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なぜ鈴木農園は高単価での指名買いを実現しているのか? 年間400品種の施策とデータ分析で挑む「再現性のある強い農業」

鈴木 雄人

ライター:

なぜ鈴木農園は高単価での指名買いを実現しているのか? 年間400品種の施策とデータ分析で挑む「再現性のある強い農業」

市場の相場変動や資材高騰に翻弄され、「作った作物の価格を自分で決められない」という構造的課題に直面する日本農業。そんな中、気候変動に負けない品種選抜を行い、生産者主導の自立型経営を確立しているのが、福島県郡山市の「鈴木農場/伊東種苗店」だ。代表の鈴木光一(すずき・こういち)さんは、年間400品種の野菜を試作する農家であり、種苗店の代表でもある。「郡山ブランド野菜」の立ち上げ、科学的データと作型ずらしによる価格決定権の獲得など、「食べていける農業」を実現するための歩みと具体的戦略に迫る。

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年間400品種を育てる「農家×種苗店」のハイブリッドモデル

福島県中部に位置する郡山市。水と澄んだ空気に恵まれたこの地域で、年間400品種もの野菜を育てているのが鈴木農場だ。少量多品種をリレー栽培することで、毎日何かしらの野菜が収穫期を迎え、常に旬のピークにある農産物を届ける生産体制を構築している。

また同社は、単なる生産拠点にとどまらず、祖母の実家から引き継いだ「伊東種苗店」を併設する「農家×種苗店」のハイブリッド組織である。自社の畑で実際に発芽率や味、耐病性や栽培特性を確認した優れた種・苗だけを地域の農家へ販売し、栽培指導から出荷ノウハウまでを提供する「地域農業の情報ハブ」としての役割を果たしている。

種苗店兼直売所を兼ねる伊東種苗店

稲作から畑作へ

鈴木農場の3代目を務める鈴木さんが家業を継いだのは、大学を卒業した約40年前のことだった。当時の実家は、祖父や父の代から続くごく一般的な稲作農家であった。しかし、一生懸命に米を作っても農協出荷が中心で価格決定権がなく、食べてくれた消費者の顔も感想も見えない流通構造に対し、鈴木さんは強い違和感と不安を抱いたという。

「どんなに努力しても自分で価格をつけられず、市場の需給や買取価格の波に振り回されるだけでは、農家が自立して食べていくことはできないのではないか」

現状を打破すべく、鈴木さんは青年農業者クラブ(4Hクラブ)の課題研究として、収益性が高く需要が見込めるスイートコーンの栽培研究に着手する。福島県大会で見事優勝を果たしたことを足がかりに、鈴木さんは米中心から野菜経営へと本格的に舵を切った。

自分で価格を決め、お客様と対面でつながる「提案型農業」を目指し、軽トラックでの行商や自社敷地内での無人販売からスタートした。転機となったのは、就農から約10年後に訪れた。祖母の実家であった「伊東種苗店」が後継者不在で廃業の危機に瀕した際、その事業を継承したことだ。

「自らの畑で実際に野菜を育て、味や発芽率、耐病性や栽培特性を100%把握した種だけを販売する。そして種を買ってくれる農家さんへ、栽培技術や出荷のノウハウまで提供する」この「自作農家であり、種を届ける種苗店でもある」という前例のないハイブリッドスタイルこそが、鈴木農場の最大の強みとなった。

伊東種苗店の店内には多品種の野菜が並ぶ(提供:全国農産物直売ネットワーク)

「郡山ブランド野菜」の挑戦。伝統なき地に未来の特産品を創る

直売所で自分の作った野菜を販売していたある日、常連客から掛けられた一言が鈴木さんの心を大きく動かした。

「こんなに美味しい野菜が作れるのに、郡山にはこれと言った特産品がないよね」

京都の「京野菜」や金沢の「加賀野菜」のように、歴史ある伝統野菜を持つ地域への憧れはあった。しかし郡山には歴史的な伝統野菜が存在しない。

「過去の歴史がないのなら、未来に向けて自分たちの手で新しい特産品を作ればいい」

そう決意した鈴木さんは2003年、地元の志を同じくする生産者17名とともに「郡山ブランド野菜プロジェクト(現:郡山ブランド野菜協議会)」を立ち上げた。

協議会が掲げた目標は、「1年に1品種、本当に美味しい野菜を選び抜いてブランド化すること」だった。一般的な市場流通では、輸送中の傷みにくさや日持ち、形の揃いやすさが優先されがちだが、彼らは徹底して「食べたときの感動(美味しさ)」を最優先に据えた。何百とある種苗メーカーの品種の中から、実際に畑で試作を重ね、食味と栄養価に優れたものだけを厳選。現在では、第1号の枝豆「グリーンスウィート」や「佐助ナス」をはじめ、計15品目のブランド野菜が展開されている。

グリーンスウィート(枝豆):ブランド野菜第1号。甘みと芳醇な香りを持ち、収穫間際の畑全体に甘い香りが漂うほど。
佐助ナス(ナス):果汁が多く皮までやわらかいため、アクがなくフルーティーに食べられるナス。福島の方言で「差支えない(さすけない)」から命名された。
万吉どん(玉ねぎ):抗酸化作用を持つ成分「ケルセチン」が従来品種より豊富で、加熱すると煮詰めたような濃厚な甘みが引き立つ。
おんでんかぼちゃ(カボチャ):1株から通常数個穫るカボチャをあえて「1株1果どり」に絞り、栄養と旨味を極限まで凝縮させた栗のようなホクホクカボチャ。

単に美味しい野菜を作るだけではない。協議会では、表作と裏作を組み合わせた二毛作体系を確立し、単位面積(10アール)あたりの年間売上目標を100万円以上に設定。生産者が努力に見合う高い収益を得られる仕組みを作ることで、「農業は儲かる仕事だ」という実証を地域に示したのである。

「郡山ブランド野菜」一覧(郡山ブランド野菜ホームページを元に筆者作成)

農家が価格決定権を握る「3つの基本原則」

品種選定による「品質の差別化」と気候変動に負けない安定供給

市場流通で一般的な規格や見た目、輸送時の日持ちを優先した野菜と同等のクオリティでは、どうしても相場や価格競争に巻き込まれてしまう。価格決定権を握るための第1原則は、食味や栄養価において「他とは違う」と言わしめる差別化だ。

しかし、単に「美味しい」「体に良い」と口頭でアピールするだけでは、価格に対する顧客の納得感は得られない。そこで同社では、主観的な味覚を客観的なデータへ置き換える取り組みを行っている。食味センサーを用いた「甘み・うまみ・苦み・酸味」のグラフ化や、日本食品分析センター等による成分分析を導入。抗酸化作用を持つケルセチン(タマネギ「万吉どん」)や、カロテン・リコピン(ニンジン「御前人参・紅御前」)といった栄養成分データを数値化し、ウェブサイトや店頭のリーフレットで公表している。

「なぜこの野菜がこの価格なのか」を科学的根拠とともに示すことで、プロのシェフやこだわりを持つ消費者に納得感を与え、競合のいない高価格帯での「指名買い」を可能にしているのである。

さらに、近年の猛暑やゲリラ豪雨、巨大台風といった異常気象が常態化する中、「気候変動に負けず安定供給できること」も重要な品質差別化の要素となる。例えば、台風の強風でも倒伏しにくい草丈の低いトウモロコシなど、耐災害性・耐病性に優れた品種を積極的に導入。酸素供給剤を活用した土壌改良を組み合わせることで、過酷な環境下でも収量と品質を維持できるよう取り組んでいる。

伊東種苗店で取り扱う種や苗。自社農場で作った上でオススメできるものを販売(提供:全国農産物直売ネットワーク)

作型・時期のズラしによる高単価の確保

どれほど美味しい野菜であっても、同じ地域の生産者が出荷する「旬のピーク」に重なれば、市場原理によって価格は暴落する。供給過多による価格崩壊を回避し、高い単価を維持するための第2原則が、育苗技術や資材を駆使した作型・時期のズラしである。

具体的には、地域の出荷ピークよりも早く出す「前出し(早出し)」や、あえて時期を遅らせる「遅出し(抑制栽培)」を提案している。そのために鈴木農場では、年間400品種もの野菜をあらゆるタイミングで栽培・検証する実験を自らの畑で行っているのだ。

例えばカボチャの場合、通常の春まき・夏収穫だけでなく、7月に種をまいて10月の秋に収穫する抑制栽培を実践している。秋の冷え込みの中でじっくり熟成させることで糖度が通常より向上。さらに、ハロウィンや冬至、お歳暮といった需要が高まる時期に、ライバルの少ない「端境期」を狙い撃ちすることで、高単価のまま売り切ることができる。自ら畑で多品種・多作型の試作実験を繰り返しているからこそ、地域の生産者に対しても確信を持った「作型ずらし」のノウハウを提示できるのである。

「Seed to Dish」とラストワンマイルの伝達

3つ目の原則が、作り手の想いや野菜の魅力を消費者へ手渡す「売り方・価値の伝達(ラストワンマイルのプロデュース)」だ。どんなに素晴らしい農産物も、売り場での伝え方を誤れば「ただの野菜」として埋もれてしまう。

鈴木農場が経営の根幹に掲げるのが、『SEED TO DISHES(一粒の種から料理まで)』という理念である。野菜の美味しさや価値は、土づくりや肥料以前に「一粒の種選び」から始まっているという考え方だ。どのような種を選び、いかに畑でストレスなく育て、直売所でどう食べ方を提案し、最終的にレストランのお皿の上で消費者にどのような感動を届けるか。この一連のストーリーを一貫してプロデュースしている。

同社ではこの理念のもと、種苗店兼直売所の店頭では、スタッフ全員が事前に野菜を試食し、特徴やおすすめの調理法を把握した上で対面接客を実施。また、発送用の野菜ボックスには、入っている野菜のこだわりや美味しい食べ方・保存法をまとめた「お品書き」を同梱している。さらに、農家名やブランドシールを入れた名前入りラベルを明記することで、「誰がどう作ったか」が見える安心感を提供。これが消費者の信頼を生み、「鈴木農場の野菜だから買いたい」という根強いリピーターを獲得する源泉となっている。

そして、この理念を支えているのが、一般的な卸売市場の相場に頼らない多角的な販路構造だ。

プロ・飲食店向け販売(約7割):都内、仙台、郡山などの有名レストランやフレンチ・イタリアンシェフへ直接出荷。
直売所・マルシェ販売:敷地内の種苗店兼直売所での直接販売や、直売イベント「郡山あぐり市」「開成マルシェ」、東京・青山の「ファーマーズマーケット」等への出店。
EC・ネット通販:公式オンラインショップでの「季節の野菜BOX定期便」全国発送。
アグリツーリズム(FoodCamp):早朝の畑で採れたての野菜をその場で生で食べ、さらにその場でプロのシェフが振る舞う本格フレンチを楽しむ体験型ツアーの開催。

「美味しい品種を厳選して気候変動に負けず安定供給し、時期をずらして価値を高め、最適なラストワンマイルで届ける」。これらの長年の先進的な取り組みと経営モデルが高く評価され、2024年には福島県農業賞の最高賞である「農林水産大臣賞」を受賞した。

4代目への継承と持続可能な農業の未来へ

持続可能な農業経営において避けて通れないのが、「次世代への継承」である。鈴木農場では2017年、大学を卒業した長男・智哉さんが4代目として就農した。

高校2年生の時に東日本大震災と原発事故に伴う風評被害を経験し、「福島の農業を絶やしてはならない」という強い責任感を抱いた智哉さん。東京農業大学時代には、北海道から屋久島まで全国30〜40箇所の先駆的な農家へ泊まり込み実習を重ね、経営手法や理念を吸収した。

就農後、智哉さんは若い女性やプロのシェフが買い求めやすいよう直売所のディスプレイや陳列を一新。さらに、飲食店向けの「旬の野菜メニューリスト」を毎月作成して提案営業を行うほか、Instagramを活用したデジタルマーケティングに注力している。ターゲット層である女性や料理人に向けて、フォトジェニックな野菜の写真やタイムリーな収穫情報を発信。フォロワー数は1万人を超え、SNSをきっかけとした新規顧客や飲食店との取引、定期便の購入者が急増している。

鈴木農場4代目の鈴木智哉さん

また、鈴木農場では一農家の成功にとどまらず、地域全体で稼げる生産者を育てる取り組みにも力を注ぐ。就農5年目までの若手を集めた「ビギナーズスタディ」を開催。栽培・異常気象対策を学ぶ機会を提供するなど、次世代の担い手が育つ環境づくりに貢献している。

「農業で食べていけない時代」に終止符を打ち、生産者が誇りを持って自立した経営を営むためには、市場の相場に身を委ねる受動的な姿勢からの脱却が不可欠という鈴木さん。

一粒の種選びからこだわり抜き、科学的データとストーリーで価値を裏付け、適切な作型と確かなラストワンマイルで消費者に届ける。鈴木農場・伊東種苗店が歩んできた道のりは、日本のどこにでもある地域において、農業を「再現性があり、稼げる魅力的な産業」へと変革するための実践的なロードマップを示している。

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