サムライ養鶏が生んだ名古屋コーチン  尾張藩士のベンチャー精神とは – マイナビ農業

マイナビ農業TOP > ニュース > サムライ養鶏が生んだ名古屋コーチン  尾張藩士のベンチャー精神とは

ニュース

サムライ養鶏が生んだ名古屋コーチン  尾張藩士のベンチャー精神とは

サムライ養鶏が生んだ名古屋コーチン  尾張藩士のベンチャー精神とは

2018年04月17日

日本三大地鶏の一つ「名古屋コーチン」。一味違う焼き鳥、から揚げ、卵料理に特産スイーツ。評判の名古屋めしの材料に肉も卵も大いに活用されています。
この鶏の正式品種名は「名古屋種」。明治維新で禄を失った尾張藩士、海部壮平・正秀兄弟によって生み出され、日本の近代養鶏史の幕開けを飾る国産実用品種第1号に認定されました。現代から1世紀以上を遡り、その作出のストーリーを辿っていきましょう。

  • LINE
  • twitter
  • facebook
  • Google+
  • Hatena
  • Pocket

名古屋コーチンで地域おこし

名古屋コーチン

3月10日は「名古屋コーチンの日」

名古屋コーチンが日本家禽協会から国産実用品種第1号の鶏種として認定されたのは1905(明治38 ) 年3月10日のこと。
この日は一般社団法人日本記念日協会認定の「名古屋コーチンの日」となり、2017年(この年の干支は酉)から毎年、名古屋市内で2万人規模の来場者を集める記念イベントが開催されるようになりました。

発祥は愛知県小牧市から

一方、名古屋市の北西に位置する小牧市では同じ2017年、名鉄小牧駅前につがいのコーチン碑が建てられ、市を挙げてコーチンでの街おこしが行われています。
もちろん、3月10日は名古屋と同時に一大イベントも開催。名古屋コーチンの発祥地は、実はこの小牧市であることを広報しています。

広大な海部養鶏場

駅前のコーチン碑から車で20分。池之内という地域の一画にある果樹畑。かつてこの果樹畑を中心とした一帯の土地は広大な養鶏場でした。
約 1,150坪におよぶ敷地内には最盛期で34室の大小さまざまな鶏舎が立ち並び、雛鳥を含め約5,000羽を飼育。徒歩20分ほど離れた寺・大泉寺まで鶏の鳴き声が響きわたっていたと言います。
その養鶏場が「海部養鶏場」。名古屋コーチンが作出された場所です。

1 2 3

  • LINE
  • twitter
  • facebook
  • Google+
  • Hatena
  • Pocket

関連記事

カテゴリー一覧