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「使命感のため」から「普通の選択」へ 東京で芽吹く新たな就農の形

吉田 忠則

ライター:

連載企画:農業経営のヒント

「使命感のため」から「普通の選択」へ 東京で芽吹く新たな就農の形

地方に移住せず、都市近郊で農業を始める――。そんな流れの象徴のひとつになっているのが、「東京NEO-FARMERS!(ネオファーマーズ)」と呼ばれる農家の集まりだ。10年以上にわたり、彼らの就農を支援してきた東京都農業会議の松澤龍人(まつざわ・りゅうと)さんにインタビューした。

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東京には農地を貸す習慣がなかった

東京ネオファーマーズは、都内で農業を始めた農家のグループだ。共同販売を目的にしたグループではないが、何人かで一緒にマルシェに参加したり、飲食店に販売したりすることはある。共通のロゴもある。

そんな緩やかで自由な集まりを支えているのが、東京都農業会議で業務部長を務める松澤さんだ。懇親会も定期的に開いている。

発端は10年以上前。就農の相談に来た夫婦をサポートし、東京都瑞穂町で農地を見つけることに成功した。2009年のことだ。

懇親会

東京ネオファーマーズの懇親会の様子。左端が松澤さん(2015年撮影)

「本当に大変だった。同じことをもう一度やるのは難しいと思った」。松澤さんは最初の一組が就農したときのことをそう振り返る。他人に農地を貸す習慣が都内にはなく、就農の仕組みが整っていなかったからだ。

その夫婦が就農し、一息つけたと思っていたところ、新たに3人が窓口を訪れた。「もう一回やってみるか」。松澤さんは自らを励まし、3人の就農に道筋をつけた。これを機に都内で農業を始める流れができた。

就農支援のノウハウはその後、徐々に高まった。松澤さんは「どこに住んで、どう野菜を売るかをアドバイスできるようになった」と話す。瑞穂町をはじめとして、就農者を積極的に受け入れる自治体も現れた。

東京ネオファーマーズというグループ名は2012年にできた。現在のメンバーは約70人。離農した人は一部にとどまっている。

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環境問題や循環型社会への関心からスタート

もともと農業には「地方でやるもの」というイメージがある。都市近郊でまとまった農地を確保するのが難しいことがその背景にある。

東京都となると、そのハードルはとりわけ高くなる。ではどんな人がなぜ都内で農業を始めようとするのか。この点に関し、松澤さんは「はじめのころと比べて、就農者のタイプが大きく変わった」と話す。

「当初は社会的な使命感を持って就農する人が多かった」という。環境問題に関心があったり、循環型社会の実現を目指していたりする人だ。農薬や化学肥料を使わない有機農法を選ぶ人が自ずと多く集まった。

都市近郊で農業をやる意義のひとつもそこにある。農産物を広域流通に乗せず、消費者にじかに売り、つながるチャンスがあるからだ。彼らの多くは、農業を通して地域社会と結びつくことを模索した。

東京で就農するのはまだ例外的な選択肢だった。だからこそ、「自分がなぜここで農業をやるのか」という点について、強いこだわりや信念があった。新しい流れをつくる人たちとはいつもそういうものだろう。

ロゴ

東京ネオファーマーズのロゴ

特殊な選択肢でなくなった

当初は何らかの使命感を抱いて都内で就農することを選ぶ人が多かった。だが松澤さんによると「5~6年前から流れが変わってきた」。具体的には「職業として農業を始める人が増えてきた」という。

もちろん、初期のメンバーも農業を職業にしている点では変わりはない。だが微妙な違いがそこにはある。「自分の生き様と重ねるのではなく、好きな仕事としてやりたいと思う人がここ数年増えてきた」。

これは重要な変化だろう。強いこだわりを持った人がまず道を切り開き、その後に農業を選択肢のひとつとして自然体で考える人が続く。都市近郊で農業をやるのが特殊なことではなくなってきたのだ。

マルシェ

マルシェに集まった東京ネオファーマーズのメンバーたち(2019年撮影)

松澤さんは「世の中が変わったことも大きい」と話す。「大学を出て会社に勤めるのはまだ主流かもしれない。でも他に選択肢もあるという考えも、いまや普通になってきた」。農業もその対象のひとつになった。

農業界も変化した。かつては「絶対にやめないという覚悟がなければ受け入れない」という雰囲気が一部にあった。一見、閉鎖的とも映るそうした姿勢が、新たな人材を呼び込むうえで壁にもなっていた。

この点に関し、松澤さんは一定の理解を示す。「普通なら、農地を売って他の事業を始める。そうしないで東京で農業を続けてきた人たちが、就農者に対して『おれの気持ちがわかるのか』と思うのは自然なこと」。

就農者が真剣に農業に向き合う姿を見せる中で、そうした雰囲気も和らいでいった。就農者は地域の農業の新たな担い手になっていった。

農業をやることが「幸せ」に

ここまでポジティブな話を中心に紹介してきたので、別の側面にも触れておこう。松澤さんによると、「都内で農業をやることの大変さはいまも変わらない。儲けるのはそう簡単なことではない」という。

農場を広げて売り上げを増やしたり、施設栽培で経営を軌道に乗せたりした人も中にはいる。だがまとまった農地を確保する難しさは都市近郊農業の構造的な課題であり、地方と同じようにはいまもいかない。

就農を希望して東京都農業会議を訪れる人は、法人も含めると年100人を超す。就農計画をチェックしたうえで、やめるよう説得することも少なくない。それでも挑戦したいと思う人を、全力でサポートする

松澤さんは「ネオファーマーズのみんなに共通しているのは農業が好きなこと」と話す。タイプは変わっても、農業をやることを「幸せ」と感じている点では同じ。その実感が就農者たちの日々を支えている。

サポート

就農者のサポートに奔走してきた

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