本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった人々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。
前回までのあらすじ
新規就農者として経験ゼロの状態から農業の世界に飛び込んだ僕・平松ケン。これまでの常識が通用しない独自のルールやしきたりに直面し、「僕は異世界に転生したのか?」と幾度も衝撃を受けながらも、この世界に少しずつ溶け込み、気付けば地域の農家が束ねる部会のトップを任されるまでになった。
部会長に就任してからというもの、地元のお祭りや行事に参加する機会が格段に多くなった僕は、祭りのメイン会場に準備された特設ブースで「野菜を販売して欲しい」とお願いされたのだが……
祭りの当日、会場に足を運んでみると、市役所が推すブランド作物を作っている農家たちには人目につくメインスペースが与えられた一方、僕に用意されたのは、ほとんど人通りがない会場の隅。しかも、色々と話を聞いてみたら、補助金申請時の対応なども作物によって全然違っていることが判明! 「栽培する作物によってこんなに変わるのか……」と、僕はまた農業の新たな現実を知るのだった。
アスパラを新たな収入の柱に
僕がアスパラを育て始めたのは、今から5年前のことだ。
きっかけは、農業経営の収入源を増やしたいと思ったからだった。現在の作物だけでは、どうしても気候や相場に左右される不安がつきまとう。何かもう一本、自分なりの柱を作れないか──そう考えて手を出したのがアスパラだった。
この地域でアスパラを本格的に栽培している農家はほとんどいない。まさにゼロからのスタート。栽培方法も出荷先も手探りで、一つずつ調べながらのチャレンジだった。
「うまくいくかどうかなんて、分からないよな。でも、やるしかない」
そんなふうに自分に言い聞かせながら、少しずつ畑を整え、栽培を始めた。

売り先は、地元のショッピングセンター内にある農産物直売所だ。全国展開する会社が運営していて、5年前にオープンした当時「ぜひ出荷してもらえませんか?」と声をかけてもらったのがきっかけだった。
出し始めの頃は、まったく売れなかった。1日に数袋売れたら御の字。夕方になっても売り場にぽつんと残っているアスパラを見て、「今日も持ち帰りか…」と肩を落とす日も少なくなかった。
それでも、粘り強く出荷してきた甲斐もあって、お客さんの反応は少しづつ変わっていった。
「朝採れのアスパラ、柔らかくておいしいね」
「地元の野菜だから安心して買える」
3年目に入ったころには、朝並べた分が昼過ぎには完売してしまうこともあった。
「よし、来年はもうちょっとだけ面積を増やしてみようかな?」
そんなことを思いながら迎えた収穫終盤、1人の訪問者がやってきた。
噂を聞きつけた後輩農家が畑へ
「こんにちはー、平松さん、いらっしゃいますか?」
軽トラの音と一緒にやってきたのは、2年前に新規就農した滝川くんだった。年はひとまわり下だが、この地域で頑張る数少ない若手農家の仲間だった。

「おう、どうしたの?野菜の調子はどう?」
「あ、はい。なんとかやってます。今日はちょっと気になることがあって……」
滝川くんは少し照れくさそうに頭をかいたあと、こう続けた。
「実は、直売所でアスパラがめちゃくちゃ売れてるって聞いて。平松さんのですよね?」
「うん、まあ……ありがたいことにね。少しずつ固定客もついてきたみたいで」
「いいなあ……。僕もやってみようかな、アスパラ」
その言葉に、僕は思わず苦笑いをしてしまった。
「いや、簡単じゃないよ?初めは全然売れなかったし。収穫も色々と大変だよ」
「でも、平松さんがやってるってことは、できないことはないってことですよね?」
そう言って笑う滝川くんを見て、ちょっと複雑な気持ちになった。
(せっかく、僕が地道に広げてきたアスパラの市場に、後から参入されるのって、どうなんだろう……)
そんな思いがよぎりながらも、僕はこう言った。
「まあ、挑戦してみるのはいいことだよ。自分なりに頑張ってみなよ」
「ありがとうございます!じゃあ、タイミングをみて挑戦してみます!」
そう言って帰っていく後ろ姿に、僕の心はどこかざわついていた。
ある時、直売所に大量のアスパラが!
時は流れて2年後の春。
この年もアスパラの収穫が始まり、順調なスタートを切っていた。直売所の売れ行きも好調で、「あのアスパラ、また出ないの?」と問い合わせまで入るようになっていた。
「今年もいい出来だ。がんばって育ててきた甲斐があるな」
僕は満足げにアスパラを袋詰めし、直売所へと届けに行った。

「おはようございます!またアスパラの季節ですね!」
担当者の笑顔に、自然とこちらの顔もほころぶ。
ところが、その2日後……。
朝収穫したアスパラを持って売り場に足を運ぶと、何やら見慣れぬアスパラが大量に並んでいた。
「ん?なんだこれは……」
僕はすぐさま生産者名のラベルを確認した。すると、そこには「滝川」の文字があった。
「そうなんだ……。滝川くんもこの直売所に出してきたのか……」
しかも、僕の価格よりもかなり安く、本数も多かった。
「うーん……この量とこの値段で出されたら、さすがにきついな」

案の定、その日の僕のアスパラは、ほとんど売れ残った。残った分を翌日に回すことも考えたが、鮮度を売りにしてきたアスパラにとって、それは致命的だ。
僕はやむなく、大切に育ててきたアスパラを廃棄することにした。
自由競争だから仕方ないとはいえ……
「いや、彼を責めることはできないんだ。自由競争だから」
そう自分に言い聞かせても、やっぱりモヤモヤは残る。
後輩ががんばっているのは嬉しい。僕の姿を見て挑戦してくれたのもありがたい。就農してまだ日が浅い滝川君が少しでも売上を伸ばしたい気持ちも分かる。だけど、同じ売り場に、同じ作物を、同じタイミングで、しかも値段を下げて大量に並べられると……やっぱり複雑だ。
せっかく少しずつ築いてきた販売ルートや価格帯が、崩れていく気がした。
「どうせやるなら、時期をずらすとか、違う品種にするとか、少し工夫してくれればいいのに……」
そんな愚痴を吐きながら、僕は軽トラを走らせていた。

でも、こんなときこそ考えるべきなのかもしれない。
どうすれば、後輩と共存できるか。どうすれば、直売所の中で「自分ならではの価値」を出し続けられるか。難しい問題を突きつけられ、僕はやるせない気持ちでいっぱいになった。
レベル29の獲得スキル「直売所では農家との競争を避ける戦略を考えろ!」
新規就農者にとって、農産物直売所は非常にありがたい存在である。市場出荷に比べて小ロットでも販売しやすく、消費者と直接つながる機会が得られる点は大きな魅力である。また、規格外品などを廃棄せずに有効活用できる点でも、経営上のメリットがある。
しかし、こうした直売所は基本的に「誰もが自由に出荷・価格設定できる」仕組みであるがゆえに、地域内の農家同士で価格競争が起きやすいという側面もある。同じ地域で栽培していれば収穫時期は似通うため、売り場での「安売り合戦」に発展しやすいのである。
このような競争を避けるためには、他の農家が手を出していない品目や品種に挑戦するなど、差別化の工夫が求められる。さらに、販売が軌道に乗り始めた段階で、他の生産者が同じ作物に参入してくる可能性も常に視野に入れておくべきである。
加えて、安易な価格競争に走ることは、知り合いの農家との人間関係に亀裂を生むリスクもある。だからこそ、短期的な売上にとらわれるのではなく、価格より品質を評価してくれる固定客を育てるといった、中長期的な視点に立った販売戦略を考えることが重要だ。



















