絶滅の危機に瀕して
市場ニーズを喪失
採卵専用種は1年で300個の卵を産み、肥育専用種は生後わずか50日で食肉にできる大きさに成長するという鶏で、しかも省スペースで飼育が可能です。採算性・利便性にたいへん優れており、養鶏農家に大きな利益をもたらすため、急激に普及しました。
これに圧倒された名古屋コーチンは瞬く間に市場のニーズを失い、絶滅寸前のところまで追い込まれたのです。
食文化を作ってきた鶏を絶やしていいのか
長年にわたって改良に携わってきた愛知県の農業総合試験場も沈滞ムードに陥り、一時期、もうやめようかという声も出るようになりました。
しかし当時の名古屋大学農学部教授が「地域の食文化を作ってきた鶏を、県みずから絶やしていいのか」と叱咤。奮起を促された研究員らは1973年から新系統の作出に取り組み始めました。
大型化めざして
その課題は大型化でした。それまで採卵用に改良を重ね小型化していた名古屋コーチン(最小期は雄3キロ、雌2.4キロ)を、肉用に向けて明治期と同程度の大きさ(雄4キロ強、雌3キロ強)の肉厚な鶏に改良しようとしたのです。
総合的な復活への取り組みのスタート
また、この頃、グルメ志向の消費者の間から昔ながらの「かしわ肉」の味を懐かしむ声が上がるようになっていました。
それを受けて、養鶏家、処理場、ふ化業者、料理店などが協力し、種鶏の確保や普及方法の研究など、総合的な復活への取り組みがスタートしました。
名古屋コーチン復活劇
出荷数10万羽から100万羽へ
10年におよぶ試行錯誤の末、1983年に従来種の50%増の体重、腿肉や胸肉がよく発達した改良種「名古屋Ⅱ」が作出されました。
その後の地鶏ブームもあって名古屋コーチンはブランドを確立し、さらに大型の「名古屋Ⅲ」も生まれました。こうして改良開始当時10万羽に満たなかった出荷数は、10年後には40万羽まで回復しました。
2005年には、愛知万博における愛知県パビリオンで大規模なPR活動を展開。それが功を奏し、ついに100万羽を達成した後は常に高水準を維持しています。
卵用タイプも登場
また、2000年からは新たに産卵能力を重視した卵用タイプ「名古屋Ⅳ」も作出。桜色の特色ある卵殻に、コクのある味わいをもつ卵が人気を呼び、スイーツなどの材料としても使われるようになり、卵の出荷数も増加しています。
200万羽出荷が目標
そして2016年10月、記念日協会による「名古屋コーチンの日」(3月10日)認定を機に、愛知県が200万羽出荷を目標に掲げ、さらなる品質向上と生産力アップに向けた取り組みや、活発なPR活動が展開されるようになりました。
現在は、名古屋コーチンを管理している愛知県から供給された種鶏(親鶏)を使って、名古屋市農業センターと県内5ヶ所の民間孵化場が「肉用名古屋コーチン」と「卵用名古屋コーチン」の優良ひなを生産。県内をはじめ各地の生産者(養鶏場)に供給しています。
肉と卵の特徴
昔ながらの「かしわ」が楽しめる鶏肉
肉用に飼育される20週齢の名古屋コーチンの体重は、雄で2.7~3.0キロ、雌で2.0~2.4キロ。おおむね120~150日で出荷されます。
肉質は締まって弾力に富み、歯ごたえとコクのある旨みがあり、昔ながらの「かしわ肉」の味が楽しめます。
雄のほうが生育が早いため先に出荷されますが、ゆっくり成長する雌のほうが一般的によりきめ細かい肉になるとされており、雌だけを育てて出荷する養鶏場もあります。
卵は「桜吹雪」
採卵用の名古屋コーチンが1年間に産む卵の数は約250個(産卵率約70%)。美しい桜色の卵殻で、白い斑点が付いており「桜吹雪」という愛称で呼ばれることもあります。
卵黄の色は濃く、舌ざわりはなめらか。味は濃厚でコクのあるおいしさ。
消費者の信頼確保と普及促進を図る目的で設立された「名古屋コーチン協会」では、この卵の優れている点を科学的に分析し、熱凝固性・起泡性・乳化性などについて一般的なニワトリの卵と比較。おいしさの裏付けとなるデータを公表しています。
来たれ後継者
目下の最大の課題はやはり後継者問題。名古屋コーチン協会によると、養鶏の経験者からぜひ手掛けたいとの問い合わせが入り、然るべき機関へつなぐケースもあるとか。
経験の有無に関わらず、この日本最古のブランド鶏の歴史と文化を理解した上で新たな担い手を志す人に対しては、いつでも扉は開かれています。
新たな食文化の発展に貢献
明治時代に開発され、単に歴史が長いというだけでなく、「ひきずり」(鶏肉のすき焼き)などの伝統食としても愛されてきた名古屋コーチン。そのブランド品質には食文化創造の誇りも込められています。
今後も一味違う鶏料理や卵料理、プリンやケーキなどのスイーツ、バラエティに富んだ加工品などを通して、名古屋周辺地域の食文化の発展に大きな役割を果たしていくでしょう。