2017年7月に開催された日本最大級のシードルテイスティングイベント「東京シードルコレクション」の仕掛け人、小野司(おのつかさ)さん。2005年からシードルの普及活動に携わり、2015年に設立された「日本シードルマスター協会」の発起人でもある小野さんは、リンゴ農園の後取りでもあります。
「いつでも、どこでも、おいしくシードルが飲める国」を目指し、精力的に活動する小野さんにシードルに魅せられたきっかけや、今後の展望をうかがいました。
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リンゴ農家の後取りとして生まれて
長野県飯綱町でリンゴ農家の4代目として生まれた小野さん。実家である「一里山農園」は、多くのファンに愛される人気のリンゴ農園です。農家の後取りとして生まれ、リンゴが大好きだったという小野さんですが、20代前半は農業への関心は薄かったそうです。「継ぎたい、というより継がなきゃいけないのかなという義務感の方が大きかった」といいます。
リンゴ産業の未来への危機感がきっかけに
頭の片隅には常にリンゴのことはあったものの、大学卒業後はITや経営の分野に興味を引かれ、経営コンサルタントの道を選びました。忙しい日々を送りながらも、特にリンゴの消費量の落ち込みには、危機感を覚えていたと言います。
「同世代の友人たちに、リンゴを食べている人が少なかったのです。実家のリンゴを買ってくれるお客様の多くは50代から60代の方で、若い世代はリンゴを食べていないのではないか、と肌で感じていました」。
小野さんの心配は、データで裏付けられています。総務省の2016年の家計調査(※1)で、20代の世帯が1年間に食べるリンゴは約2.0キロに対して、70代以上の世帯は20.8キロ。20代と70代以上では、10倍の差があります。
小野さんが危機感を持っていた頃には、農業の6次産業化が叫ばれ始めていましたが、単に畑を広げたり、補助金をもらって加工品を作るだけではビジネスとしての勝算が見えませんでした。「販売先であるマーケットの状況や、消費者のニーズが見えないまま事業化をしても売れるわけがない」。経営コンサルタント視点から、リンゴ産業の未来は決して明るくありませんでした。
シードルとの出会いと販売の壁
「何とかしなければ」。次第に危機感を募らせた小野さんが、2005年に出会ったのがシードルでした。「リンゴの収穫期以外でもシードルを飲むことで1年を通してリンゴを楽しんでもらえる。シードルの世界的な市場は大きく、可能性は充分ある」。そう確信した小野さんは、実家の一里山農園産シードルの販売に携わるようになります。
しかし、最初からうまくいったわけではありませんでした。飲食店などへ出向き、売り込みを行っても、反応は芳しくありません。「味を気に入ってもらえても、一般の消費者の方にとっては知名度が低く、なかなか注文に結び付きませんでした」。それでも小野さんはあきらめず、アルコールを扱う飲食店やバーなどをまわってコツコツと営業を続けました。少しずつシードルの輪は広がり、長野県や青森県でシードル作りに取り組むリンゴ農家が増え始めてきたのです。
シードル文化普及の必要性を痛感
小野さんに転機が訪れたのは2015年。世界的なシードル人気の高まりを受け、国内のワイナリーがシードルの醸造ができるよう対応を始めたり、シードル作りに取り組む農家が増えたりなど、シードルへの注目度が目に見えて高くなっていきました。
「シードルの知名度が上がることは、喜ばしいことです。しかし、これまでシードルの販売に携わってきた経験から、正しい情報を発信することや、知識を持った人材の必要性を痛感していました」と小野さんは言います。
シードルは、リンゴの品種やブレンド比率、醸造過程で独自の個性が生まれるお酒です。ワインやクラフトビールと同様、地元の文化に根付いた味わいの多様性が最大の魅力となります。つまり、どこで、誰が作ったのか、醸造家は誰なのか、といったストーリーを知ることで、楽しみ方が変わってくるのです。
しかし、クラフトビールやワインに比べて知名度が低く、飲食のプロにさえ、まだシードルの楽しみ方が浸透していない現実を小野さんは知っていました。「せっかくシードルの作り手が増えてきたのに、販売の壁にぶち当たって止めてしまうのは、もったいない」。シードル普及に尽力してきた経験を踏まえ、小野さんは協会の設立に自ら手を挙げました。
日本シードルマスター協会を設立へ
2015年に誕生した「日本シードルマスター協会」は、「シードル文化の発信」と「正しい知識を持つ人材の育成」を目的に、精力的に活動を行っています。「東京シードルコレクション」をはじめとするシードルの試飲イベントや、シードルに関する正しい知識を有する人材の育成を目的とした「シードルアンバサダー」認定試験の実施など、2年の間に多彩な活動を行い、シードル文化の普及に大きく貢献しています。
協会の特長のひとつに、協会員の増加より、スポンサー制を重視している点が挙げられます。「東京シードルコレクション」などのイベントへの参加は、協会員である必要はなく、出展料を払うのみでブースを持つことが可能です。企業にとっては参加ハードルが低く、自社の商圏に合ったイベントのみに参加することができます。
これは、シードル文化の向上を皆で盛り上げたい、という志の表れと言えます。
シードルでリンゴに新しい役割を
「リンゴ消費の減少によって、リンゴ畑が年に1%ずつ減少していると言われていますが、シードルの需要が増えれば、リンゴの木は新しい役割を与えられます」。中でも、小野さんが期待するのが、ワリンゴ(和林檎)の復権。江戸時代末期に、西洋リンゴが持ち込まれる以前から日本にあった品種で、形は小振りで味は酸味が強いとされています。その存在が今、見直されつつあります。このワリンゴを使えば、さらに地域色豊かなシードルが作れるはず、と小野さんは意気込みます。
「その地域でないと作れないシードルが、これからどんどん出てくるといいですね」。多様性を楽しむシードルの魅力は、まだまだこれから広がっていきそうです。
ワインやクラフトビールのようにシードルを楽しむ文化をつくりたい
いずれは、地元である長野県でシードル専門の醸造所を開きたいという小野さん。ワインリストに当たり前にシードルが載り、ワインやクラフトビールと同じように、シードルが食卓に並ぶ、そんな未来を目指して、小野さんの挑戦はまだまだ続きます。
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一里山農園
写真提供:小野司さん
参考
※1 総務省 家計調査2016年http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001172945