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倒産寸前から年間10万人へ サゴタニ牧農を変えたブランド再生と場づくり【岩佐と紐解く戦略農業#29】

岩佐大輝

ライター:

連載企画:岩佐と紐解く戦略農業

倒産寸前から年間10万人へ サゴタニ牧農を変えたブランド再生と場づくり【岩佐と紐解く戦略農業#29】

私、株式会社GRAの岩佐大輝(いわさ・ひろき)が、いま注目している農業経営者を訪ね、その経営戦略を紐解いていく連載企画。今回は、広島県広島市で酪農と乳製品の製造・販売を手掛けるサゴタニ牧農を訪問。久保宏輔(くぼ・こうすけ)さんに、創業から85年続く牧場の歴史と、これからの酪農経営について話を聞きました。

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【プロフィール】
■久保宏輔さん

砂谷株式会社(サゴタニ牧農) 取締役副社長
同志社大学卒業後、大手エンジニアリング会社を経て2016年に家業を継ぐため広島に帰郷。2021年にはナフィールド国際農業奨学金の日本代表スカラーに選出され、世界の酪農現場を視察。現在は乳製品の製造・販売や牧場を「場」として活用する取り組みにも力を入れている。

■岩佐大輝さん

株式会社GRA代表取締役CEO
1977年、宮城県山元町生まれ。大学在学中に起業し、日本及び海外で複数の法人のトップを務める。2011年の東日本大震災後に、大きな被害を受けた故郷・山元町の復興を目的にGRAを設立。著書は『99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る』(ダイヤモンド社)ほか。

「まだあったんだ」過去のブランドからの脱却

岩佐:まず、創業の経緯から教えてください。

久保:サゴタニ牧場は、1941年に祖父の久保雅夫(くぼ・まさお)が創業しました。もともと小説家を目指していましたが、病気を患い、医師から「体を動かし、栄養のあるものを食べなさい」と勧められたのが転機でした。当時、高価だった牛乳を求めて八丈島へ渡り、そこで酪農と出会います。牛乳を飲んで体調を回復し、広島に戻って酪農を始めたことが創業のきっかけです

岩佐:単に仕事として酪農を始めたわけではないんですよね。

久保:はい。貧しい村を、酪農産業によって豊かにしたい。そんな思いで始めたそうです。祖父が残した言葉に、「自ら作って自ら売ることが農民の自立」というものがあります。自分たちで作ったものに、自分たちで価値を見いだし、直接お客さんの顔を見て届ける。そのことで、農家は経済的にも精神的にも自立できる。
村の人たちがどうすれば自立して、豊かな人生を送れるのか。そう考えた結果、自分たちで作って直接売るという形に行き着いたんだと思います。

岩佐:その思想が、今の事業にもつながっているんですね。

久保:はい。今はヨーグルトやジェラート、バター、プリンなども作っています。牧場には直売所やジェラート工房もありますし、祖父母が暮らしていた家をリノベーションして料理教室や映画上映会などもしています。
経営の形を変えながらも、祖父の思想は今も経営の指針になっています。

サゴタニ牧場に隣接するカフェ

岩佐:シンプルに6次産業化して売り上げを増やそう、という発想ではないように感じます。

久保:ジェラートも、商品として喜んでもらうだけでなく、「サゴタニとの出会いの場」にしたいと考えています。
10年前に地元へ戻り、地域の人に話を聞くと、「昔飲んでいた」「おいしかった」「まだあったんだ」という声が多く、昔のブランドイメージは残っていました。でも、それは「今のサゴタニ」ではない。だからこそ、もう一度サゴタニと出会ってもらう必要があると思ったんです。
牧場でジェラートや牛乳を楽しんでもらい、そこから宅配やスーパーでの商品購入につなげる。そんな循環を生む場として、牧場を活用しています。

岩佐:なるほど。ジェラートそのものだけで大きく利益を出そうとしているわけではないんですね。

久保:ジェラートを始める前は年間100人くらいだった来場者が、今では年間10万人が訪れる場所になっています。家族やカップルで来て、牛に触れたり、ジェラートを食べたりしながら、「今日来てよかったね」と思って帰ってもらえる。そんな場所を目指しています。

売り上げの7割を支える「宅配」

岩佐:現在の事業の柱は何でしょうか。

久保:一番大きいのは乳製品です。特に牛乳ですね。
販路としては、売り上げの約7割が宅配です。約1万件のお客さんに個別に届けています。

岩佐:今ではかなり珍しい形ですよね。

久保:そうですね。でも、これも創業当時から続いている「自ら作って自ら売る」という考え方につながっています。

岩佐:ビジネスとしては、どんな特徴がありますか?

久保:一般的な酪農は生乳を出荷すれば価格が決まるため、売り上げを増やすには生産量を増やす必要があります。一方、僕たちは自ら製品化して販売するので、付加価値によって単価も変えられるのが特徴です。
ただ、その分「作ったものを売り切る」責任もあります。コロナ禍には販売が落ち込み、倒産寸前まで追い込まれました。

岩佐:そこで経営の考え方も変わったんですね。

久保:以前は、他の酪農家さんと直接契約して生乳を買っていました。ところが、直契約だと、契約した生乳を必ず買わなければならない。コロナ禍で販売が落ち込んだとき、それが大きなリスクになりました。そこで2023年ごろから、いったん生乳をJAに買い取ってもらい、必要な量をこちらが購入する形に変えました。

岩佐:これまで「自分たちで全部やる」ことを徹底してきた中で、組合と連携する方向に転換したわけですね。

久保:そうです。それまで組合に生乳を売らず、自分たちで完結させていましたが、コロナ禍でそのリスクが顕在化しました。事業を続けるため組合に相談したところ、前向きに協力してもらえ、需要が落ちた際には生乳を組合に販売できる仕組みを整えることができました。

岩佐:リスクを外部と分担する。非常に戦略的な判断ですね。サゴタニさんは、シングルオリジンの牛乳もあるんですよね。

久保:はい。牛の飼料も牛乳の味に影響します。牧草の状態によって牛に与える栄養が変わりますし、牧草が持つ香りも牛乳の味わいに影響すると考えています。

岩佐:実際に飲んでみると、香りが全然違いますね。

久保:ありがとうございます。もう一つの特徴が低温殺菌です。一般的な牛乳は120℃以上で2~3秒加熱する超高温瞬間殺菌が主流ですが、僕たちは65℃で30分かけて殺菌します。生産性や賞味期限では不利な一方、生乳本来の味を残しやすい方法だと考えています。

岩佐:価格も違いますよね。

久保:1リットル500円です。一般的な高温殺菌牛乳は、現在だと250~270円程度なので、倍近い価格になります。だからこそ、単に「牛乳を売る」のではなく、この牛乳だから飲みたいと思ってもらう価値をつくることが重要になります。

サゴタニのオリジナル商品

酪農だけで酪農を守らない

岩佐:これからの牧場については、どんな構想がありますか?

久保:2040年までに放牧地を毎年1ヘクタールずつ広げる計画です。牧草を餌に活用することで飼料費を抑えられるほか、牛舎の清掃負担を減らし、人員を別の仕事に充てられるメリットもあります。一方で、放牧地の管理や暑さ対策など、新たな課題もあります。

岩佐:牛がいることで、景色そのものが変わりますよね。

久保:そうなんです。酪農って、場をつくる力があると思っています。
草が生い茂っている場所でも、牛を入れると景色が変わる。牛がいることで生まれる景色や循環がある。だから、これからは頭数をどんどん増やして、たくさん搾ることだけを目指すのではなく、この牧場そのものの価値を高めていきたいと思っています。

岩佐:最後に、これからのサゴタニ牧場が目指す姿を教えてください。

久保:僕たちが目指しているのは、「酪農だけで酪農を守らない」という仕組みです。乳製品だけでなく、牧場そのものの価値を高め、将来はレストランなど地域の食材を生かした事業も展開しながら、総合的に酪農を残していきたいと考えています。2040年まで、あと15年。そこに向けて、少しずつ形を変えていきたいですね。

まとめ

サゴタニ牧農の戦略ポイント
商品だけでなく「出会いの場」をつくる ジェラート、カフェ、直売所などを単なる収益事業としてではなく、サゴタニ牧場を知ってもらうための接点として活用。牧場への来場を、牛乳や乳製品の購入につなげる循環をつくっている。
独自性を守りながら、リスクは外部と分担する シングルオリジンや低温殺菌という独自性を維持する一方、生乳についてはJAを介した仕組みを構築。自社だけで抱え込まず、需給変動に対応できる体制を整えた。
牛乳だけに依存しない商品ポートフォリオをつくる 現在は牛乳が売り上げの中心だが、ヨーグルトやジェラートなどを育て、将来的には牛乳30%、ヨーグルト30%、ジェラート30%程度という構成を目指す。市場縮小に対して、複数の商品で対応する。

サゴタニ牧農を訪れて感じたのは、単に「6次産業化をしている牧場」ではないということです。創業者が掲げた「自ら作って自ら売る」という思想が、今も一貫してつながっています。一方で、コロナ禍を経験して、組合との連携によってリスクを分散するという現実的な判断もしています。伝統を守るだけではなく、時代に合わせて仕組みを変える。
85年間続いてきたサゴタニ牧農が、これからの15年でどんな「場」をつくっていくのか。非常に楽しみです。

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