朝市の楽しさを演出 野菜の直売を「マルシェ」に
「吉野ハーブファーム」を経営する吉野悟(よしのさとる)さんは、ビーツやコールラビ、セルリアック、カーボネロなど市場に出回らない珍しい野菜を中心に、年間約300品目の野菜を栽培しています。野菜は主に飲食店に卸していますが、自宅の庭先を開放して一般客に向けたイベントOpen Dayでは、野菜の直売会が行われます。
Open Dayは、野菜の収穫に合わせて年に十数回ほど不定期で行われます。告知は数日前にホームページに掲載されるだけですが、蔵の軒先に用意した展示台に野菜を並べ始めるころには、お客さんが次々と訪れます。お客さんの半数は車で訪れる人で、中にはわざわざ神奈川県などから足を運ぶ人もいるそうです。
レストランで野菜を食べたことをきっかけにホームページを調べて来た人、定期的にブログをチェックして毎回のように訪れる夫婦、互いに情報をシェアして仲間同士でやってくる主婦のグループなど、イベントに訪れるきっかけは人それぞれですが、日頃から「吉野ハーブファーム」が注目されていることがわかります。
取材に訪れた9月の初旬は、最盛期を迎えたナスやズッキーニ、カボチャなどの季節野菜をはじめ、珍しい西洋野菜や日本の地方野菜も含め、30品目以上の野菜が並びました。
ナスひとつとっても、紫と白の縞模様が印象的なゼブラや、白い皮と締まった肉質が特長的な白ナスなど、普段見かけない珍しい種類が数多く揃います。値段は1袋100円から200円が中心で、稀少な高級野菜でも300円程度。市場の半値ほどから1/3程度という安さです。
高級野菜が気軽に買えるお得感はもちろんですが、野菜を買いに来ることがイベントになるような、魅力的な演出もお客様を惹きつける理由といえそうです。たとえば、アンティーク調の木製の台に色鮮やかな野菜が並ぶ様子は、イタリアやフランスの田舎町で朝市を訪れたような雰囲気もあり、非日常的な気分を味わう楽しさもあります。
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会話を交わしながら消費者のニーズを拾い上げる
セルバチコ、セルリアック、カーボネロなど、聞き慣れない名前の野菜を、興味津々で手にとっては首をかしげるお客様には「これは野生種のルッコラでセルバチコ。香りが良くて、料理に2、3枚のせるだけでイタリアンの前菜になります」といった具合に、野菜の特長やおいしく食べるコツを吉野さんが伝えます。日頃、一般のお客さんと接する機会が少ない吉野さんにとって、消費者のニーズを知る貴重な体験でもあります。
「野菜の産地について話したり、時にはその場でかじって味見をしてもらったり、お客様の反応が直に見られるのが楽しいですね。僕も知らない野菜を教えてもらうこともあり、刺激をもらえることにも期待しています」。
古い蔵を改装した風情ある空間で野菜料理をもてなす
買い物をイベント化するもうひとつの演出といえるのが、お客さんがまるで故郷の実家を訪れたような気分になれる、母の政子(まさこ)さんと妻の博子(ひろこ)さんの温かいもてなしです。
「どうぞ、中でひと休みしてください」と、野菜選びがひと段落するとお客様の多くは2人に誘われて、蔵の中へ入ります。築90年の古い蔵を改装した内部はお客様をもてなすスペースとなっており、天井の太い梁や漆喰壁が風情のある心地良い空間です。
中央に設えた大きな木のテーブルには、農園で採れた野菜を材料にした手料理が並びます。試食を兼ねて調理方法の参考にしてもらおうと作った料理で、この日はカボチャのスープの他に、根セロリのセルリアックを使ったサラダなどが用意されました。
セルリアックのサラダが好評で「シャキシャキしておいしい」「どうやって作るの?」などとお客さんから声がかかります。政子さんも博子さんも、お客さんに調理のコツを伝えながら、馴染みのうすい野菜に親しんでもらう工夫をしています。「普段の食事に使っていただくため、簡単で気軽に作れる料理をご紹介しています」と博子さん。
ファンを増やして個人農園の可能性を拡げる
手作りの梅干しやハーブティーなども人気で、毎回梅干しを楽しみに訪れるという親子連れもいます。こうした加工品も増やしていき、「吉野ハーブファーム」を好きになってくれるファンをもっと作りたいと吉野さんはいいます。
「農園のファンを増やして、もっと濃いつながりを作りたいですね。ファンとは、野菜を買ってくれるお客さんという意味ではなくて、吉野ハーブファームを通じて農業を好きになり応援しくれる人たちです。そういう人たちが集まってお互いに刺激し合えれば、農業の価値を高めるような、何か面白いことができると感じているからです」と、この先の展望について吉野さんは語ります。
「吉野ハーブファーム」がある千葉県柏市は、東京の都心部から50キロと通勤圏内にある近郊の街であり、食への関心度が高い都市型住民が多く暮らす地域です。野菜のクオリティはもちろん、イベント性を兼ね備えたプラスアルファの価値を提供するOpen Dayは、都市と隣接した地域にある近郊農業の利点をうまく活かした試みといえます。
農園のファンを増やしたいという吉野さんの展望は、コミュニティで農業を支えるCSA(Community Supported Agriculture)に通じる考えでもあり、地産地消から一歩踏み込んだ、個人農園の新たな可能性を感じられます。
※Open Dayの開催日時については「吉野ハーブファーム」のホームページをご確認ください。
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吉野ハーブファーム
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