日本最大の食肉流通の拠点に集約された歴史
明治の初めに開かれた首都圏における食肉流通の仕組み。その仕組みは150年のうちに消費者・生産者双方がメリットを得られるよう、さまざまな試行錯誤・ノウハウを採り入れて発展し、日本最大の食肉流通の拠点に集約されています。
私たちが毎日手軽に、安心しておいしい肉類を食べられるようになったのも、こうした歴史の賜物と言えるでしょう。
参考文献:ニッポンの肉食/田中康弘・著(ちくまプリマ―新書)
写真提供:東京都中央卸売市場
マイナビ農業TOP > 農業ニュース > 品川ビジネス街は肉から開発 芝浦と場・食肉市場のあゆみ昭和・平成史
農林水産省発表の食糧消費に関するデータ(食糧需給表)によると、前回の東京オリンピック(1964年=昭和34年)の頃で、日本人が食べる肉の量は年間一人当たり約5キロでした。それから半世紀経ち、東京で2回目のオリンピックを開催しようとしている今、それは30キロを超えています。
巨大ターミナル・品川駅のすぐそば。首都・東京の食肉流通拠点である芝浦と場・食肉市場は、この消費量の増加と比例する形で発展してきました。
食肉市場センタービル6階「お肉の情報館」展示の「東京食肉市場のあゆみ」に基づいて、昭和から平成にかけての施設の歴史をたどっていきましょう。
明治の初めに開かれた首都圏における食肉流通の仕組み。その仕組みは150年のうちに消費者・生産者双方がメリットを得られるよう、さまざまな試行錯誤・ノウハウを採り入れて発展し、日本最大の食肉流通の拠点に集約されています。
私たちが毎日手軽に、安心しておいしい肉類を食べられるようになったのも、こうした歴史の賜物と言えるでしょう。
参考文献:ニッポンの肉食/田中康弘・著(ちくまプリマ―新書)
写真提供:東京都中央卸売市場
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