五島列島最北端の島「宇久島」。人口約2100人の小さな島で、約1400頭もの牛が飼われています。別名、「牛の島」。牛を飼育し、牛肉を生産する畜産業は、子牛を生産・販売する「繁殖農家」と、子牛を買って肉牛に育てる「肥育農家」に分けられます。宇久島には約100軒の畜産農家がありますが、全て繁殖農家です。島で育てられた子牛(島の人たちは、子牛のことを「ベベンコ」と呼びます)は、島内の競り市で長崎県内だけでなく、三重県松阪市や佐賀県といった黒毛和牛の名産地へと出荷されます。畜産は、島の産業の大きな柱ですが、高齢化により廃業する農家が増え、飼育頭数が減少し続けています。
そんな中、島に戻ってきた若者たちが、牛の島の未来を繋ぐべく奮闘しています。
7月下旬、島の南西にある飯良地区。西尾光隆(にしおみつたか)さん(31)が父親と営む牛舎裏で、1台のショベルカーが山を切り開いていました。「ここに新しく育成牛舎と分娩小屋を建てるんですよ」。西尾さんが案内してくれたのは、小学校の運動場くらいある広々とした敷地でした。西尾さんは長い茶色の髪に小さな麦わら帽子をかぶり、鮮やかなオレンジ色のポロシャツというおしゃれな格好で作業をしています。一見すると畜産農家には見えません。それでも一歩牛舎に入ると、牛たちの異常を見逃すまいと、視線が研ぎ澄まされます。「現在うちの牛舎では56頭の母牛を飼っています。新しい牛舎ができたら、100頭まで増やしたいんですよ」。人懐っこい笑顔を浮かべながらも、西尾さんの言葉には強い決意が感じられました。
西尾さんは高校卒業後、獣医を目指して浪人生活を送りましたが、志望校に受からず、家業の畜産業を継ぐために、長崎県諫早市にある県立農業大学校に入学しました。中学、高校の頃は、牛の世話や畑作業を手伝うのが嫌で、部活に打ち込んで家の手伝いから逃げていたという西尾さん。しかし、2年にわたる農業大学校の研修で、最先端の機械を導入した大規模農家で学んだり、牛が大好きな同級生から刺激を受けたりして、西尾さんが抱いていた「牛飼いは、きつくて大変」というイメージが大きく変わりました。「機械をいじるのが好きなので、トラクターに乗って草を取ったり、修理したりする作業が好きでした。2年の研修期間で、自分で工夫しながら牛飼いをやってみたいという気持ちに変わっていました」。
卒業後すぐに実家に戻り、島内の牛舎でノウハウを学びながら、実家の牛舎では母牛の発情を見逃さず、受胎率を上げる努力をしました。発情や妊娠など牛の個体管理ができるスマートフォン向けアプリを使ったり、空調付きトラクターを導入して牧草の生産能力を上げたりした結果、少しずつ子牛の生産量が増えてきました。
牧草が生い茂る夏は、日中の暑い時間に休憩を挟み、朝から晩まで牛舎と畑を行ったり来たりして作業をしています。午前5時から牛舎で餌やりをし、母牛たちの発情などを管理します。7時頃から島内の農家を回って、母牛の種付けをします。そのあとは昼頃まで畑で草取りをし、休憩を挟んで午後3時頃から牛舎の掃除や餌やり、種付けをして、午後8時頃まで畑で草取りやロール作りをします。忙しい時期には夜中まで草取りをすることもありますが、知り合いの農家に牛舎の管理をお願いして、休暇を取って旅行に出かけることもあるそうです。
西尾さんは、若手農家のリーダー的存在でもあります。3年ほど前に、島の獣医師とともに、若手農家の勉強会を立ち上げました。島にいる3人の獣医師が講師となり、子牛や母牛の育て方についてノウハウを伝授します。
愛知県で就職したのちに、6年ほど前にUターンをして実家の畜産業を手伝っている辻直哉(つじなおや)さん(28)は、若手勉強会に参加してから畜産への関心が高まった一人だ。
「最初は島に戻ってきてもフラフラしていて、バイトをしながら家業を手伝っていました。そんな時に勉強会に声をかけてもらいました。勉強会に参加して、人工哺乳のメリットや餌の成分、牛の血統などについて学ぶようになって、畜産って奥が深いなと思うようになりました。バイトを辞め、今は畜産だけに力を入れています。西尾さんはものすごく勉強熱心で、面倒見もよくて、わからないことがあったらすぐに相談できる心強い存在です。これから世代交代をして若手が頑張らないといけない。宇久島にもう少し若い世代が戻ってきたり、移住してきてくれたりするといいですね」。人懐っこいベベンコと戯れる辻さんの顔は、とても幸せそうだ。
畜産農家というと、牛舎や牧草地の整備、機械代、繁殖牛の購入など、資金がかかるイメージだが、西尾さんは「投資額も大きいけど、いい牛を育てれば回収できる金額も大きい。活用できる補助金もあるので、やる気と、自分のようにトラクターに乗って作業をするのが好きというのでもいいので、『これが好き!』というのがあればやれると思います。島はこれから高齢化によって廃業が進み、何もしなければ牛がどんどん減っていきます。若手が頑張って管理する頭数を増やして、島の畜産を絶やさないようにしたいです」。
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