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AGRI+CULTURE 農業と文学を愛した農業文豪3選!

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最終更新日:2018年10月10日

土に触れることで自分の内面を見つめなおすことがあります。そうしたことから、深く農業とかかわりつつ文学活動をした作家が多くいます。そんな“農業文豪”の中から、今回は宮沢賢治や、高村光太郎、中里介山らを紹介します。

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宮沢賢治が描いたイーハトーブ

土に生きた作家として最も有名な日本人と言えば宮沢賢治でしょう。『銀河鉄道の夜』などが有名ですが、著作を読んだことはなくても「アメニモマケズ」という詩のフレーズを聞いたことはあるかもしれません。

宮沢賢治は明治29年(1896年)、現在の岩手県花巻市に生まれました。仏教を篤く信仰する家で育ち、昆虫や鉱物の採集に熱中する子ども時代を過ごしました。その後、盛岡高等農林学校(現岩手大学農学部)を卒業しますが、病気のために徴兵免除となり、静養しながら童話の制作を行います。

25歳で稗貫郡立稗貫農学校(のちの県立花巻農学校)の教諭となり、童話や詩の制作を盛んに行う一方で、農業を志す学生たちとの交流も深まります。この学校に開設された岩手国民高等学校で、農民芸術という科目を担当したことから、農民との触れ合いが生まれました。この時担当した農民芸術の講義の内容が、ほぼそのまま「農民芸術概論綱要」として残されています。この本には、農民の日常生活を芸術の高みへ上昇させようという賢治の試みが書かれています。のちに教諭の職は辞しますが、土を愛する心は変わりませんでした。昭和8年(1933年)に37歳の若さでこの世を去りましたが、その直前にも、病身を押して農家からの肥料相談に応じていました。

「イーハトーブ」という言葉をご存知でしょうか。イーハトーブは、宮沢賢治が、岩手という故郷への思いとともに描いていた夢の世界のことです。賢治の取り組んだ農業を芸術へと高めようとした行動は、これからの農業を目指す人にとっても何らかの手がかりとなるでしょう。

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