赤い髪の若きイチゴ農家
イチゴの収穫シーズンが始まる12月下旬、毎年恒例の“儀式”で気合いを入れる。手塩に掛けて育てたイチゴと、同じ色に髪を染めることだ。1年目は、ヘタを思わせるせる鮮やかな緑色にした。2年目の今シーズンは、真っ赤。「イチゴの気持ちになるためです」と笑う渡邉さんの風貌は、従来の農家のイメージを大きく裏切る。
ただ、仕事ぶりはいたって真面目だ。市外で行われる勉強会に熱心に通ったり、IT技術を取り入れ栽培を管理したりと、より美味しく他にないイチゴを求めて、研究に余念はない。
東京で育ち、進学した中央大学理工学部では応用化学を学んでいた。持ち前の“理系脳”を活かし、「数字で表現できる農業」を追い求める。花の数や収穫量、病害などのデータを蓄積することに加え、「変数となる要素をシンプルにすることで、失敗と成功の原因を特定しやすくするため」に、肥料の数を絞る。また、県外発送を旬に限定することで、イチゴ狩りで食べるような“完熟状態”で味わってもらうことにこだわっている。
大学時代は、農援サークルの活動に打ち込んだ。農作業を手伝いに農家を訪れるたび、「農業にハマっていった」という。
3年生の夏、自転車で九州を旅してまわり、農業が盛んな北郷町に立ち寄った。ここで「農業の深み」と、地元の人の温かさに触れ、土地に運命的なものを感じる。
農業体験を希望する学生の受け入れを通して地元農家と都市部を繋ぐ、グリーンツーリズムのコーディネーターを務め、宮崎との関りを深めていった。次第に「仲介人だと農業の代弁者にしかなれない」と悩むようになり、やはり自分の手で農業をしたいと農家を志す。
「新規就農者が、先行販売するビジネスモデルを作りたい」
県外から就農したイチゴ農家の南さんに出会い、「移住者ながら地に足をつけて生計を立てていて、地域の人からも信頼を集めている」と、その生き方や人柄にほれ込んだ。大学を中退し、北郷町への移住を決断。研修生として1年間、南さんからイチゴ栽培のノウハウを教わった。
農法だけでなく、「消防団活動のような地域の集まりに積極的に顔を出し、近所の人から信頼を得ること」も学んだという。社交的で、バルーンアートや皿まわしが特技という渡邉さんが、地元の人から受け入れられるのに時間はかからなかった。敬老会や子ども会でのステージを通して、「バルーンアートのお兄さん」としてちょっとした地域の有名人になる。
研修を受けながら、独立の準備も着々と進めた。自転車一台とたった20万円の軍資金を手に、宮崎へやって来た渡邉さん。多くの新規就農者と同様に、資金集めの困難に直面する。補助金の助けがあるとはいえ、初期費用の捻出や無収入期間の資金繰りなど、新規就農者にとってのハードルは高い。飛び越える原動力として、渡邉さんが味方に付けたのはインターネットだった。
「新規就農者が、初年度の収穫前に先行販売する、新しいビジネスモデルを作りたい」と、クラウドファンディングサイトで設備などの資金援助を呼びかけたところ、全国から支援を獲得した。「助けてください!と、正直な気持ちを伝えたことが良かったのかもしれない」と振り返る。2016年3月、晴れて農園「くらうんふぁーむ」を無借金で設立し、新規就農を果たす。
「クラウン」は、英語で「道化師(clown)」を意味し、バルーンパフォーマーでもある渡邉さんを連想させる。さらに、「王冠の形をしたイチゴの軸の部分(crown)」という意味もある。クラウンは、イチゴの葉や実をつける、“起点(きてん)”となる大切な部分。同音の「きてん」は、宮崎弁で『来てね』も意味するという。
取材中、近所に住む老齢の男性が「畑を手伝いに来た」と農園をふらりと訪れた。流暢な宮崎弁で男性と談笑する渡邉さん。「いつも来て下さる方が何人かいるんです。本当にありがたいですよね」と、感謝する。「うちのイチゴを覚えてもらいたいから、髪を染めるような目立つことはする。でも、自分の後に続く移住者が悪く思われないように、地域に必要とされる人になりたい」。そんな姿勢が伝わり、自然と手が差し伸べられるのかもしれない。
6次産業化はもう古い?“現代版百姓”を目指したい
縁もゆかりもない土地で、「自分のイメージを自ら創りながら、新しいことに挑戦し続けることが楽しい」と、前向きな渡邉さん。2017年10月には新しい苗床をつくり、今年1月には直売所をオープンした。今後は徐々に作物の種類を増やす予定だ。
「農家は、絵を描くように、自分の哲学を畑で表現するアーティスト」だという。若いエネルギーと創意工夫で、自分の色を表現し続けている渡邉さん。理想の生き方は、“現代版百姓”なのだという。「百姓」と聞くと「農民」を連想しがちだが、「百の姓」という字の通り、もともとはすべての一般市民を表す言葉だった。今より職業が専門化されておらず、農民であり、聖職者であり、医師でもある‥といった人が存在していた時代を思わせる言葉だ。
渡邉さんも“現代の百姓”を目指し、イチゴの生産・販売だけではなく、学習塾を経営したり、クリエーターの妻・茜(あかね)さんと共同で動画を撮影・制作、「YouTube」を通して農園のPRをしたり、と徐々に活躍の幅を広げている。「僕にとって百姓とは、多角的な視点で地域の課題を解決できる人のこと。北郷の子どもたちにもそうなってもらいたい」と、渡邉さんは目を輝かせる。若き百姓の動向から、今後も目が離せない。
「くらうんふぁーむ」Webサイト
「くらうんふぁーむ」YouTubeチャンネル 「農家物語たいぴー」
▼妻・茜さんの4コマを掲載したブログも更新中。
\4コマ/宮崎に移住したイチゴ農家のヨメ日記