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山積する部会の仕事、突発する農作業-。旅行ドタキャンで家庭崩壊の危機? 【転生レベル35】

山積する部会の仕事、突発する農作業-。旅行ドタキャンで家庭崩壊の危機? 【転生レベル35】

農業という「異世界」のルールを必死に覚え、コツコツと積み上げてきた十数年。僕、平松ケンはついに地域の部会長という大役を任されるまでになった。だがそこに待っていたのは、ベテランと若手の板挟みに悩む、まるで中間管理職のような日々だった。
仕事での成功とは裏腹に、家庭には不穏な空気が流れ始めていた。成長した子どもたちは、サラリーマン家庭との「休日格差」に敏感になり、台風対策や収穫で消えていく約束に不満を募らせる。「なんでウチだけこうなの?」。家族から放たれるその言葉が、僕の胸に深く突き刺さるのだった。

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本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった人々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。

前回までのあらすじ

農業知識も経験もゼロの僕・平松ケンが飛び込んだのは、常識が通じない“異世界”のような農村社会だった。しきたりや独自ルールに振り回され、何度も心が折れかけながらも、少しずつ地域に受け入れられ、気づけば地元農家を束ねる部会のリーダーを任されるまでになった。

自分がトップを務める部会を盛り上げるため、新規就農者の獲得に奔走していた僕。そんな折、新たに加入を希望する熱意ある若者に出会い、新たなメンバーとして迎え入れることになった。その後、トントン拍子に準備が進むかに見えたのだが……。

前回の記事はこちら
脱サラ農家の前に立ちふさがる“補助金の壁” 受理を渋る担当者が就農の障壁に?【転生レベル34】
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異世界のルールを理解し、コツコツと努力を重ねた結果、ついに地域の農家が集まる部会のトップに上り詰めた僕・平松ケン。しかしその実態は、ベテランと若手との板挟みに遭う中間管理職のような存在だった。 自分がトップを務める部会…

補助金申請を巡って予期せぬトラブルが発生。想定しなかった「担当者の壁」が、僕たちの行く手を阻むのだった。

多忙な日々に飲み込まれて

新規就農してから、気づけばもう十数年が過ぎていた。
「いやあ、ケンもすっかり偉くなったなあ」

そんなふうに言われるたび、僕・平松ケンは、なんとも言えない気分になる。なぜなら、昔の僕は農業のことなんて何も知らない、ただの“よそ者”だったのだ。

それが今では、地域の農家が集まる部会のトップ。収入も少しずつ安定してきたし、栽培技術も昔に比べればかなり分かるようになった。後輩の育成にも関わるようになり、自分でも「ようやくここまで来たか」と思うことが増えていた。

「ありがとうございます。でも、まだまだですよ」

そう謙遜して返事をしながらも、自分の中では「小さな成功者」として確かな手応えを感じはじめていた。

しかし、家路につく足取りはどこか重い。玄関を開けると、以前のような温かい雰囲気は消え、どこか張り詰めた空気が漂っていた。

「おかえりなさい。今日も遅かったわね。部会の資料、またリビングに広げるの?」
妻の言葉には、労いよりも諦めに似た響きが混じっていた。

農業という仕事は、作物の成長に365日24時間振り回される。そこに「組織の仕事」が加わり、私のカレンダーからは「休日」という文字は完全に消えていた。

春休みもない、夏休みもない

「ねえ、パパ。春休みはどこか行けるの?」
夕食の席、小学6年生の長男が、顔を上げずにボソリと呟いた。

「春休みか。そうだな、年度末の会合さえ片付けば……」
「またそれ? 夏休みだってそう言ってたじゃん」

息子の言葉に、僕は箸を止めた。去年の夏、子どもたちは自分たちで旅行の計画を立てていた。地元のサービスエリアで人気のソフトクリームを食べ、その先の大きな動物園でライオンを見る。

だが、直前で猛烈な台風が接近し、子どもたちの計画は消えた。

「ごめん、このままだとハウスが潰れる。ビニールを外さないといけないんだ。旅行は中止にしよう」

息子はうなだれていた。その時の大きく落胆した姿を、僕は今も忘れることができない。

夕食を終えた後、妻が切実な声で訴えてきた。
「あの子、この春から中学生でしょ? 卒業祝いに今度こそどこか連れて行ってあげたいのよ」

僕が自分を鼓舞するように頷いた。
「分かってる。卒業式の次の日、ちゃんと時間を空けるから大丈夫だ」

会社勤めとの「休日格差」

数日後、リビングから楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

覗くと、妻と長男がタブレットを眺めている。
「見てよパパ。友達の佐藤くん一家、春休みにあの有名なテーマパークに行ったんだって」
「ねえ、この新エリア、すごく楽しそうよ!」

息子が指差したタブレットの画面には、色鮮やかなテーマパークで満面の笑みを浮かべる家族の写真があった。

「サラリーマンの家庭はいいよな。働き方改革だか何だか知らないが、有給も取れるし、土日はしっかり休めるんだから……」

思わずこぼれた僕の独り言に、妻の視線がスッと冷たくなった。

「それを言ったらおしまいじゃない? 農家は『自由な働き方ができる』って言って始めたのは、あなたでしょ……」

でも現実は、サラリーマンの時よりも自由がなかった。友人の家が連休を楽しんでいる間、うちはいつも作業に追われている。僕ら夫婦は我慢できても、子どもたちには関係ない。

「分かってるよ! だから今回こそは調整するって言ってるだろ」

苛立ちを隠せない僕を見て、妻は静かにタブレットを置いた。

「お願いよ。 あの子、カレンダーに赤い丸をつけて楽しみにしてるんだから」

妻から突きつけられた「正論」

約束の日を翌日に控えた夕暮れ。
僕は最後の確認のために圃場を回っていた。だが、そこで見つけてしまった。

「……なんだ、これ。嘘だろ?」
野菜の葉の裏側に、びっしりと広がる病斑。この暖かさで一気に病気が発生し始めたらしい。
「これまでちゃんと予防してきたのに…」

今すぐ消毒を始めなければ、数日後にはこの畑の作物に甚大な被害が出るかもしれない。その夜、僕はまるで通夜のような心持ちで食卓についた。

「……ごめん。明日の旅行、行けなくなった。野菜に病気が出たんだ。今すぐ止めないとまずい」

その瞬間、長男がガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。
「もういいよ! どうせそうなると思ってた。パパにとって、僕たちより野菜の方が大事なんだろ!」
「待って、そうじゃない!」

僕の制止を振り切り、息子は階段を駆け上がって自分の部屋に閉じこもった。
「ねえ、本当に、本当にどうにもならないの? この日のために準備してきたのに……」

妻の震える声に、僕の中で何かが弾けた。

「俺だって、この家を、家族を守るために必死で頑張ってるんだ!部会の仕事だって、地域の農業を守るためなんだぞ!」

そう怒鳴る僕を、妻は憐れむような、あるいは冷徹な裁判官のような目で見つめた。

「……それは、あなたが好きで始めたことでしょ?  私たちを言い訳にしないで」

鋭い刃物で刺されたような衝撃が走り、僕は言葉を失った。妻はそれ以上何も言わず、静かに食器を片付け始めた。カチャカチャという虚しい音だけが響く中、僕はただ背を丸め、暗いリビングで呆然とするしかなかった。

レベル35の獲得スキル「作物と向き合うのと同じ熱量で、家族の心を耕せ」

農業に限らず、個人事業主は自由に見えて、実際には代わりの利かない不自由さを抱えている。作物の成長や取引先に振り回され、休日返上も常態化しがちだ。実際、「サラリーマンの方が安定して楽だ」という本音を漏らす農家も少なくない。

自分が好きで始めた道だけに、本人はどれほど苦労しても構わないだろう。しかし、それに無条件で付き合わされる家族は、時に大きな犠牲を強いられることになる。僕が知る限りでも、地域から「成功者」と称えられる一方で、家庭内には深い溝ができているケースは決して少なくない。
農業を長く続けるには、栽培技術と同じくらい「家族の理解」が不可欠だ。日頃から感謝を言葉にし、休める時には家族との時間を最優先にする。土を耕すように、最も身近な人々の心も慈しむこと。その積み重ねこそが、農業の成功を支える確かな土台となるのである。

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