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海と山の間には、自分らしい農業がある。岩手県沿岸9市町村で見つける、新しい働き方

海と山の間には、自分らしい農業がある。岩手県沿岸9市町村で見つける、新しい働き方

三陸の海にそびえ立つ山々。リアス式海岸に象徴される岩手県沿岸地域は、変化に富んだ地形や風土を生かし、米や野菜の栽培から畜産、林業、漁業まで、多様な生業が営まれています。農業と別の仕事を掛け合わせ、自分らしい働き方をつくる余白があることもこの地域の魅力です。今回訪ねたのは、管内9市町村の一つ、大槌町。地域おこし協力隊を経て、遊休農地を再生しながら約2haの農地で野菜を育てる伊藤将太さんの歩みから、この地域で自分らしい農業と暮らしを築く可能性を探ります。

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海と山に囲まれ、多様な生業が息づく岩手県沿岸地域

岩手県沿岸広域振興局が管轄するのは、宮古市、大船渡市、陸前高田市、釜石市、住田町、大槌町、山田町、岩泉町、田野畑村の9市町村です。リアス式海岸の複雑な地形と親潮と黒潮が交差する豊かな三陸漁場、海の近くまで迫る山々。その豊かな自然環境のなかで、米や野菜をはじめ、酪農や肉用牛などの畜産、林業、漁業が盛んに行われています。

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写真左上:(山田町)オランダ島 写真右上:(宮古市)ブロッコリー圃場
写真左下:(田野畑村)甲地鹿踊 写真右下:(陸前高田市)広田湾

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写真左上:(岩泉町)早坂高原に放牧される短角和牛 写真右上:(大槌町)蓬莱島
写真左下:(釜石市)釜石大観音 写真右下:(住田町)五葉山火縄銃鉄砲隊

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写真左上:(宮古市)浄土ヶ浜 写真右上:(陸前高田市)一本松
写真左下:(岩泉町)林間で栽培される畑わさび 写真右下:(大船渡市)碁石海岸

岩手県沿岸広域振興局 地域農業活性化グループ・田中真衣さんは、地域の気候についてこう話します。

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岩手県沿岸広域振興局 地域農業活性化グループ・田中真衣さん

田中さん

沿岸地域は夏が比較的冷涼で、冬は内陸部よりも温暖です。日照量が多く積雪も少ないので、暮らしやすいと感じる方は多いと思います

同じ沿岸地域でも、気候や地形や文化、暮らし、盛んな産業は市町村によって異なります。その違いが、仕事の選択肢の広さにもつながっています。

田中さん

米や野菜だけでなく、畜産や林業、漁業もあります。農業に他の仕事を組み合わせるなど、地域の特性や自身の経験や嗜好に合わせて働き方を考えられることも、沿岸地域の特徴です

一方で、山がちな沿岸地域には、まとまった平地が少ないという側面もあります。

田中さん

平地が少ないため、農地を一か所に集約するのが難しい地域もあります。点在する農地を活用し、少量多品目で作物を育てている農家も少なくありません

土地の条件を知り、そこで育てやすい作物や無理のない規模を考える。さらに、自分の経験や得意分野と農業を組み合わせる。沿岸地域には、一つの型にはまらない農業があります。大槌町へ移住した伊藤将太さんも、試行錯誤を重ねながら、自分に合った農業を見つけた一人です。

移住者を支援していた人が、自ら大槌町の協力隊へ

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さともり株式会社・伊藤将太さん

伊藤さんは岩手県北上市の出身です。以前は一関市の一般社団法人に勤め、県内各地で地域おこし協力隊の採用支援や、移住希望者のコーディネートに携わっていました。行政と一緒に協力隊の採用方法を考え、移住希望者へ地域の情報を伝える。仕事を通して、各地の協力隊員や地域で活動する人たちに会う機会も増えていきました。ところが、経験を積むほど、伊藤さんのなかにある疑問が生まれます。

伊藤さん

自分は地域おこし協力隊を経験したことがない。それなのに、協力隊についてアドバイスしていることに、少しむずがゆさを感じるようになったんです。教科書をなぞったような話ではなく、もっとリアルな経験をもとに伝えたいと思いました

自分自身が協力隊として地域に入り、そこで暮らしてみる選択肢もあるのではないか。そう考えていた頃、大槌町が地域おこし協力隊の一期生を募集していることを知りました。

伊藤さん

募集されていた仕事の一つが移住支援でした。これまで自分がやってきた経験を、そのまま生かせると思ったんです

こうして伊藤さんは、大槌町の地域おこし協力隊に着任。前職の経験を生かし、移住希望者の相談対応やコーディネートなどに取り組みました。移住者を外から支えていた人が、今度は自分自身も移住者になる。立場が変わったことで、仕事だけでなく、住まいや人間関係、生業を地域で築く難しさまで、実感を伴って見えるようになりました。

「半農半X」のXがなくなり、残ったのは野菜だった

伊藤さんは協力隊の任期中に、さともり株式会社を設立しました。当初思い描いていたのは、農業と別の仕事を組み合わせる「半農半X」の働き方です。ところが、計画していたXの部分は、思うように進みませんでした。

伊藤さん

半農半Xでやっていこうと考えていたのですが、Xの部分がうまくいかなかった。これからどうしようかと考えたとき、家庭菜園で育てていた野菜があったんです。というか、それしかなかったんですよね

最初から、大規模な農業経営を計画していたわけではありません。ただ、家庭菜園で収穫した野菜は、すでに産直施設で販売していたという伊藤さん。小さくても、自分でつくった野菜を買ってくれる人がいる。仕事として育てられる芽は、すでにそこにありました。

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伊藤さんの圃場、育てた作物たち

一方、伊藤さんはすでに会社を設立し、野菜の販売も始めていたため、行政の新規就農者向け支援制度には該当しませんでした。

伊藤さん

制度を使えないなら、自分で学ぶしかありません。SNSなどで情報を探し、気になる人がいれば、実際に会いに行って教えてもらうこともありました

栽培技術は自分で学びましたが、就農までのすべてを一人で整えたわけではありません。農地を貸してくれたのは、協力隊時代に親しくなった地域の農家。農機具も、地域の人から借りることができました。

伊藤さん

農地も農機具も、何もないところから自分だけで用意したわけではありません。協力隊時代に知り合った方々に助けていただきました。地域の人とのつながりが、農業を始めるための土台になったと思います

支援制度を利用できなかったことは、行政の支えが不要だったという意味ではありません。また、人とのつながりも、移住すれば自動的に手に入るものではないでしょう。

伊藤さん

協力隊として地域に入り、人と話し、信頼を重ねてきた時間。その積み重ねが、任期後に農業を生業とするための、目に見えない基盤になりました

就農2年目で約2ha。理想と経営の間で選んだ栽培方法

就農2年目を迎えた現在、伊藤さんは大槌町と北上市にある合計約2haの農地で野菜を栽培しています。主な作物は、白菜、ブロッコリー、大根、ニンジン、カボチャ、オクラ、ズッキーニなど。収穫した野菜は、地元のスーパーや産直施設などで販売しています。

伊藤さん

最初は有機栽培にこだわっていました。でも、実際にやってみると非常に手がかかります。栽培面積を広げ、経営を安定させるには、今のやり方では難しいと感じました

農業を長く続けるには、理想を持つだけでは足りません。安定して収穫し、販売して、収入につなげる必要があります。そこで伊藤さんは、作業効率と経営の安定を考え、現在は農薬の使用を抑えた栽培へ切り替えました。

伊藤さん

農業を続けられなければ、農地を守ることもできません。面積を広げながら、どうすれば無理なく、安定して野菜をつくれるのかを考えた結果です

理想を諦めたのではなく、農業を一時的な挑戦で終わらせないために、現実に合わせて方法を変える。伊藤さんは畑に立ちながら、経営として持続できる農業を探り続けています。

使われなくなった農地を、もう一度人が集まる場所へ

さともり株式会社の社名には、「里山を盛り上げる」の「盛」と、「里山を守る」の「守」、二つの意味が込められています。

伊藤さん

里山を盛り上げ、守り、次の世代へつないでいきたい。家を守る『家守』がいるなら、里山を守る『里守』がいてもいいのではないかと考え、ひらがなで『さともり』と名付けました

さともり株式会社の公式サイトには、農業が土づくりから始まるように、人づくりや地域づくりにも土台が必要だという理念が掲げられています。その理念を形にした事業の一つが、「いわてReファームプロジェクト」です。地域で使われなくなった農地を借り受け、草木を取り除いて耕し、再び作物を育てられる畑へ戻していきます。

いわてReファームプロジェクトの詳細はこちら

伊藤さんが大槌町へ移り、家庭菜園用の畑を探したとき、最初に紹介されたのも、使われなくなった農地でした。

伊藤さん

周囲の人に『使える畑はありませんか』と聞いていたら、住んでいたアパートの地主さんのお母さんが農家で、畑を紹介してくれました。実際に行ってみると草が生い茂り、鹿が目の前で遊んでいるような場所でした

その畑を家庭菜園として使い始めたことで、伊藤さんは地域に数多く残る遊休農地へ目を向けるようになります。

伊藤さん

自分は畑として使えているけれど、地域には、まだ使われていない農地がたくさんある。これを何とか生かせないかと思ったことが、プロジェクトの始まりでした

遊休農地が増えると、農地として使えなくなるだけでなく、害獣のすみかになり、周囲の畑へ被害が広がることもあります。誰かが再び耕すことは、農地だけでなく、地域の景観や環境を守ることにもつながります。さともりが掲げるのは、「開墾×再生カンパニー」という言葉です。

伊藤さん

開墾し、再生したいのは、荒れた農地だけではありません。農業界や地域にある凝り固まったものも、もう一度耕し直したいという思いがあります

さともりでは農業に加え、地域体験プログラムや農村RMOに関わる活動も展開しています。さらに古民家を購入し、将来は民泊を始める計画もあります。

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農業体験会の様子

伊藤さん

農業だけで終わるのではなく、体験や宿泊などを通して、地域に来る人や関わる人を増やしたいと考えています

使われなくなった農地を、再び野菜が育つ場所へ。そして、いずれは人が訪れ、地域と出会う場所へ。かつて移住者を支援していた伊藤さんの経験は、形を変えて現在の事業につながっています。

ロールモデルではなく、「大槌町に欠かせない人」

伊藤さんが大槌町に定住する大きなきっかけの一つになったのが、協力隊の任期中に出会った大槌町出身の女性との結婚でした。仕事を得るだけでなく、家族を持ち、地域に暮らしの基盤を築く。大槌町は、一時的な活動場所ではなく、伊藤さんがこれからも暮らしていく場所になりました。

伊藤さん

大槌町には本当に助けてもらいました。今度は自分が恩返しをする番だと思っています。農業を通して、地域の発展に貢献していきたいです

大槌町産業振興課・佐藤明さんは、伊藤さんを単純な「移住・就農のロールモデル」とは捉えていません。

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大槌町産業振興課・佐藤明さん

佐藤さん

伊藤さんと同じことを、すべての人が目指せるわけではありません。行動力もありますし、自分から人に会いに行き、仕事をつくってきた人です。ロールモデルというより、今では大槌町に欠かせない人だと感じています

現在、さともりと大槌町が共同で特定の事業を進めているわけではありません。それでも町にとって、伊藤さんの存在は心強いものになっています。

佐藤さん

伊藤さんのアグレッシブさには、行政側も影響を受けています。移住経験者としても、事業を始めた人としても、さまざまな経験を持っています。これからもよきアドバイザーとして、町を盛り上げてもらいたいですね

伊藤さんの価値は、農地の面積や収穫量だけでは測れません。一人の移住者として地域に入り、農業を始め、今度は地域の相談相手になっていく。そこに、伊藤さんならではの役割があります。

田舎暮らしへの期待だけでは、定住にはつながらない

移住という言葉には、どこか明るい響きがあります。自然に囲まれた暮らし、地域の人との交流、自分のペースでできる仕事。しかし、住む場所を変えただけで、仕事や暮らしが自然に整うわけではありません。地域おこし協力隊として移住し、その後も大槌町に定住した伊藤さんは、移住希望者にこう伝えます。

伊藤さん

単に田舎暮らしを楽しみたいというだけでは、定住にはつながりにくいと思います。ここで何をしたいのか、生業をどうするのか。ある程度のビジョンを持って移住することが大切です

一方で、最初から完璧な計画をつくる必要はないとも話します。伊藤さん自身も、「半農半X」という当初の構想が崩れたところから、農業への道を見つけました。

伊藤さん

移住先に期待しすぎないことも大事です。実際に暮らしてみなければ分からないこともあります。行政だけでなく、僕のような移住経験者や地域の人など、いろいろな人に相談しながら、自分に合った暮らしを探してほしいですね

佐藤さんも、移住者は人数だけで測れるものではないといいます。

佐藤さん

行政として考えているのは、移住者を何人増やすかだけではなく、『ここにいたい』と思う人を何人増やせるかです。自分が置かれた環境を楽しめる人に来てほしいと思っています

9市町村のなかから、「ここにいたい」と思える場所を

岩手県沿岸地域には、米や野菜、畜産、林業、漁業など、多様な生業があります。農業と観光、農業と宿泊、農業と地域づくりのように、複数の仕事を組み合わせる選択肢もあります。ただし、地域によって気候や地形、農地の条件、暮らしの環境は異なります。伊藤さんの方法が、すべての移住者にそのまま当てはまるわけでもありません。田中さんは、まず地域を訪れ、相談することが大切だと話します。

田中さん

沿岸地域といっても、それぞれの市町村に異なる風土や産業があります。何を育てたいのか、どんな働き方や暮らし方をしたいのかによって、合う地域も変わります。まだ就農のイメージが固まっていない段階でも、まず相談していただければと思います

農家出身ではない伊藤さんが、人との関係を築き、自分の手元にあるものを見つめ直しながら農業を生業にした。その歩みは、誰もがまったく同じように再現できる成功例ではありません。それでも、地域に入り、自ら動くことで仕事と暮らしをつくれる可能性を示しています。

はじめから完成された事業計画がなくてもいい。ただし、「その地域で何をしたいのか」は、自分なりに考えておく。そして現地へ足を運び、行政や農業関係者、移住経験者の話を聞きながら、その土地と自分との相性を確かめる。

岩手県沿岸地域での農業に関心を持ったら、まずは希望する市町村や各地域の農業改良普及センターなどに相談してみてください。海と山に囲まれた9市町村には、9通りでは収まらない農業と暮らしがあります。そのなかから、自分が「ここにいたい」と思える場所を探すこと。それが、沿岸地域で新しい一歩を踏み出す入口になります。

新・農業人フェア2026に出展します!

    2026年11月15日(日)10:00~16:00
    東京ビッグサイト(東8ホール)で開催される
    新・農業人フェア 農業EXPOに岩手県沿岸広域振興局が出展します。
    各市町村の担当者に移住や就農について直接ご相談いただけます。
    ぜひブースにお立ち寄りください。

    新・農業人フェアの詳細・入場予約はこちら

取材協力

さともり株式会社
岩手県上閉伊郡大槌町小鎚第5地割47-9

お問い合わせ

岩手県沿岸広域振興局
026-0043 岩手県釜石市新町6-50
電話番号:0193-25-2704
Email  :bi0003@pref.iwate.jp

岩手県の移住ポータルサイト「イーハトー部に入ろう!」はこちら

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