福祉の世界から農業の世界へ!
千葉県南房総市にある福原農園では、この地で1900年頃から栽培が始まった「房州びわ」を、無農薬栽培にこだわって作り続けています。福原さんは東京都内で福祉の仕事を20年近く続けていました。ですが、「農家になりたい」という思いを何年も抱えており、田舎暮らしや就農できる場所を探している中で福原農園を知りました。福原農園での農業研修を通して、両親とともにそこで働いている、福原英城(ひでき)さんと意気投合し、結婚に至りました。
2017年3月に就農をスタートし、農業に関しては全くの初心者だった祐美さんに任されたのが、福原農園のブログ運営でした。
「それまでは夫が、農園の日々の様子を紹介するブログを続けていました。でも『農業の外の世界から来た人のほうが、斬新な視点で書けるのでは?』と言われ、ブログ担当をまかされたのです」と、祐美さんは語ります。
ブログ制作の経験はほとんどありませんでしたが、「素人目線でもいいのなら、私でも書けるかな」と考えて前向きに引き受けることにしたそうです。ブログのタイトルも、興味をもって見てもらえるように「びわ農家の気持ち」と変更しました。
農作業とブログを両立するための課題とは
現在、祐美さんが更新しているブログの記事は、週に2本ほど。繁忙期の場合、毎日午前6時30分に起床して、午前8時から午後5時まで農作業を行っています。ブログ制作を含めた事務仕事を行うのは、夕食や風呂などを終えた午後9時過ぎ。
限られた時間の中で、慣れない農作業とブログ運営の両立をしていくことは決して簡単なことではありません。ブログを運営する上で一番の課題は、制作するために必要な時間を捻出することでした。
「農作業の合間の休憩時間やお風呂に入って湯船に浸かっている時など、隙間時間にスマホで下書きをちょこちょこ書いています。ブログに使いたい写真は事前に撮りためておいたりと工夫をしています」。
一日30~60分ほど、ブログを書く時間を作るようにしていても、昼間の農作業で疲れて、眠気に負けてしまうという日も少なくないそうです。
「書きたいのに書けないというストレスや、『書かなければいけない』という負担を感じないよう、余裕のある時に書くようにしています。無理してブログを書くことにならないように自分に言い聞かせています」。
反応のある記事には、興味をそそるタイトルが必要
「びわ農家の気持ち」は、ビワの成長の様子や農作業の紹介のほか、農家に就職することを考察したり、田舎暮らしについて紹介する場合もあります。
ブログの中で人気なのは、びわ農家の実際の仕事について、情景を事細かに写真付きで紹介した記事です。あまりメジャーではない果物のため、「こんなに手間のかかる作業をして、ビワは栽培されているのか」と驚かれるとともに、応援メッセージをいただくこともあります。
また、他のブログでは扱わないテーマに焦点を当てる記事も、多くの方に読んでもらえる可能性が高いそう。「『農家の長男』や『農家の嫁』ではなく、『農家の姑』の気持ちにスポットを当てた記事などは、珍しさもあって多くの方に読まれました。農家や田舎暮らしをしている人にとっては、当たり前すぎて話題にもならないことをあえて掘り下げた記事も、読んだ方の反響は大きかったです」。
さらに、記事タイトルについても重要だと語っています。「たくさんの方にブログを読んでもらうためには、記事タイトルの重要性を感じています。興味をそそるような、ワクワク感があるタイトルはやっぱり人気。一方、ブログの中身が想像できてしまうようなタイトルの記事は、アクセスが伸びない傾向にあります。私は記事の本文に時間をかけがちなので、タイトルも手を抜かないようにしたいです」。
専門用語は使わず、分かりやすさが大切
さらに、ブログを書く上で一貫して気をつけていることは、専門用語を使わないことです。
「農家にしかわからない言葉が並んでいると、せっかく人がブログを訪れても、『もう読みたくない』と思ってしまいます。それはとてももったいないことです。誰にとってもわかりやすく、親しみやすい文章を心がけています。そして、お客様を大切にする気持ちや生産者としての誠実さを感じてもらえるのではないかと考えています」。
また、農業に関することについては、間違いがないかネットや書籍を使って下調べをしてから書くようにしています。
「農業に関しては素人なので、ブログの内容に間違いがあってはいけません。自分が納得するまで調べるようにしています。そのおかげもあってビワの栽培技術についてはもちろん、昆虫や植物などの知識も身についたと感じています。ブログを書いていなければここまで勉強することもなかったので、私自身もブログと共に成長している感覚があります」。
ブログを始めて約1年。オンラインショップの売上にはあまり影響は無いそうですが、「ブログを読んでます」と言われることが格段に多くなりました。反響があることで、ブログの読者が広がっていることを実感しているそうです。
「ブログの読者は、これから農業を始めることに迷っている方、古民家での暮らしに関心がある方、農家に嫁ぎたい方など、ますます広がってきています。生産者の人となりが伝わるブログを書き続けることで、『頑張っている農家、信頼できる農園でビワを買いたい』という方が増えてくれたら嬉しい」と話しています。
前職では福祉の仕事に携わっていたことから、非行に走ったり虐待にあった子どもたちや精神的な疾患を抱える方などと関わることが多かったそうです。そして、自分の睡眠や食事などがおろそかになり、心身のバランスを崩してしまいました。何年も悩んだ末、「自分が健康でいないと、納得のできる仕事はできない」という結論に至り、田舎暮らしや就農を考えるようになっていきました。
ビワに興味がない人にもブログを読んでもらえるのは、「自分が気持ちよく生きられる場所や、自分に合った働き方を見つけるのは何歳からでも遅くないのではないか。そんな私なりのメッセージを、受けとめてくれる方がいるからではないでしょうか」と分析しています。
ブログとともに自分自身も農家として成長を続けている、と考えている祐美さん。ブログには、人生の歩み方や人柄が映し出されているに違いありません。農業とは異なる世界で過ごしてきたからこそ書ける内容が、読んでいる人をひきつけているのではないでしょうか。