。
案の定というべきか。メイン会場の賑わいとは裏腹に、僕のブースは静まり返っていた。
サツマイモやトマトは次々に売れているようだった。どのテーブルにも人だかりができていて、「ありがとうございます」というスタッフの声がこちらのブースまで響いてくる。
それに対してこちらは、通りすがりの来場者がときどき立ち止まる程度。張り切って持ってきたネギは、大量に積まれたままになっている。
「……これじゃあ、売れないよな」
まだ午前中だというのに、僕の心には早くもあきらめムードが漂っていた。
気分を切り替えようと、少し早めに昼休憩を取ることにした。
休憩スペースに向かうと、ちょうど山本さんと山内さんがテーブル越しに話し込んでいるのが見えた。ドリンクを片手に近づいていくと、山本さんが僕に気づいて声をかけてくる。
「そういえば平松さん、補助金の申請って出した?」
「え? 補助金って……何の話ですか?」
完全に寝耳に水だった。眉をひそめる僕に、山本さんは「あれ?聞いてないの?」と不思議そうな顔をした。
詳しく話を聞いてみると、つい先日、市役所の担当者から新しい補助金についての説明があったという。山内さんもうなずきながら、「うちにも案内があってね。条件に合うかはまだ分からないけど」と話した。
え……? うちにはそんな話、何ひとつ来ていない。
二人の話によれば、市やJAがバックアップするかたちで、補助金を活用したPR活動が進んでいるのだという。
たしかに、サツマイモもトマトも、この地域を代表する作物だ。でも、作っているものが違うというだけで、こんなにも対応に差があるなんて――。
もう一度自分のブースを思い出す。人の流れから外れたその場所に、誰の目にも触れずに並ぶネギたちが、ぽつんと頭に浮かんだ。僕はやるせない気持ちでいっぱいになった。
レベル28の獲得スキル「対応の差は歴然?地域が推す作物に注目するのが吉!」
同じ農家なのだから、平等に扱ってほしい――。そう思う新規就農者は少なくないだろう。
けれど現実には、そう簡単にいかないことが多い。
役所やJAの担当者は、どうしても地域の特産品やブランド野菜といった「力を入れている作物」に目が向きがちだ。そもそも農業というのは、地域の風土に根ざした作物が長く育てられてきた背景がある。そうした中で、限られた予算や人員を注ぐ対象を選ぶことは、ある意味で「合理的な判断」とも言える。補助金などの支援制度も同様で、注目されている作物を栽培する農家が優先的にサポートを受けるケースは少なくないのが実情だ。
だからこそ、新たに農業を始めようとする人が、地域であまり栽培されていない品目に挑戦する場合には、慎重に検討した方がいい。もちろん「自分がやりたいかどうか」は大事な判断軸だが、同時に「行政や地元の農協に応援してもらいやすいかどうか」も、品目選びの重要なポイントとして頭に入れておくべきだ。