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ヒストリー・オブ・ニッポンの米

ヒストリー・オブ・ニッポンの米

最終更新日:2018年10月09日

日本で農業といえば、米作り(稲作)というイメージがありますが、米の歴史について考える機会はなかなかありません。そこで、弥生時代・江戸時代・現代という稲作に大きな発展のあった時代を中心に、技術的な視点から見ていきましょう。

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弥生時代に基礎が形づくられた

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登呂遺跡(とろいせき)などの調査から、長い間、稲作は弥生時代に始まったと考えられてきました。しかし、検出されたプラントオパールなどから、約4,000~5,000年前の縄文中期頃には農耕が開始されていたことがわかりました。背景となるのは旧石器時代末期からの定住の開始です。その後、縄文時代にはドングリなど木の実の食用が可能となり、土器をはじめとした道具の発達で煮炊きや食物の保存が容易になったことで農耕が発生しました。

弥生時代にはかなり技術も進化し、苗代で育てた苗を田植えで本田に移す移植栽培も行われていたようです。基本的に農具は木製で、干し草などの肥料は田下駄や大足によって田んぼに踏み込んでいました。収穫の時には、イネの穂先を石包丁で刈り取ります。脱穀の時には竪杵や竪臼を使い、穀物は貯蔵穴や高床式倉庫に保管します。

福岡県板付遺跡(いたづけいせき)の水田跡からは、田の水位を調整するための井堰(いせき)があったことがわかります。用水路と排水路を備えた乾田も、弥生時代中期には出現しました。日本史における稲作のダイナミズムは弥生時代に起こったといえます。

技術が飛躍的に向上した江戸時代

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稲作の技術が大きな進化を遂げたのが江戸時代です。初期には各地の新田開発ブームで平野が広がり、幕府も利根川の大改修などを行いました。稲の品種改良も進み、米の収穫量が増大しました。

農機具も、これまでとは違うものが積極的に開発されました。千歯こきはその代表的なもので、作業効率を10倍以上も高めました。他にも備中鍬(びっちゅうぐわ)、唐箕(とうみ)、千石通しなどが発明されました。肥料は尿に加えて油かす、汚水、緑肥、堆肥、泥肥などが使用されました。なかでも干し鰯(か)は抜群の効果を上げています。

当時は米の相場が経済の中心にあり、米の収穫高が社会全体を左右していたともいえます。

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