曾祖父の時代からの梅農園、将来を見すえたネット販売
月向農園の起源は1,600年代半ばにさかのぼります。「その頃から梅の木は植えられていたと思われますが、生業になったのは曾祖父の時代からです」と月向さん。
1963年、今から約50年前に現在の主力品種である南高梅が登場したことで、先代が栽培面積を拡大しました。生産量が増えたことで、ウメの実を選別する機械が必要になったものの、その当時は処理能力が高い機械がなかったため、先代自ら選別機械の製造販売を始めました。
月向さんは約30年前に就農し、当初は栽培面積の拡大を進めていましたが、急傾斜地園(約30度の傾斜)が多かったため、将来の生産性を考えて園地の集約と基盤整備に舵を切りました。それと同時に大きく見直したのは販売方法です。
「販売は、市場出荷や梅干加工メーカーへの原料供給から産直販売に切り替えました。市場価格や原料価格は、豊作になると暴落するため、産直販売に切り替えることで収益の安定を図ったのです。」
ですが順調に動き出した産直販売も、1998年頃から、集客、売り上げが横ばい傾向となるなど、変化の兆しが見え始めます。その後、2000年からインターネットでの販売に着手しました。
参考
※1 紀州南紅梅(和歌山県)
自然落下した完熟梅もネット販売
自作したウェブサイトには、販売のページとウメに関する様々なコンテンツがたくさんあります。
「ウェブサイトは販売目的で始めたものの、農家がメディアを持てることに驚き、販売目的のサイトというよりも梅に関わる情報を発信するコンテンツサイトになりました。基本的には農閑期の時間に余裕がある時に作っていますが、自作サイトなのでどんどんページが増えていき、一番多いときは2011年で2,800ページ、画像数9,300枚に達しました。
ウェブサイトはウメの収穫に合わせて、5~8月にアクセスが多くなります。6月のピークには一日約4万アクセスあります。
肝心のサイトでの販売数は、2000年頃は競合が少なく、『思ったより売れる』という手応えがありました。販売促進のためにはカタログやチラシなどの印刷物が不要ですが、顧客の反応に応じてページ上で商品や価格をすぐに変更できることもメリットでした」。
一方では、インターネット販売のお陰で品質劣化が早く店頭には決して並ばない、自然落下した完熟梅の販売が可能になったというメリットもありました。
「梅干しを手作りする方の理想としているウメは、高級品として売られているような、ふっくらとした柔らかい梅干しに仕上げることです。ところが、店頭で売られている青梅を使って手作りしても、硬い梅干にしか仕上がりません。これはウメの収穫した時点の熟度で、梅干しの仕上がりがほぼ決まるからです。
店頭では日持ちが優先され、まだ熟していない硬く青い梅しか流通しませんが(店頭で黄色くなった実、青い梅を追熟させたウメのことです)、オンラインショップでは品質の劣化が早い完熟梅の販売が可能です。これは他社に先駆けての取り組みで、梅生産者と梅干しを手作りしたい『ニッチな層』を結びつけたのがインターネットでした」。
ウメの実が持つ能力を最大限に、栽培&加工工程を見直す
月向農園では、ウメの実が持つ能力を最大限に発揮するために、栽培と加工工程の見直しを始めています。
「ウメは日本人にとって身近な食べ物ですが、多くの方は、本物の完熟梅を生で食べたことがないかと思います。本物の完熟梅はピーチのような香りで、酸味は強いけれど、パインとアプリコットが一緒になったような味がします。
ウメを塩漬けすると、これらの味や香りが抑えられてしまうので生産者としてとても残念に感じています。個々の実の味や香りをバラつきなく安定的によくする方法や、塩漬けしても味や香りがもっと残る方法を探しています」。
栽培と加工工程の見直しの第一弾として、従来の実の洗浄方法の欠点を補う新しい洗浄方法を3年かけて開発しました。今後は収穫期の人手不足を解決するために、収穫の機械化に取り組んでいきます。
「自然落下した実の収穫は、6月の梅雨の中、レインコートを着て中腰で作業を続けるキツイ仕事です。他産業が人手不足であれば、農業の現場は人手の確保がもっと難しくなります。収穫ができないと何も始まらないので、今よりも少ない人手で収穫ができる方法を考えなければいけません。2017年からの3年計画で、2019年にはプロトタイプ(仮組み)を作りたいと考えています」。
10年計画で農園を改築 日本で一番美しい梅農園を目指す
農業経営で大切だと考えていることを月向さんに聞いてみました。
「ライフステージに合わせた経営をできるのが農業経営の良さだと思います。経営方法は人それぞれなので、大切だと考えるポイントも人それぞれだと思います。ですが、農業生産量が減るなど、構造不況の下で経営を続けるのはキツイと思います。小規模経営なら、なおさら早めに赤字部門を切り捨てて、黒字になる仕事を探さないと経営は続けられないと思います」。
現在、月向農園では、10年計画で農園のリニューアルが進行中です。
「時代はパソコンからスマートフォンに、ホームページからSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)に移り、誰もが手軽に情報発信し、モノを売れるようになりました。その結果、同じような情報を発信して、商品を売る同業ショップが溢れています。
このことをふまえて、独自のアイデアで農園を刷新する必要を感じたのです。そこで、2010年から『日本で一番美しい梅農園』を目指すことを目標に、毎年少しずつ農園に手を加えています。インスタ映えを狙ったわけではないのですが、ウメを鑑賞できるスペースなどを随所に盛り込みました。10年計画なので、東京オリンピックが開催される2020年頃には皆さんにお披露目できるでしょう」。
さらに2年かけて農園施設をウッディーな雰囲気にアレンジし、来園者用にVIPなテラス作りも行う予定です。花の季節には、テラスから赤やピンクの花が咲く観賞用のウメの木を見ることができるようになります。
また、殺風景になりがちな加工場を、周りにケヤキを大きく育て、「ケヤキの森の中の工房」としました。畑の周りには、ウメの花と同時期に咲くピンクの花の桜を育て、梅と桜を一度にお花見できるようにしたりという試みも考えています。
そして、月向農園の看板商品はなんといっても丹精に作られた梅干し。「梅干しも嗜好品なので、気に入っていただければ、長く愛される商品になります。小規模、少量生産で続けていけることを有り難く思っています」と月向さんは話します。
スーパーでも手軽に買える梅干しですが、月向農園では年代別に漬け込んだ梅干しや独自製法の梅酒など、商品展開でも様々な工夫が見られます。
こだわりのウメの味はネット販売の盛り上がりと共に大きく広がり、月向農園の知名度も高まりました。ネット販売のスタート期が終わり、月向農園ならではのオリジナルのアイデアが模索されています。
参考
※1 紀州南紅梅(和歌山県)