ベテラン農家も陥る「苗焼け」
農家の間で使われる、「苗半作」という言葉は、「苗の栽培が米作りの半分を占める」という意味で、それほど育苗は重要かつ気を使う作業であることを表しています。
新潟県阿賀野市の約500軒の農家が所属するJAささかみ営農課・高山和彦さんによると、「高温で育苗箱の一部でも苗焼けを起こしていると、根が育たず箱ごと田植機に乗せられなくなってしまいます。今年はハウス1棟分・約2000箱が駄目になってしまったところがありました」とのこと。
苗周辺の温度は約30度がベスト。しかし、温度管理のために育苗用のハウスにつきっきりでいることは現実には難しく、どんなにベテランの農家でも苗焼けを起こしてしまうものです。
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JAささかみの高山さん。普段は農家に対し営農指導を行っています
これまで育苗の現場では、育苗用シートとして主に3種類のシートが使われてきました。どれも一定量の光を苗に届けつつ、苗の周りを適温で保つ働きをしています。
一方でそれぞれに課題があり、[発泡シート]は大変重いため、成人男性が一人で持ち運ぶのが難しく、アルミとシートが貼り合わせてある[アルミ蒸着型]は経年とともに剥離し、傷みやすいというデメリットがありました。[アルミとポリエチレンによる三層構造型]は軽くて扱いやすい反面、温暖化の影響から従来のものでは50度程度まで上がってしまいます。現場ではさらに不織布を一枚挟むなどして対応が工夫されていますが、手間も負担も増えます。
効果はそのまま、重さは3分の1! 期待の新製品が誕生
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岩谷マテリアルの『ハイホワイトシルバー』。二つ折りの状態で巻かれています
[アルミとポリエチレンによる三層構造型]である、岩谷マテリアルの『シルバーポリ』を使用していた栃木県の農家の方から、「『シルバーポリ』みたいに作業性が良くて、苗焼けしない商品はないか」と、合成樹脂本部の農材・フィルム部部長で農業資材課長でもある西端孝仁さんに相談があったのが約7年前。試行錯誤を繰り返すものの、しっくりとくる商品の開発までは至りませんでした。
月日は経ち約3年前、同僚から「水稲用の“白い”フィルムがあるらしい」という話を聞いた西端さん。脳裏には同社が開発していた高原レタス育成用の、光の反射を調整して地温を抑える『白黒マルチ』が浮かび上がりました。
「炎天下での地温抑制に優れる『白黒マルチ』と『シルバーポリ』の技術を応用すれば、あの時のオーダーに応えられる!」。のちのち同僚の話は聞き間違いだったことが発覚するのですが、西端さんはこのひらめきを信じて、さっそく製造担当者と原料メーカーに協力を依頼しました。
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比較実験の様子。右が[発泡シート]で左が『ハイホワイトシルバー』
しかし原料メーカーからは、地温を抑える高反射と緑化に必要な光線透過を同時にするという、矛盾する技術は不可能との返答が。西端さんは過去の経験から可能なはずだと製造担当者と粘り強く試作を重ね、結果的に原料メーカーの定説を覆すことに成功。開発を進め新潟県の試験場でテストを行い、[発泡シート]と同レベルの効果で、なおかつ薄くて持ち運びしやすい『ハイホワイトシルバー』が2015年に誕生しました。
[発泡シート]の代表的な製品が幅2.3m・長さ50mで約18㎏のところ、『ハイホワイトシルバー』は同じ幅・同じ長さで約6㎏。その差は歴然と言えるでしょう。
「嘘なのではないか」という不安を一蹴したテスト結果
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各製品の比較。適度な温度を保てていることが分かります。
「あんなに薄くて軽くて苗焼けしないなんて、最初はまぁ嘘だと思いましたよね(笑)。サンプルが届いた時、あまりにもコンパクトで軽いから『サイズ間違えたのかな、これじゃ足りないよ!』って思いました」と笑うのは前出の高山さん。JAささかみでは、開発直後の2016年春に試験的に『ハイホワイトシルバー』を採用。生産者40軒と主流の「発泡シート」と並べて使用してみたところ効果に差がなく、『軽いし、全部これにしよう』との声が続々と上がったそう。
「農家さんに『ハイホワイトシルバー』を提案すると、やっぱり『こんなぺらぺらで大丈夫!?』とまず言われます(笑)。それで実際に使うと『本当に苗焼けしないし、楽になった』と、購入されることがほとんどですね」(高山さん)。
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『ハイホワイトシルバー』の軽さを力説する高山さん
実はこのJAささかみは、食糧管理法のもと米を国が全量買取をしていた1980年頃から独自に生協との流通経路を開拓するなど、革新的な取り組みをしてきた農協。新しいことへも「まずやってみよう」という農家が多いそうです。
より現場から支持される製品へとアップデート
『ハイホワイトシルバー』への信頼が生まれ、早速高山さんから西端さんに改良の依頼が届きました。新潟の農家は大型のハウスで育苗を行うため、幅広のものを作って欲しいという内容でした。「育苗シートは繰り返し使い続けるもの。1年でも[発泡シート]より耐久性が良ければ、価格差のデメリットは十分解消されます」と評価する高山さんの声に西端さんも応え、今年改良を実施。
「試験を行った育苗センターでは徐々に『ハイホワイトシルバー』に切り替えて、約5年後にはすべての育苗シートが入れ替わる予定。販売店や他の農協にも勧めています。今後耐久性がどれだけ発揮されるかが楽しみです」(高山さん)。
そんな声に西端さんも「[発泡シート]はいつの間にか傷んで光が入って苗が焼けてしまう、という声も聞きましたが、『ハイホワイトシルバー』はポリエチレンなのでそういった劣化の心配はありません」と自信をのぞかせます。
しかし天候の変化は予測できないもの。さまざまな要因で劣化が早まる可能性もあります。「育苗で一番大事なのは、こまめに足を運んで苗の様子を見守ることです。定期的にハウスの換気を行うなどして温度管理には気を配っていただきたいです」と、続けて話しました。
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中央にあるのが『ハイホワイトシルバー』。西日本では多く見られるトンネル式の育苗では、手前にある[発泡シート]より軽くて使いやすいと高評価。さまざまな育苗方式に使えます
取材中もシートの長さや急な発注の対応体制など、細かな相談や確認が飛び交っていましたが、そこには製品への確かな信頼があるからこそ。苗焼けに悩まされない水稲農業の未来に期待が広がります。
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